第13話 面白いんだがねえ
「仮に関係あったとしても、こんな一センチ四辺ではどうしようもないね。ただ、手首とは明らかに傾向が違うようだから、関係ないと思ってもよさそうだ」
「傾向だって?」
「あなたの言ったことですよ、ミスタ・スタイコフ」
「何だって? 俺が何を」
「眼球か」
記者を無視して店主は小さな球体を拾い上げた。
「インパクトはあるが、残念、はずれだ。ロイドの目はガラス玉じゃないよ」
「ここは『残念』じゃないです、マスター」
「そう?」
「結局、アリスのものと言えそうなのは手首だけか」
レオは両腕を組んだ。
「もう諦めろ、デューイ」
再三、デューイの友人は言った、
「オレンジのおっさんが言ってたことを思い出せよ。アリスは俺たちの天使だったが、もう天に帰ったんだって」
「ただ『いなくなった』ならそんなファンタジーもいいさ。だが、こんなふうにした奴がいるんだぞ。アリスを殺して、パーツを金に換えて、のうのうと」
「パーツ屋は当たったんだろうな」
スタイコフが尋ねる。
「状態のいいパーツをたくさん売りにきた奴なんかはいなかったのか」
「少なくとも店主たちは『ノー』と」
「オセロ街で売るほど馬鹿じゃなかったか、洩らすほど店主どもが馬鹿じゃないか、だな」
知ったような口調で、スタイコフはうなずいた。
それがアリスのなれの果てだと知っていたにせよあとで「もしや」と思ったにせよ、パーツはパーツ。金を出して買い上げたものを「アリスだからただで返せ」などと言われてはたまらないはずだ、と記者は語った。
「もっともだね」
店主も同意した。
「〈アリス〉はロイド。使役機械だ。あれが君の所有物であったと言うなら、壊した人物を探し、賠償を請求するのは当然の権利だが」
「金なんか」
ぼそりとデューイは呟いた。
「そんなものが欲しいんじゃない」
「賠償金をもらっても死者は戻らない。人間ならそんなふうに言うところだね」
「しかしこの場合、十万であんたが直すんだろ?」
スタイコフがにやりとして言う。
「それが目当て?」
「いい加減にしてください。彼らの前でまで」
店主がアリスを「殺した」などという有り得ない疑い。店主当人にとっては、それは憤慨するより苦笑いしてしまうような的外れの話なのだが、復讐に燃えるデューイがおかしなことを考えてはいけない。そんなふうに考えてトールはスタイコフをとめた。
「俺は材料を提供してるだけだ。売れるほどきれいに分解できるのは、知識のある奴だろ?」
男は片目をつむった。
「たとえば、そう、クリエイター」
「え……」
「ミスタ・スタイコフの出鱈目ですよ。おふたりは、信じないと思いますけど」
慌ててトールはフォローした。
「先生……?」
デューイはわずかに口を開けて店主を見た。
「疑うのかい? 困ったね。記者氏が妄想するのは自由だけれど、伝染されてはねえ」
「まさか。疑いやしませんよ。そんな、馬鹿らしい」
一方でレオは鼻を鳴らす。
「そんな顔はよせよ、デューイ。先生がアリスを殺すなんて有り得ないだろ」
「有り得ないことが面白いのさ」
記者は無責任に言い放った。
「俺は先生説を捨てないぜ。いまんとこ、いちばん面白いからな」
「やれやれ。言ったようにあなたの自由ですが、ご自分のなかで思うだけにしてもらえませんか」
「言論の自由って知ってるかい、せんせ」
「知っていますよ。ところかまわず威力を発揮する、記者諸氏のジョーカーですね」
「言ってくれる。まあ、その通りだがな」
悪びれずにスタイコフは口の端を上げた。
「先生がやったとは、言わないが」
デューイは呟いたが、目つきにはいささか疑わしいものが混じっていた。
「それじゃクリエイターとして、どうだ。やっぱり、素人にできることじゃ、ないか」
「ううん、何をして素人と言うかだけれど」
技術士は両腕を組んだ。
