第25話 せいぜい頑張れよ

「〈フランソワ〉のオーナーが傷ついた身体を治したとしても、彼女が行方不明と知れば心に血を流すことになる。彼はそれを癒やそうと」


「そんなところだ。……お前さん、ロイド以外に対しても詩人なんだな」


「どういう意味です」


「『心に血を』」


「大して詩的でもないでしょう。それに」


 彼はかすかに口の端を上げた。


「『神父様』の言いそうな言葉を使っただけですよ」


「そうだな。あんたの台詞と思うより、あいつのもんだと思う方が確かにぴったりだ」


 苦い顔でギャラガーはうなずいた。


「すまなかった」


「何に対しての謝罪です」


「極度の自宅愛好者扱いしたこと。あのファーザーを知ってんなら、そこそこ、クリエイター同士のつき合いはあるんだな」


「極度の自宅愛好者であればよかったと思うこともありますよ。――彼に会うと」


「違いない」


 ギャラガーは苦い顔を苦笑に変えた。


「それで、実際は何が知りたいんだ? どうせあんたのことだ、人間マスターより人形ロイドの方を気にしているんだろうが」


「否定しません」


「……ま、俺も似たり寄ったりだしな」


 追及もされていないのにギャラガーは認めた。


「クリエイターはたいてい、そういう傾向があるだろう。『ファーザー』は逆だな。人間あってのロイド……その通りと言や、その通りなんだが」


 「変わり者」は両手を上げた。


「とにかく俺は、ファーザーと関わるのは、ご免だね」


「成程」


 よく判りました、ともうひとりの変わり者は言った。


「――成程ね」


「さっきから、何を納得してるんだ?」


 ギャラガーは首をかしげた。


「……ん?」


 そこで工房主は片眉を上げた。


「お前、さっき、フランソワって言ったか?」


「問題のリンツェロイドの名は、違いましたか?」


「いや、違わないが。俺、言ったか?」


「いいえ」


「じゃあお前、そのオーナーから依頼でも受けたのか? それでロイドの名前を知っていて、俺にまで情報を聞きにきたと」


「そのようなところですね」


 店主は認めた。もっとも、「そのオーナー」はこの場合、事故に遭った人物ではない。だいたい、そうであるならば所有者にして依頼者の名前くらいは当然知っているはずだ。だがギャラガーはあまり深く考えなかったようだった。


「もう少し、話せよ。『ファーザー』はオーナーが目覚めたと知れば、連絡を取ろうとしただろう。なのにあんたが依頼されたってのは、どういう」


「〈フランソワ〉と思しきロイドがいたのですが、いなくなったのです」


「はあ?」


「ロイドの手首だけが落ちていたとしたら、ミスタはどんなことを考えます?」


「……何だ、その、唐突な展開は」


 ギャラガーにはそれは何の関連性もなく聞こえた。


「実際、落ちていたんですよ」


「うっかり落とすもんじゃないだろうが。そういうのは『捨てられていた』と言うんだ」


「つまり、捨てられたとお考えになるんですね」


「当たり前だろう。もちろん、捨てるのはロイド自身じゃなくてクリエイターだろうが」


「そうですね。そこだけを切り取れば、それだけの話だ」


「馬鹿にしてるのか? 何だか知らんが、詳しい話を聞かせもしないで、俺の判断が何かおかしいと言いたいのか」


「いいえ、とんでもない。見識に感謝しています」


 にっこりと笑んで彼は返事をした。


「それだけのことだ」


 彼は繰り返した。ギャラガーは、やはり馬鹿にされているようにしか聞こえん、と呟いた。


「俺に質問にきながら、そっちは話す気はないってことでいいのか?」


「そういうつもりではありませんよ。ただ、ミスタはお気に召さないかと」


「……と絡むってことか」


 嫌そうにギャラガーは腕を組んだ。


「お前、どういう経緯で何をしてるにせよ、フランソワと関わればと行き合うことになるぞ」


 覚悟しろよとギャラガーは言った。


「生憎なことに」


 彼は肩をすくめた。


「それはもう、避けられない段階のようですよ」


「何だって?」


「お聞きになりたいですか?」


 その質問に、工房主はうなった。


「私も彼も、〈フランソワ〉が事故のあとどこに連れ去られたのか、それを探す必要はないですね」


 幸か不幸か、と店主は言った。


「どういう意味だ」


「私はつい先日まで〈フランソワ〉がいた場所を知っています。『ファーザー』もまた」


「へえ?」


 面白がるようにギャラガーは片眉を上げた。


「先日までいた場所を知っている。それから、手首。誰かがフランソワを拾って、手首を捨てた。個体識別番号の隠蔽か」


 ギャラガーはいささか的を外したが、客は正解とも不正解とも言わなかった。


「つまり、あんたは既に、あれとロイド争いをしてるってなとこか」


「そのようなところですね」


 店主はまた言った。


「まあ、詳細は知らんが、せいぜい頑張れよ。どっちかって言うなら、俺はあんたを応援してやるから」


「それはどうも」


 彼は笑みを浮かべたが、有難く思っていると言うよりは、皮肉を覚えているようだった。


「ではミスタ・ギャラガー。支援者として、もう少し情報提供をお願いできますか」

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