第14話 僕じゃありませんよ
ええ、と不満そうな声が上がった。
「何でそれ、持ってきてくれないのさ。見たかったなあ、俺も」
「見て面白いものでもありませんよ。ただのパーツです」
展開を話しながら、トールはライオットの前にコーヒーカップを置いた。
「調査のために渡してきたんだから、仕方ないじゃありませんか」
「民間の科学捜査所だって? 変なつて持ってんな、マスターも」
アカシは肩をすくめた。
「ナンバーが判ったとして、協会に問い合わせて、製造者を確認して。個人工房なら可能性はありますが、大企業だとしたら所有者を教えてなんてくれないでしょうね」
「大企業って、ダイレクトとか?」
「いえ、ダイレクト社とは思いません。それに、たとえばの話です」
ライオットの問いにトールは首を振った。
「所有者が判ったからって、どうなんだろうな」
両腕を組んでアカシは考えるように言う。
「リンツェロイドを捨てるなんて、普通じゃない。まあ、厳密には言うなら、本当はリンツェロイドかどうかも判らないんだったな」
「マスターの見立ては『れっきとしたリンツェロイド』です。僕でも、量産品じゃないことくらいは判りました。捨てられた事情は、想像すらつきませんけれど」
「で、記者さんはどうしたの」
「科学捜査所までついてきましたが、入所を断られた時点で帰りました。もうこないといいですけど」
「無理でしょ」
「くるだろ」
「でしょうね」
トールは嘆息した。
「それにしても我らがマスターにロイド『殺害』容疑とはね。どっちかって言えばフェティシストに近いのに」
アカシは口の端を上げた。
「歪んだフェティシストもいますからね。……マスターがそうだと言うんじゃないですけど」
「まっすぐじゃないことは、確かじゃない?」
トールの言葉にライオットは笑った。
「だがそのデューイとやらはフェティシストなんだな」
「どうでしょう。『ロイド』に惚れ込んだのではなく、あくまでもアリスを大切に思っている訳ですから」
「うちにくるいろんなオーナーと一緒じゃあん? うちの子好き好き、って言う」
「まあ、それに近いですね」
トールは認めた。
「〈アリス〉にマスターはいない……少なくともオセロ街にはいなかった訳ですが、彼女はみんなのロイドだった。仮のマスターが大勢いれば、なかには入れ込む人もいておかしくありません」
通常のロイドであれば、他人のプライオリティが「マスター」より高くなることは有り得ない。だがそうした絶対的な対象がなかったことは、〈アリス〉を人間の女――もしかしたら振り向いてくれるかもしれない――に近づけたのかもしれなかった。
「データはあるんでしょ? パーツさえあれば、また作ってあげられるんじゃん」
「無償で、ですか?」
「あ、トール、がめつい」
「僕じゃありませんよ。そういうことを言ったのはマスターです。もっとも、無償でと言われたら僕は頭を抱えましたけど」
「正当な金額はもらわないとな。多少はサービスするとしたって」
ボランティアじゃないんだ、とアカシ。
「〈ケイト〉が売れたばかりですから、まだ余裕はありますが」
「マスターにしては珍しく、トークレベル高かったもんねえ」
うんうんとライオットはうなずいた。
「何でまた、あんな、ダイレクト社級の見積もり呑んだ訳? ケイトのマスター」
「ダイレクト社のものを購入したら目立ってしまうからだそうです」
「理由になってるんだかなってないんだか判らないな」
アカシが苦笑した。
「マスターが話をして、お客さんのことを気に入ったみたいでした。結局、レベル4……それも、うちのレベル4にしては格安というパターンですから」
トールは肩をすくめた。
「油断すればすぐ、ぎりぎりになります」
「もうちょっとくらい高く売ったっていいのにねえ?」
「平均よりは、高めですよ」
「性能からしたらやっすいじゃん」
「弱小工房だからこれでいいんだそうです」
トールは肩をすくめた。
「僕としても、ライオットの意見に賛成ですけどね。うちには金食い虫がたくさんいるんですから」
「それって」
「俺たちのことか」
リンツェロイドたちは顔をしかめた。
「人間雇って給料出すより安いでしょ」
「待遇に文句も言わないしな」
うんうん、と珍しく同意し合って彼らはうなずく。
「僕たちのメンテナンス中、マスターの人件費はただですよ」
「あの人、人間なんか雇えっこないんだし、趣味の延長みたいなもんなんだからさ。俺らのメンテ時間くらいは、無料奉仕でいいんじゃないの」
「何にせよ、マスターの選択ですからね。僕たちは唯々諾々と従うだけですけれど」
「アリスの殺害犯探しも、か?」
「……仕方ありません」
渋面を作ってトールは答えた。
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