第24話 例によって

「その女性の名前か連絡先は判りますか」


「何?……判るはずないだろう。病院が近くたって、うちの客じゃない」


「では、どちらの記事だったかお判りになりますか」


「そこまで覚えてない。ちょっと待て」


 ギャラガーは腕時計に触れると、視線を落とした。


「――シャロン。ちょっと、こっちこい」


 〈クレイフィザ〉店主の愛用通信機が眼鏡であるなら、〈カットオフ〉工房主のそれは腕時計であった。彼はそれで女性――型――秘書を呼び出し、ほどなくして〈シャロン〉が現れた。


「ミスタ・リンツ、トール。お久しぶりです」


 ライトグレーのスーツを着た「彼女」は、彼らを認めると丁寧に頭を下げた。クリエイターはただうなずき、そのリンツェロイドは一旦立ち上がって会釈を返した。いくつもの意味で「同業」という稀少な存在たる彼女にだからすることだ。


 指先に爪があり、手首に個体識別番号のない、リンツェロイド。


 稀少で当然である。「人間と誤認され得る」彼らの状態は、違法だ。


「リンツが知りたいと言うんでな」


 〈シャロン〉のマスターは事故の話をすると、シャロンの記憶を頼った。


「ギャラガーの言う『ローカル紙』は、〈オード・レポート〉ですね。記事をご覧になりますか」


「お願いする」


「少々お待ちを」


 客人の要請に、秘書ロイドはヴァーチャル・ディスプレイを呼び出した。


 ほどなく彼女が表示させた記事は、スタイコフの言葉を借りるなら「面白みのない」もので、これまでに彼らの知った事実がシンプルに記されていた。


「名前はない、か」


 事故の記事も「生還」の記事も、個人名などは掲載されていなかった。


「もう少し、何か判るかと思ったんだが」


「ギャラガー」


 少し顔をしかめて、シャロンは工房主を呼んだ。


「あん? どうかしたか」


「忘れていますか。それとも、告げれば都合の悪いことですか」


「俺が何を忘れてるって?」


「この件では、捜索の依頼があったはずです。事故隠蔽の目的でどこかに連れ去られたリンツェロイドの」


「ああ?」


「それはそれは」


 〈クレイフィザ〉店主はシャロンを向いた。


「ぜひ、聞かせてほしいね」


「よろしいですか、ギャラガー」


「んなこと、あったか? 俺にも思い出させてくれ」


 ギャラガーは何かを隠そうとしたのではなく、本当に忘れていた風情だった。そもそも隠したいことがあるならわざわざシャロンを呼ぶこともないだろう。


「まずは十ヶ月前でした。事故の三日後です。警察から、もし損傷したロイドが運び込まれたら教えてほしいとの要請が」


「そう言や、あったな。偶然うちにくるようなこともないだろうと思って、忘れることにしたんだった」


 あっさりとギャラガーは言った。


「それから、半年ほど前です。行方不明だったロイドは見つかったので、もう気にかけてもらう必要はないと、そうした意味合いの連絡が入りました」


「半年」


 店主は繰り返した。


「シャロン、正確な日付は判るかな」


「もちろんです、ミスタ・リンツ」


 彼女はさらさらと日付と、そして時刻まで返答した。


「……ああ、そうか。あれか」


 ギャラガーは渋面を作った。


「これも忘れることにしたんだった。絡んだら、面倒は警察沙汰の比じゃない。くそう。巧くいって忘れてたのに」


「ですが、ご指示でした」


「お前の記憶データに文句はないさ」


 データが消されるか壊れるかしない限り、ロイドは何も「忘れ」ない。ニューエイジロイドならば仕事に必要なこと以外は特に記憶しないのが普通だが、企業によってその境目は様々である。


 ましてや、クリエイターが自らのために作り上げた生え抜きのリンツェロイド。


 ギャラガーがうっかりでも意図的でも何か忘れたところで、シャロンが忘れるはずはなかった。


「『ファーザー』のことは知ってるか、リンツ」


 しかめ面のまま、ギャラガーは客の方を向いた。


「ファーザー、ですか」


「父親って意味じゃないぞ」


「聖職者への呼びかけとしての言葉でしょうか。つまり『神父様』」


「知ってんだな。そう呼ばれる、変わりもんのクリエイターのこと」


「クリエイターなんて、多かれ少なかれ、変わり者ではありませんか?」


「お前を含めてか」


「あなたを含めてでもあります」


 彼らはさらりと言い合った。


「その彼が、何か」


「シャロンの説明した、『もういい』と言ってきた奴がそいつなんだ」


「――ほう?」


「つまりそれは『神父様』のロイド……あいつが面倒を見てるロイドってことだ。関わり合いにならずに済んでよかったと、俺はすぐさま忘れることにした」


「彼のロイド」


 店主は静かに呟いた。


「確かですか?」


「知らんよ。俺が何か調べる理由はないし、あったとしても、余程重大でなければ無視した」


 ひらひらとギャラガーは手を振った。


「もとから面倒を見てたのか、それとも配信記事や警察の情報なんかから事故を知って乗り出したのか、それは判らんが」


「乗り出した、とは?」


「判るだろ。例によって『人助け』だ」


 ギャラガーは肩をすくめた。


「『神父様』のお望みは、富や名声じゃない。少なくとも、自ら口にするところでは、だがな」


 皮肉っぽい笑みを浮かべてギャラガーは言った。


「少なくとも、と言うのであれば、少なくとも、富は不要でしょう」


 店主は指摘した。


「そうだったな。金なら、あいつんちには有り余ってる。何しろ、ニューワールド社長の、道楽二男坊ときたもんだ」


 ギャラガーは鼻を鳴らした。


「あいつの工房は、設備も超一流らしいな。一体もリンツェロイドを作れていない名ばかりの技術士のくせに」


「ずいぶん、手厳しいですね」


 店主は苦笑めいたものを浮かべた。


「誰だって同じことを思う。言うかどうかは、別かもしれんが」


 皮肉混じりにギャラガーは唇を歪めた。


「『ファーザー』自身の言によれば、『ロイド製作に時間をかけるクリエイターは大勢いるが、自分が求めるのはその向こうにあるものだから、そこに時間をかけることはやめた』だそうですが」


「審査に通らない言い訳だろ」


 あっさりとギャラガーは決めつけた。


「奴のメンテナンス方法に腹を立ててるクリエイターは多いぞ。オーナーが決めたことなんだから、俺たちにはどうしようもないがな」


 ギャラガーは首を振った。


「成程ね」


 店主は呟いた。

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