第28話 案じてたことでもある
――そのとき西の空は、調整された天候カレンダーの示す通り、都市ドームの内に美しい夕映えを作り出していた。
ギャラガーの知人という医者に話を聞きたいと頼み、その医者から舌先三寸でフランソワ所有者の住所を聞き出した〈クレイフィザ〉店主は、ちょうどそのとき、それらの声が聞こえる場所にやってきた。
「……なことが、あっていいと思っているのか!」
「落ち着いて。もう一度最初から、説明しましょうか?」
興奮した声と、それを納めようとする、少し困ったような声。彼はそのどちらにも聞き覚えがあった。
「彼女は〈アリス〉ではない。アリスがあなた方の大事な女神であったことは、僕もよく判っています。しかし彼女は〈フランソワ〉であって、その使用権はミズ・バックスにあるんです」
「だが、あんたがアリスにしたんじゃないか!」
「当時の状況では、〈フランソワ〉は不要だったんですよ」
「いまになって、何だって言うんだ」
「ですから、本来の正しき使用者がアリスならぬ〈フランソワ〉を望んでいるんですよ。――あなた方はもう充分すぎるほど、アリスから慰めを得た。今度はミズ・バックスの番ではありませんか?」
「そ、それは……」
突っかかっていた男が怯んだ。「観客」はそこで、とめていた足を再び動かした。
「言い争いはその辺りになさったらどうですか。巡回警備ロボットがやってきますよ」
店主は男たちを見た。主にわめいていたのは四十から五十の薄汚れた男で、二の腕に色褪せたオレンジ色の布を巻いていた。困惑しながら対応していたのは三十にならなさそうな青年で、登場者を見て目をぱちくりとさせた。
「ドクター?」
オレンジが声を上げた。
「マスター・リンツ。どうしてここへ」
青年はぽかんとした。
「いろいろありまして」
店主は答えにならないことを言った。
「だいたいの事情は判った。ミスタ・オレンジ、あなたはアリスを探していたんですね」
「おかしいと思うことがあったからな。だが下手なことを言って期待を持たせてもまずいと思って、若い奴らには黙ってた」
「ご賢察です」
「オセロ街にいらしたのですか、マスター・リンツ? ああ、ではアリスのことをお聞きになったのですね」
青年ははっとしたような顔を見せた。
「すみません、連絡が遅れ……」
「いいや、ちっともかまわないとも」
店主は口の端を上げた。
「――ファーザー・カイン」
「また、そうして神父などと言って僕のやることを茶化すのですか」
エイドリアン・カインは落胆したような顔を見せた。
「僕の考えを支持してくださる方は大勢います。僕はリンツェロイドの役割に新しい可能性を」
「その話はまた今度にしませんか」
片手を振って彼は「神父」の弁舌をとめた。
「いまはもっと、話し合うべきことがあるはずです」
「ああ、そうですね」
仕方ありません、とカインは顔をしかめた。
「遅れたと仰る私への連絡についてですが」
彼は肩をすくめた。
「してこなくてもかまわない。もう、ずっとね」
「はい?」
「ミスタ・オレンジ。あなたは〈アリス〉が解体されていないと気づいたのですね」
店主は視線を青年から年嵩の男に移した。
「ああ、そうだ」
男はこくりとうなずいた。
「俺も最初はかっとなって、アリスが殺されたと思った。だが、パーツ屋を当たる内に、妙だと気づいたんだ」
手首のようなはっきりしたパーツが、何故残されていたのか。ほかに判りやすい部位は見当たらない。何故、番号のある手首だけが。
「そこで、思った。意図的に換えられたんじゃないかと」
「当たり、ですね」
店主はちらりとカインを見た。
「ロイド。ばらばら。オセロ街。アリス。最初に耳にした情報が示唆的すぎたようですね。これがその辺りのゴミ捨て場であったなら、パーツ交換後の廃棄処理をきちんとしなかった技術士かオーナーがいたのだな、と思うだけだったでしょうが」
店主は肩をすくめた。
「アリスは『ばらばら』になってなどいませんね、ミスタ・カイン。あなたは遅ればせながらクリエイターの義務を思い出し、個体識別番号の判明した彼女の両手首を急いできれいなものに換え、〈フランソワ〉として連れ」
振り返って彼は一軒の家を見た。
「そこに帰した」
「どうしてご存知なんですか」
驚いたようにカインは目をしばたたいた。
「オレンジさんと言い。知られないように気をつけましたのに」
「あんたな!」
怒鳴ったのはオレンジだ。
「何で、そんなこと! 俺たちがどれだけ驚き、哀しみ、憤ったと思う!」
「ですが」
カインは首を振った。
「あれはフランソワだったんですよ」
「それは聞いたさ。俺たちが案じてたことでもある。正当な所有者が現れて彼女を連れ帰っちまうこと」
「まさしく、そうしたことが起きた。それだけの」
「なら。きちんと説明すべきだったろう! あんな……手だけを残すんじゃなく」
「見つかるとは思わなかったんですよ」
簡単に言ってカインは肩をすくめた。
「現れたときと同じような、突然の失踪……それならばあなた方は、少しは探しても、そういうこともあろうかと諦めたんじゃないですか」
「何を……」
「成程ね。『謎の失踪』の演出。そういうことでしたか」
静かに店主が口を挟んだ。
「演出だなんて」
カインは不満そうな顔をした。
「僕はただ、オセロ街のアリスにはそれが相応しいんじゃないかと思っただけです」
「ミスタ・カインが、オセロ街の彼らよりも、正当なるオーナーにして傷ついた女性のもとにアリス・フランソワを返そうとしたことは判りましたが、まるでアリスが『殺された』と思わせるように手首を捨てていく理由が判らなかった」
彼はくすりと笑った。
「『見つかるとは思わなかった』とはね」
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