「ロイドの知識がなくとも、何らかのマシン作製に携わっていれば、ある程度の類推は利くかもしれない。クリエイターでなくとも、ハードの知識があれば。データボックスがあることを期待したけれど、どうやらないようだね」
店主はもう一度ベッドの上を見た。
「データなら、この前コピーしたと言ってなかったか、先生。ありゃ嘘か」
「そんな嘘をつく必要はないでしょう。本当のことです。ただ私が言っているのは、最新にして最後のデータのこと」
「――『犯人』についての記録があるはずのデータ、ですね」
トールの言葉に店主はうなずいた。
「基本的にロイドは映像を記録しない。盗撮などにつながりかねないからだ。だが接触した人物に関しては、外見を独特の数値にして人物データベースに保存するオプションもある。忘れっぽい『マスター』は、パスワードを使ってその画像を再構成できる」
「アリスには……?」
「そのオプションがついていた」
「じゃあ、データがあって、パスワードが解析できれば」
「アリスが『犯人』を『見て』いれば、ということになるが」
「俺、探してく」
「まあ、待つんだ、デューイ」
踵を返そうとした彼を店主はとめた。
「どういうものかも判らないでどうやって探す?」
「外見を教えてくれ」
「焦らないで。気の毒だが、データはもうないだろう」
「どうしてだ」
「売られたならパーツ屋が初期化する。データそのものが売れると判っていれば話も違うだろうが、そうした『幸運』もまずない」
たいていのジャンク屋は、重要そうなデータを拾い出したり、売る相手を探したりする手間をかけるより、さっさと初期化してただのパーツとして売った方が早いと考える。店主はそう言った。
「或いは『犯人』が気づいて持っていったなら、やはり消すだろう」
「もっともだな」
今度はスタイコフが同意した。
「ついでに、埋もれてたなら、おしゃかだな」
「先生、犯人はどんな奴だと思う。技術者だってのは、ほぼ確実だ。オセロ街にはほとんどいない。そんな技能があれば、いつまでもここで腐ってる必要がないから」
「『ニューエイジロイド殺人』との絡みがあれば、面白いんだがねえ」
気楽に言うのはやはりスタイコフである。
「あれはジャンク街での事件じゃなかったでしょう」
トールが指摘した。
「そんなことは関係ない。犯人の行動範囲の問題だ」
記者はにやにやと店主を見る。
「たとえば、近頃、こっちに縁ができたとか」
そのほのめかしに、店主はただ肩をすくめた。
「デューイ。これを片方、借り受けてもいいかな?」
店主は手首のパーツを手にした。
「……先生、振るの、やめてくれ」
顔をしかめてスタイコフは言った。
「ただの部品だよ、ミスタ」
「判ってるが、不気味だ」
「それをどうするんだ」
「知人を頼って、ナンバーが再現できないか試してみようと思う。製造者から所有者をたどることができれば、何か判るかもしれない」
「マスター。それじゃ〈アリス〉が狙われたって言うんですか?」
たまたまそこにいたロイドではない、〈アリス〉が。トールはそう尋ねた。
「判らないよ」
「……先生、だから、その手を振らないでくれと」
「関係はあるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、デューイの言うようにここに技術者がいないのであれば、どうして『犯人』はアリスのことを知ったのか? たまたま訪れて、たまたま見かけて、たまたま殺した?」
「彼女の過去と、関係があるって?」
「まだ何とも言えないね」
「だから、手を」
「――判った」
デューイはうなずいた。
「持っていってくれ」
「うん、有難う」
「俺こそ」
彼は呟いた。
「アリスをあんな目に遭わせた奴を探す、手伝いをしてくれるんだろう」
有難うと彼も言った。店主は「手首」をポケットにしまい、トールは心配そうな顔をした。
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