第19話 ご立派です

「それはいささか、おかしいですね」


 呟く店主に、記者は片眉を上げた。


「何だよ。俺の調査に文句があるのか」


「『壊した』と言う点が気にかかります」


 クリエイターは答えた。


「普通、『ロイドを壊した』つまり『破壊した』と言えば、それこそバラバラにすることを連想します。反ロイド団体のパフォーマンスのように、打ち壊しということもありますが」


 首を振って彼は続けた。


「われわれの言うところの〈アリス〉は、『身体』はもとより、記憶装置が破壊されたのでもなかった。データとしては壊れていたと言えますが、意図的に抹消を行ったとしても、それで『ロイドを壊した』とは、あまり言わない」


「まあ、正直」


 スタイコフは口の端を上げた。


「俺もそこが引っかかってる。その野郎が技術者だと言うのならともかく、違法な風俗店の客引きかなんかだって話だしな」


「となると、いささか、雰囲気の違う話です」


「だが、〈アリス〉だぞ」


「珍しい名前という訳でもありません。有名な古典から取られることも多い」


「時期も一致する」


「アリスがオセロ街に現れた正確な日付は、確認できていませんね」


 数ヶ月のスパンは大雑把すぎる、と店主はつけ加えた。


「じゃあ、単なる偶然の一致だと?」


「判りません。ただ、ピンとはきませんね」


「技術者らしからぬことを」


 スタイコフは鼻を鳴らした。


「実はもうひとつ、『消えたロイド』絡みの話がある。だがこれは〈アリス〉じゃないんだ」


「念のため、聞かせてもらえませんか」


「そうか? それじゃ」


 スタイコフの話によれば、十ヶ月前のことだった。制御装置の壊れた車が人間とロイドをはね、運転手はそのまま逃走した。人間の方は意識不明の重態、ロイドは消えた。


「消えた?」


「すぐに運転手は捕まったが、その言によれば、ロイドに何かが記録されてることが怖くて、運んで捨てたそうだ」


「どこに?」


「そこまでは判らなかった」


 スタイコフは肩をすくめた。「調べなかった」「調べる気にならなかった」であるのかもしれなかった。


「たまたまだが、こっちの所有者マスターも女でな。……女が美人ロイドを購入するってのは、どういう心理なんだろうな、先生?」


 世の女性の多くは、リンツェロイドと並びたがらない、と言われる。ロイドの美は作られたものだが、どうであろうと美は美だ。隣にいればどうしたって比較される。


 もちろん、なかにはそうしたことを気にしない人物もいる。だが生憎なことに、根強いルッキズムから誰もが開放されることは、この時代になっても難しいのだ。


 もっとも、他人が人間とロイドの外見を比較して思ったことを態度や言葉に出すなどはもってのほかだ。たとえ内心で「人間の女は見劣りするな」と思っても何も言わないのが無難。どうしても何か言いたいなら「所詮、ロイドなんて人形だ」とか、もう少し言うつもりなら「僕は君がいい」くらいの台詞をつけておけば――いや、余計なつけ加えかもしれない。


 ともあれ、ごく普通の――特にロイドにのめり込まない――男であれば、それくらいの考えと反応が一般的だった。スタイコフもその辺りで、「わざわざ比べられるものを近くに置くなんて」と思うようだ。


「お客様によるでしょうね。余裕ある生活を見せつけたいため、独り暮らしが寂しいため、きれいだから使うより飾りとして欲しかった……概して、女性の買い手の方が男性よりも感情的であることは多いです。若しくは」


 クリエイターは少し笑った。



「は」


 スタイコフもにやりとした。


「まあなあ。野郎がリンツェロイド買うのに『寂しかったから』だの『きれいで気に入ったから』だの、言えんわな」


「言ってもいいと思いますがね」


 店主はそんなことを言ってから話を再開した。


「もう少し、そのロイドと所有者のことを聞きたいのですが」


「何か気になるのか? だが、言ったように、それはアリスじゃないんだ」


 記者は手を振った。


「〈フランソワ〉と言うらしい」


「それは、それは」


 店主はかすかに笑みを浮かべた。


「違うだろ?」


「そのようですね」


 笑みを浮かべたまま、彼は言った。


「今度こそ、以上」


 話の終わりを知らせるように、記者は片手を上げた。


「それらのことをひと晩で? ほかの事件もあったのでしょうに」


「大スクープでも狙ってるんじゃない限り、ネタを三つ四つ抱えるのは、うちじゃ普通のことだ」


「ご立派です」


「馬鹿にしてんのか?」


「本当に思っているんですよ。やっぱり私はさぼり気味かな? トール」


「いきなり振らないでください」


 助手は顔をしかめた。


「ミスタ・スタイコフとマスターじゃ、仕事内容が全然違うじゃないですか。マスターがオーダーを同時に三つも四つも抱えるなんて不可能です」


「まあ、そうなんだけどね」


 店主は肩をすくめた。


「お互い、実りあるのかないのか判らん情報を提供し合ったようだな」


 スタイコフは苦笑いを浮かべた。


「昨日のナンバーは、その後どうした? 読み取れたのか」


 記者はそのことを尋ねた。


「いいえ」


 店主は首を振った。トールは沈黙を保った。


「捜査所も忙しいようですのでね。数日中に返答があれば、早い方だと思いますよ」


「けっ。やる気のないこった」


「一刻を争うほど緊急だから頼む、とは告げませんでしたからね」


 素知らぬ顔で店主は、捜査所をかばった。


「もっとも俺は、的外れな嫉妬で捨てられたロイドのその後、なんて記事を改めて載せるつもりなんかない。もっと面白い話を期待してるんだよ、先生」


 スタイコフはにやっとした。


「ミスタ・リンツ。探偵ごっこなんてもうやめて、素直にさっさと全部認めたらどうですかね? 過去の連続『殺人』、〈アリス〉の殺害、どちらも自分の仕業だとね」


「スタイコフ! またそんなことを!」


 これには助手は黙っていられず、かっとなったように声を出した。


「ほらほらトール。そんな簡単に乗らない、乗らない」


 にっこりと店主は少年を諫めた。


「スタイコフ氏は、本気で言っているんじゃない。君が怒るのが面白くて、繰り返すんだよ」


「ま、それもないとは言えんがね」


 記者は口の端を上げた。


「『本気じゃない』ことは、必ずしも『冗談だ』にはならない。リンツさんよ。俺が〈アリス〉のオーナーの情報を探してきたのは、何もあんたに協力しようと言うんじゃないんだ。あんたの出方を見たいのさ」

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