第17話 都市伝説のようなもの
そうして翌日、店主は再び〈ミスティック・パラドクス〉の記者と顔を合わせることとなった。トールは何が何でもついていくと主張、彼のマスターが言質を取られることのないようにと考えた。「揚げ足は取らない」とスタイコフは言っているものの、曲解は――わざと、だろうか――しているようだからだ。
「よう。先生。トールも」
連絡のあったカフェにたどり着くと、既に到着していた記者は気軽な調子で片手を上げた。そこは半個室のようになっている店構えで、ちょっとした相談事や、もしかしたら内緒話にも向くようだった。
「徹夜ですか」
「ん?」
「衣服が同じようなので」
座席に座ると、店主はスタイコフのよれよれのワイシャツに目をとめた。
「男の服装の変化なんざ、気にしても面白かないだろうに」
スタイコフは無煙煙草とカートリッジを取り出した。
「急に事件が飛び込んできてな。ま、事件ってのはたいてい急なもんだが。関係者に話を聞いてこいとボスに放り出されてひと晩中だよ」
彼はコーヒーをすすった。
「早速だが、先生の札から開示してもらおうか」
店主がコーヒーを頼むと――トールはウォーターである――、すぐに記者はそう要求した。
「私からですか」
「ちょっと待ってください。ずるくないですか。聞き逃げする気じゃ」
警戒して、トールは言う。
「おいおい。あんまり俺を貶め続けるもんじゃないぜ、トール。最低三流紙の記者でも、守るべきラインってのはあるもんだ」
「仮に何かしらのラインがあるとしても、『聞き逃げしない』という項目がラインのどちら側なのか、僕には判りませんね」
「このガキ」
「かまわないよ」
スタイコフはトールを睨んだが、とりなすように店主が声を出した。
「言ったように、所有者を探す手はこちらにもあるんだから、スタイコフ氏が本当は何も掴んでいなかったとしても」
かまわない、と店主は繰り返した。スタイコフは唇を歪めた。
「は、馬鹿にされたもんだ。『情報がある』という話自体が、空手形だと言われるとはね」
「そうは言っていない」
店主は手を振った。
「ギブ・アンド・テイク。スタイコフ氏の言った通り。噂話とは言え、私が提供するからには何かしら返してもらうつもりでいる」
あくまでも穏やかに笑んで、店主は言った。記者は鼻を鳴らした。
「よっぽど素っ頓狂な話でない限り、何かしらの調査はするさ。いや、素っ頓狂な方が、うち向きだがね」
自嘲なのか皮肉なのか、彼は笑った。
「つまり、俺が『もらう』ことはほぼ確定。『与える』方もさぼらんよ」
記者は手を振り、クリエイターを促した。
「繰り返しますが、私の話は、申し上げたように『噂話』レベル。そのことはご了解いただいていますね」
「噂も立派なソースになるのが天下の〈ミスティック・パラドクス〉だ」
スタイコフは全く自慢にならないことを言った。
「三年以上前になります。ある大企業から退職した技術者が、どうしてもかつての自社製品に搭載された最新情報が欲しくて、該当ロイドを『誘拐』した」
コーヒーとウォーターが届いてから、店主は話をはじめた。
「何だって?」
「しかし自分に疑いがかかってはいけませんから、それが目的と悟られないよう、何体ものロイドを『誘拐』して、ばらばらに」
「ちょ、ちょっと待て」
「その過程で、作り上げられたものを分解することへの快感でも覚えたのでしょうかね。彼の『凶行』は続く」
「先生、待ってくれ」
「例の事件以来、その人物はロイドに、分解欲とでも言いましょうか、そうしたものを覚えたのか? はたまた、ロイドが壊されても大して問題にしない、或いは何らかの理由で公にできない
「待てと言ってるだろうが、この変態クリエイター!」
ばん、とテーブルを叩いてスタイコフは叫んだ。
「……何だって?」
店主は目をしばたたいた。
「判ってんだぞ、リンツ。あんたが元、ダイレクト社員だってことは」
「おや」
「大企業の元社員、ロイドを好きに壊せる環境、どっちもあんたの話に聞こえるが。いまのは自白か?」
「違いますよ」
苦笑いを浮かべて、店主は否定した。
「私のささやかな経歴をお調べに?」
「ささやかだって? たいそうなもんじゃないか」
ふん、とスタイコフは煙草を揺らした。
「フェルディナンド・リンツ。数々のクリエイターを生み出したプロフェッサー・ハリントン の教え子で、ダイレクト社に無試験で入った強者。八年間リンツェロイド界の最先端にいたが、問題を起こして解雇。いや、ダイレクト側の依頼退職だって? 情報を余所へ持ち出そうとしたらしいな。逆ギレされて何もかも流されることを怖れた社は、穏便に退職させたとか」
「おやおや」
「巧く売り払えた情報もあったのか、口止め料代わりに多額の退職金をもらったのか、そこまでは判らなかったがな。素知らぬ顔で個人工房を設立し、けっこうな技術を持ちながらもダイレクトに目を付けられない程度に細々とやってた訳だ」
「そう言われると、何だかずいぶん悪人のような感じだね」
まるで感心するかのように店主はしみじみと言った。
「事実と違えば、指摘しろよ」
「大筋ではその通りですよ」
にっこりと店主は笑んだ。
「マスター……」
トールは心配そうな顔で心配そうな声を出した。
「成程ねえ、あなたの視点だと、まるで私は『彼』のようだ。そうだねえ、一歩間違えば私だって、あちらに行っていたかもしれないねえ」
「あんたじゃない、と?」
「違うとも」
店主は、せいぜい「これを落としませんでしたか」と尋ねられたのを否定する程度の気楽さで答えた。
「私にはもう、それだけのエネルギーはないんだ。手の届く範囲で精一杯でしてね。いちいちどこかへ出向いたり、他人のものを盗んでまでパーツと顔を突き合わせたい気持ちもない」
「さっきの発言は自分のことじゃないと?」
言い方を変えて、確認するようにスタイコフは問うた。
「繰り返しますが、違う。私はやはり作る方が好きですよ。バラバラ事件には本当に憤りを覚えているんだが、ミスタには通じないようだ」
「それならもっと怒った顔でも見せたらどうだ」
「生憎、あまり大仰な感情表現は得意じゃなくてね。努力してもいいけれど、わざとらしければ演技だと言われるでしょう?」
「――それじゃ、その『彼』はどこのどいつだって言うんだ」
「さあ」
あっさりと店主は肩をすくめた。
「何ぃ?」
「噂だと言っているでしょう。聞きかじりですよ。一時期、クリエイターの間で流れた……言うなれば都市伝説のようなものでしょうかね」
「都市伝説だと? この、クソクリエイターめ」
「噂でもいいと言ったじゃないですか」
「まあ、言ったがな」
渋々と彼は認めた。
「もっとも、俺の話もそれほど役に立つ感じじゃない。等価交換には適当かもしれんな」
言い放ったスタイコフに、トールは顔をしかめた。記者はつまり、あまり価値のないと自覚している情報を餌にしようとしていたことになるからだ。店主は向こうの空札に気づいたから都市伝説などとごまかしたのか、それともやはりジョバンニの名を出す訳にはいかないと考えたのか、トールには判断できなかった。
だいたい、ジョバンニがどこかの技術者だったなどとは、トールは聞いたことがない。もしかしたら本当に、クリエイターの間で流れた噂だろうかと考えた。
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