第20話 少し気になることが

「私の出方と言いますと?」


「反応如何によっては、俺はしばらくあんたについて回るからな、ってことさ」


「おやおや」


「さっきの話のアリスがオセロ街のアリスと関係あるかどうか、先生は懐疑的って訳だな。まあ、俺としても、本音としては関係ない方がいい」


 肩をすくめてスタイコフは続けた。


「ストーキング男のジェラシーなんて二度も記事にするようなネタじゃない。フランソワの方は、まあ、奇跡的に意識を取り戻したってなことで『奇跡の生還』なんて言ってちょっとは話題になったし、うちでもセント・マリオン病院に取材に行ったんだが、大して刺激のある話じゃなかった」


 もっと面白いネタが欲しい、と記者は言い放った。トールはむっとした顔を見せた。


「どうしてそんな言い方ばかりするんです。何でもかんでも、つまらないとか面白いとかじゃないでしょう」


とも、トール君。うちじゃそれが全てなんだ」


「それは世界の常識じゃないです」


「へえ。ロイドの『死』に深刻になるのが世界の常識かい」


「そういうことじゃ……」


 トールが反論しかけたとき、スタイコフの携帯端末が光った。記者は少年を無視する形で通信を受け取る。


「はいよ、何……」


『アイゼン! どこをほっつき歩いてる! すぐさま帰ってこい!』


 まるで大音量で外部スピーカーをがならせたように、端末から男の怒声がした。


「ああ、ボス。いま、まだ……」


『二十分で戻れ。一分遅れるごとに給料からさっ引く!』


「げっ、そりゃ物理的に無理」


『あと十九分五十五秒!』


「わあったわあった! すぐ戻る!」


 言いながらアイゼン・スタイコフは立ち上がった。


「くそ、向こうのネタはいまいち面白くないんだが、そうも言ってられん。先生、またな。すぐ連絡する」


「商売繁盛でけっこうだね。行ってらっしゃい」


「……次の連絡は、特に要らないですけど」


 トールはぼそりと呟いた。慌しく記者の去ったテーブルで、店主は笑う。


「ちなみにスタイコフ氏のプライオリティは?」


「E8.0です」


 むっつりとトールは答えた。


 通常、リンツェロイドは「人間」を大まかに十段階に分類して「態度を決める」。「マスター」のプライオリティは1、これは動かない。マスターの家族や恋人、親友などは2であることが多い。それ以降は小数点以下一位か二位か、クリエイターによって異なるが、細かく分かれていく。


 Eは、敵対プライオリティだ。主にはロイド自身が、彼らのマスターに害をなす存在と判断したときに、Eランクがつけられる。E1となれば完全な「敵」だが、そこまでの状況になることはまずない。彼らは基本的に命令を聞く使役機械であるから、Eランクをつけること自体、どちらかと言えば珍しいことである。


「もう少し都合してあげて。せいぜい、E9くらいで」


「マスターがそう仰るなら、仕方ないですけど。僕の自主性はどうなったんですか」


「うん。君は、私の言葉を聞かなくてもいいんだよ」


「そんなことできないとご存知のくせに」


「どうかな。やってごらん」


 リンツェロイド・クリエイターは言った。


「はい?」


 リンツェロイドは目をしばたたいた。


「できないと決めつけないで。やってみたらどうかなと言っているんだけれど」


「……無茶苦茶を言わないでください」


 トールは顔をしかめた。


「それにしてもマスター、スタイコフ氏にナンバーの件を話さなかったのはどうしてですか」


「おや。私が黙っていたことが不満なのかい」


「不満じゃないです。ちっとも。拍手喝采です。〈アリス〉のことも」


 そっと彼は言った。


「ミスタ・デューイの話のよれば、オセロ街の〈アリス〉に『アリス』と名付けたのはオセロ街の彼らです。彼女の登録名は『アリス』じゃないはずでしょう」


「絶対に違うとは言えないけれどね」


「でもそんな偶然は考えづらい。マスターだってそうお思いじゃないんですか」


「うん、そうだね」


 店主はさらりと認めた。


「本来の登録名が『アリス』だということはまず有り得ないだろう。となるとスタイコフ氏の話にあった〈アリス〉は別のリンツェロイド。その行方も気になるけれど、それは私に関わりのないことだ」


 それこそおそらく潰されたかパーツだろう、と店主は首を振った。


「でも、どうしてですか」


 トールは再び尋ねた。


「うん。まだ確信が持てないからね」


「何の、ですか」


「今朝方、協会から返事があったんだ」


 店主は説明した。


「該当ナンバーのリンツェロイドは――〈フランソワ〉」


「え?」


「そう、〈フランソワ〉だよ、トール。製造者はもう工房を畳んでいて連絡を取ることが難しいんだが、代わりにミスタ・スタイコフが見事に当たりを引いてきてくれたようだ」


「それじゃやっぱり〈アリス〉は『アリス』じゃなくて」


 トールは目をぱちぱちとさせる。


「〈フランソワ〉」


 響きを確認するかのように、トールはその登録名を口にした。


「基礎データが損傷したのは、事故のせいだろう。ミスタ・カインがデータを書き換えたんだ」


「名前がないと不便ですもんね」


 判ったようにトールは同意したが、店主はうなずかなかった。


「マスター?」


 トールは首をかしげた。


「僕、何か間違いましたか?」


「いいや、そんなことはないよ」


 店主は笑みを見せた。


「少し気になることがあってね」


「何ですか?」


 トールは尋ねた。


「データの書き換えですか、もしかしたら」


「そうだね」


 今度は店主はうなずいた。

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