第15話 向こうも同じだったら?
「ミスタ・デューイに諦めるように言いながら、結局、犯人に繋がる何かを探そうなんて。どうしてですかと訊いたら、好奇心だと」
「マスターらしいけど」
「やばいことにならなきゃいいがな」
「何で?」
「何でって……お前」
アカシは顔をしかめた。
「思い出さないのか。ジャンク街、ロイド、バラバラ、ときて、何かを」
「ああ、噂の変態分解魔? ジョバンニだっけ?」
ライオットは肩をすくめた。
「関係ないでしょ、そいつは」
「判りません」
トールは首を振った。
「ないと思います……思いたいですけど。マスターは案外、それを期待してるんじゃないかと」
「期待ぃ?」
「それも好奇心か?」
ライオットは素っ頓狂な声を上げ、アカシは呆れたように尋ねた。
「もし、ただ『アリスが壊れた』だったら、オセロ街の彼らからの依頼がない限り、マスターは腰を上げなかったと思います。『ニューエイジロイド殺人を思わせる、バラバラ事件』。それがマスターの琴線に触れたんじゃないかと」
「いつもながら」
「変な人だ」
「でも」
ぱしん、とライオットは手を叩いた。
「それを理解できちゃうトールも大概、変だよね」
「ぼ、僕もですか?」
「だよなあ。マスターと話してる時間はトールがいちばん多いとは言え、『期待してる』なんて思わないぞ、普通は」
「そうそう。『心配してる』じゃないかな?」
「僕は心配してますよ」
変じゃありません、と彼は主張した。
「考えたんです。手首なんて、けっこう目立つパーツじゃありませんか。それが残っていたなんて……まるで意図的で」
「意図的? 犯人が、わざと残してったっての? 何で?」
「『これはアリスです』って知らせたかったんじゃないのか」
「何でよ」
「俺が知るか」
「推測も立てられないのに、無責任な発言、しないでよね」
「単なる雑談に責任を追及するなよな」
アカシは顔をしかめた。
「ま、無責任ついでに、いくつか気にかかったことを言うが」
指を二、三本、折ったり立てたりしながら、アカシ。
「ひとつ。『アリスが殺された』と騒いだことで、スタイコフの耳に入った。ふたつ。スタイコフの耳に入ったことで、マスターが巻き込まれた。いや、記者がうちにこなくても、いずれ話は〈クレイフィザ〉まで届いたろうな」
「……それが?」
「ジャンク仕事も請け負うクリエイター募集中、ってのはどうだ」
三者の間に、少し沈黙が降りた。
「ええ? マスターみたいな変なクリエイターを目当てに、アリスちゃんが殺されたっての? 酷くない、それ」
ライオットは顔をしかめた。
「アカシはそんなふうに考えたんですか」
「考えたと言うより、推測だよ。想像って程度かな」
彼は肩をすくめた。
「トールこそ何かあったのか?『想像』することが」
「ええ、少し。確かに僕のそれも、推測とも言えない、想像の域ですけれど」
トールは息を吐いた。
「もし……もし、ですよ。ジョバンニ氏が、〈ヴァネッサ〉の再生を知ったら?」
「えー、知りようがないでしょ。誰が言うの」
あっけらかんとライオットは否定した。
「アジアート氏は、いまでもマリオット邸にメンテナンスに行きます」
「まさか。あの御仁が言うはずないだろう」
アカシも同様だった。
「もちろん、はっきりと告げるはずはないでしょうけれど。何か……うっかり、匂わせるようなことを洩らしてしまったとしたら」
「もしジョバンニが知ったとしたら、か」
ふむ、とアカシは「想像」を進めた。
「腹ぁ立てるだろうな。だがその怒りはチェスに向くんじゃないか。マスターは関係ないだろ」
「マスターはジョバンニ氏に興味を持った」
トールは呟くように言った。
「もし――向こうも同じだったら?」
「……ちょっと。トール」
「怖いこと、言うなよな」
「もし、もしもです。彼がマスターに興味を持ったら、どうやってマスターを探しますか? オセロ街。ロイド。バラバラのパーツ。これは彼がマスター宛に用意した符号なんじゃないかと」
「やめてよ、何だか、ホラーっぽくなってきた」
顔をしかめてライオットは手を振った。
「ホラーじゃないだろ。それを言うなら……サスペンスか?」
あごに手を当てて、アカシが言う。
「結局、恐怖系じゃんっ」
ライオットは抗議の悲鳴を上げた。
「いえ、正直、考えすぎだと思ってます。〈ヴァネッサ〉やG氏の事件からは時間も経っていますし」
長兄は弟たちの騒ぎを制した。ふたりはほっとしたような顔をした。
「それで、こっちに指示はないのか? 何か調べものでもあるなら、手伝うぞ」
「あ、俺も俺も」
「お前は駄目」
きっぱりとアカシは言った。
「何だよー」
「お前と端末の相性の悪さは信じられんほどだ。お前がいじるとその後、八割方、何かしらの異常が生じてる。お前、何か怪電波でも発してるんじゃなかろうな」
「可愛い弟を何だと思ってるのさ、おニイちゃん」
顔をしかめてライオットは返した。
「それは俺の個性ってやつだよ」
「よく言うもんだ」
アカシは呆れた。
「何にしてもさあ、気持ちのいい話じゃないよね、バラバラなんて。お仲間だからそう感じるのかもしれないけど」
「そうとも限らないと思いますよ。手首のパーツに対するスタイコフ氏の反応を見ていたところでは」
人間も不気味に思うようだ、とトール。
「所詮、ロイド。所詮、パーツ。そうは判っても不気味だ。そういうことだろう」
「平気なら平気、不気味なら不気味で、反応統一すればいいのに」
「何も優柔不断で態度を決めかねている訳じゃないんですから」
定義に基づいて統一などできないはずだとトールは言った。
「矛盾した台詞とか。空威張りや強がりとか。いまひとつピンとこない感性だよな、そういうのは」
「理屈では判るんだけどねー」
アカシとライオットが同意し合う、珍しいことが続いた。
「とにかく、僕としては正直、マスターにこれ以上首を突っ込んでほしくはありません。でもそんなこと言って聞いてくれる人じゃないし、むしろ言えばますます面白がる傾向があるので、下手なことが言えません」
助手は深々と息を吐く。
「アリスは気の毒だしミスタ・デューイには悪いですけど、僕は、科学捜査所が『ナンバーの再現は無理だった』と報告してくれるのを望むばかりです」
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