第8話 今日なんです

「それ以来、デューイの奴、おかしくなって」


 レオはうつむいた。


「先生」


 青年は顔を上げた。すがるような表情だった。


「どうか、助けてくれ」


「――気の毒だけれど、ろくなパーツもなしに〈アリス〉を再生することはできないよ。殊、リンツェロイドに重要なのはデータだけではないからね。せめて製作者が判れば……」


「そうじゃないんだ」


 レオは首を振った。


「いくら先生でも、神様じゃないだろう。アリスを生き返らせてくれなんて、言うつもりはない」


「は、ロイドを、か」


 スタイコフが笑った。レオはじろりと彼を見たが、特に何も言わなかった。


「デューイの奴を助けてほしいんだ」


「彼が、どうしたんだい?」


「あいつ……アリスの仇を取る、なんて言って」


「誰の仕業か判ったのか!」


 勢い込んだのはスタイコフだ。だがレオは首を振った。


「いや、何も判らない」


「何だ」


 記者はがっくりした。


「判ったら判ったで騒ぎだろうけど、判らないんであいつは大騒ぎなんだ。しばらくは探偵まがいにあちこちで話を聞いて、うるさく思われて殴られたり、けっこう酷い目に遭ったんだけどさ、やめなくて」


 レオは息を吐いた。


「そりゃ俺たちみんな、アリスがいなくなってすごく残念に思ってるし、怒りもした。でも怒ってどうなる? 仇討ちって何だ? アリスは俺たちにとって女神だったけど……ロイドなんだぜ?」


「そうだね。ロイドだ」


 店主はうなずいた。


「しかし、レオ。アリスが人間だったら、復讐は正当だと思うかい?」


「え?」


「人間だから。ロイドだから。どちらにしたって、仇討ちをして『死者』が戻る訳じゃない」


「そりゃまあ、そうだけどさ」


 レオは困った顔をした。


「そんなことより、とにかくデューイなんだ」


 彼は言った。


「昨日なんか、この辺じゃ誰もが避ける乱暴者にまで突っかかって。このままじゃあいつ、殺される」


「――気の毒だが」


 店主はまたそう言うと、首を振った。


「私にできるのは、ロイドを直すことだけだ。人間の方は、いささか」


「マスター。冷たくないですか」


 トールは咎めるような声を出した。


「仕方ないだろう。カウンセリングなんかできないよ」


「ロイドの仇討ちなんてやめろって、そう言ってくれるだけでもいい。先生の言葉だったら、聞くかも」


「聞かないだろう」


 あっさりと店主は否定した。


「ミスタ・デューイはきっと、よく判っている。自分のやっていることが馬鹿げているとね。それでも彼はアリスの仇討ちを選んだ。私みたいな、数回ばかり会っただけのクリエイターが何を言ったって」


「駄目、か」


 レオは息を吐いた。ジャンク街の住民は、諦めることに慣れている。


「ふむ。しかし、誰も彼も揃ってそれはアリスのパーツだと言うようだね。彼女がいないのであればもっともな推測、それも信憑性の高いものということになるかな」


「俺は最初からそう言ってるじゃねえか」


 ふん、とスタイコフは鼻を鳴らした。


「あなた、マスターがあなたの話をみんな信じたと思ったんですか?」


 呆れたように、トールは言う。


「そうは言ってないだろ。『そら見たことか。俺の話の通りだろう。ざまあ見ろ』と言ったんだ」


「……そうですか」


 助手と記者のやり取りに店主は少し笑いを洩らし、相応しくなかったと言うように軽く咳払いをした。


「レオ。私はミスタ・デューイを助けられない。だが彼と会いたい」


「ええ?」


「話を聞きたいんだ。どこにいる?」


 その台詞にレオはかすかに期待を浮かべた。


「くず鉄場かも」


「……圧縮日は?」


「今日なんです」


「成程ね」


「おい、どういうことだ? まさかそいつ」


「どうやらお判りのようじゃありませんか、ミスタ。彼は〈アリス〉のパーツが残っていないか、懸命に探している。そういうことですね」


「阿呆か。そんなことして、何に」


「先ほど申し上げました。何かになるかならないか、そうした計算を時に全く行わないのが人間です」


 店主は言った。


「ロイドとは違う」


 つけ加えられた――言わずもがなの――台詞に、トールは黙っていた。


「そりゃまあ、俺だってロイドじゃないがな」


 無論、何も知らぬスタイコフは気軽に笑う。


「計算と常識は違う」


 記者は言った。


「たとえば、腹が痛くなったら便所に行くのは、得だからじゃなくて常識だ」


「それは、そういう社会が整えられて久しいからですよ。損得の問題ではない」


「じゃあそうした社会じゃなければ、その辺にクソするようになってたってことかい」


「たとえに品がない上、いささか的からずれているようですよ、ミスタ」


 にっこりと店主は応じた。


「排泄は感情や計算ではなく本能ですし、生理的な問題です。もう少し異なる……そうですね、シンプルに。友人に金を貸すという行為。見返りを求める場合もありますが、いっさい、ないことも」


「金なんて貸すもんじゃない。俺は親兄弟にも貸さん」


「無用なトラブルを避けるにはよい選択だと思いますよ。友人は限られそうですけれど」


「そういうあんたはどうなんだい、先生。無条件で金を貸してくれたり、貸したくなるような友人がいるのか?」


「どうかな。とっさに思いつきませんね」


「何だ、孤独を愛するお仲間じゃねえか」


 スタイコフは口の端を上げ、トールは渋面を作った。


「あんたもクリエイターじゃなけりゃ、ロイドのパーツに興味なんか持たないんだろ」


「そうかもしれません」


 店主は認めた。


「あなたが記者でなければ、センセーショナルな事件を求めないのと同じでしょう」


「そうでもない」


 記者は否定した。


「そういうのが好きだから、この道に進んだんだ」


「成程」


 店主は少し笑った。


「理由は何であれ」


 レオが言った。


「とにかく、デューイと話してくれるんなら有難い。くず鉄場まで案内しますよ、ドクター」

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