第18話 登録名を確認した
「等価ならたいへんけっこうだ。聞かせてもらえますか」
その笑みは皮肉とも取れた。
「リンツェロイドクラスのロイドが、正式な手続きも踏まずに捨てられる。ロイドに馴染み深いあんたなら、どんな話を作り上げる?」
「そうですねえ」
「訊かないで話せ」とは言わず、店主は考えるようにした。
「男性オーナーの恋人や奥方がご立腹、というパターン。これは比較的よく聞きますね」
「正解」
スタイコフは指を弾いた。店主は片眉を上げた。
「しかし、ジェラシーでロイドを捨てるのは実際、難しいですよ。どこか遠くに放置してみたって、電力が完全になくならない限りはマスターのところへ帰ろうとしますからね。素人がエネルギーの発生をとめ、充電されたものを全部放出させてしまうのは困難だ」
家族間で問題が発生すればたいていは返品される、と店主は言った。実際、〈クレイフィザ〉のリンツェロイドは何体か、そうして「出戻り」をしてきている。
出来がよすぎるのも、時には考えものだ。
「ただ捨てれば、そりゃあ犬猫より確かに帰ってくるだろうさ。だからこそ、壊すくらいのことは、その男も考えた訳よ」
「男?」
「ああ」
記者はにやりとした。
「よくある話と言えば、話。だがあんたの想像とは、ちょっと違うとこもある」
にやにやしたまま、スタイコフは続けた。
「購入者は女で、嫉妬したのは男」
「それはいくらか珍しいパターンですね」
店主は目をしばたたいた。
「男性体のリンツェロイドならともかく」
「ああん? 野郎のリンツェロイドなんてあるのか?」
「ありますよ。数は少ない方ですが」
「聞かねえぞ」
「専門にしているクリエイターもいますよ。ただし、男性側からの要望は皆無でもありませんがないに等しく、女性が男性体ロイドに望むのは、セクサロイドとは違う意味での『恋人ロイド』ですからね」
購入者の注文は過剰なまでに細かく、クリエイターと喧嘩になったり、それを通り越して訴訟になったりする例もある。禁止語になっている「愛情を示す言葉」を何とか言わせるようにしつこく頼んでくる、という話も聞かれる。
要は、トラブルが多いという印象から、避けられがちなのだ。専門の工房は人気だが、そのノウハウは現状、あまり世に出回っていない模様である。
そうしたことからその数は絶対的に少ないのだ、とクリエイターはざっとそんな説明をした。
「あたしの彼はリンツェロイド、ってか。どいつもこいつも、阿呆らしい」
記者は顔をしかめた。
「程度の差はあれ、ミスタが思うほど特異な話でもないですよ、人間とロイドの恋は」
「人間がロイドに恋、だろ」
「これはこれは。仰る通りです」
にこにこと店主は返した。
「とにかく、〈アリス〉の購入者は女だ。で、妬いた男が〈アリス〉を壊し、どこかに捨てた。データを抹消し、ジャンク街に捨てたってことになるか。つまらん痴話喧嘩の結果だな」
「それは本当に〈アリス〉なのですか?」
店主は、初めてスタイコフがその話を持ち出したときと同じように、根本的なことを尋ねた。
「登録名を確認した。間違いない」
スタイコフは自信たっぷりに答えた。店主はそうですかと言った。
「〈アリス〉が突然なくなってしまったことをオーナーはどう思ったのですか」
「男の仕業だとはすぐに判り、そいつとは別れて……まあ、当然の結果だよな。探そうとはしたらしい。だが男は『壊した』としか言わず、女は〈アリス〉の『遺体』も見つけられずに終わった」
「なかなか面白いお話ですが」
店主はあごに手を当てた。
「どこから、そのような情報を?」
「そんときの喧嘩が警察沙汰に発展しててな。馴染みの捜査官から聞いたのよ。もっとも女は、訴訟騒ぎになって男との関わりを長引かせるより、シンプルな決別を希望した。『もう二度とあたしの前に現れないで』ってやつだな」
窃盗事件にするにも証拠はなし、肝心のロイドもなし。高級品とは言え、原因が痴話喧嘩では警察も対して真面目に調査しなかったか、うやむやになったままだと記者は話した。
「そんなことでは困りますねえ」
「まあな。だがシリアスにもなりきれん『事件』だ」
スタイコフは肩をすくめた。
「それはいつの話です?」
「半年から一年前だな。ちょい待て」
スタイコフは携帯端末を取り出してデータを呼び出した。
「ほぼ一年前だ。アリスがオセロ街に現れた時期と、だいたい一致するんじゃないか」
「その話を」
「ん?」
「その話を突然、思い出したのですか」
何気なく店主は問うた。
「ああ? 何言ってんだ?」
「いえ。〈アリス〉の件はミスタの方からお持ちになったと思いましたので」
「……ああ、俺が情報の出し惜しみをしてたり、それとも出鱈目を言ったりしてんじゃないかと思ってんのか」
問いの意味が判ったとばかりにスタイコフはうなずいた。
「そうは言いません」
「言ってるも同然だろ」
記者は小さなヴァーチャル・ディスプレイのサイズと輝度を変更し、店主に示した。
「またしてもうちの記事で申し訳ないがね」
口の端を上げる彼の態度は、本当に恐縮していると言うよりも、皮肉めいていた。
店主とトールがそれをのぞき込めば、そこには確かに「『俺よりロイドか』情けなオトコの恋の顛末」といった見出しの記事が、およそ一年前の日付で掲載されていた。
「幸か不幸か、俺が担当したネタじゃない。さっきは俺が捜査官と話したみたいに言ったが、面倒臭かったから端折っただけで、実際に聞いたのは同僚だ。この件について話したら、関係あるんじゃないかと提供してきてな」
それで情報のタイミングがずれているのだと彼は言った。
「成程」
納得したように店主はうなずいた。
「〈ミスティック・パラドクス〉社は、同僚同士の仲がいいんですね」
「意外か?」
「そうは言いませんが。同僚というものは仲間であると同時に最大のライバルになり得ますでしょう」
「へえ。ダイレクト社はそんなだったのかい」
「大きな企業ですから、いろいろです」
「巧い言い抜けだ」
スタイコフは鼻を鳴らした。
「それで俺は、時間の合間を見繕って、その元オーナーに連絡を取ったんだ。その後〈アリス〉のことは何か判ったかと、素知らぬふうでね」
三流タブロイドからの突然の連絡に、当然ながら、彼女は驚いたと言う。答えは「ノー」で、壊されたのだからととっくに諦めていたようだった、とスタイコフは語った。
「これがお金持ちのお嬢さんでね。とっくに新しく、次のリンツェロイドを買ったんだそうだ」
「それはそれは」
店主は笑みを浮かべた。
「よいお客様だ」
皮肉だな、とトールは気づいた。彼のマスターをはじめ、たいていのクリエイターは、彼らの「子供たち」がないがしろにされることを嫌う。買い換えてもらえる方が儲かるとしても、単純には「乗り換え」を喜べない。「ロイド・クリエイターは芸術家の側面がある」などと言われる
「男の方は、ほかの女に入れ込んだ挙句、ストーキングで捕まること数回。アリスを探し出してもう一回壊す理由なんかは、なさそうだな」
以上、と記者は両手を上げた。
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