第5話 お引き取り願えますか
「さてミスタ・リンツ。もうひとつ、確認だ」
彼は指を一本、立てた。
「半月ほど前にも、あんたはオセロ街に行ってるな? アリスのメンテを頼まれた訳でもないのに」
「……え」
トールは目をしばたたいた。
「何を言って」
「それくらいになるかな。確かに、行ったね」
「ほう、助手君を伴わなかった。それだけじゃない。彼は知らなかった。つまり、秘密で、行った訳だ」
「彼は私の助手だが、秘書ではないからね。私の行動をみんな把握している訳ではないよ」
「そ、そうですよ。僕が知らなかったらどうだって言うんですか」
いささか気まずそうにトールは言った。
「何のために?」
助手を無視して、スタイコフは問うた。
「先日のメンテナンスの際、アリスのデータが一部、保存しきれませんでしたのでね。動かなくなるような事態になっては大ごとだと、バックアップの必要性を感じていたんですよ。移転だ何だで遅くなりましたが、先日、ようやく」
「そこまでするのか? いつものクリエイターに補完するよう言っておけばいいだけだろうに」
「彼はまだ、旅行中なんですよ」
「……三ヶ月前から?」
「ええ」
「くそ。クリエイターってのは儲かるんだな」
スタイコフは毒づいた。
「一部ですよ、そうした成功者は。うちは、前の店舗の賃貸料が重荷になって、こっちに越したくらいですし」
「まじか」
「ええ。各種端末の維持費だけでもけっこうなものですのでね。羽振りのいいクリエイターなんて、本当にごくわずかです」
「さっき言ってた、ランクか?」
「そういうことです」
店主は肩をすくめた。
「高額を取るから潤っていると思われがちですが、リンツェロイドは素材からして高価なのだから仕方ない。実際は個人工房なんて、どこもかしこもぎりぎりですよ。好きでなければやっていられません」
「それがまじなら、少しシナリオを直さなきゃならんなあ」
スタイコフは呟いた。
「シナリオ、ですって?」
刺のある声でトールは聞き返した。
「どういう意味です」
「バックアップを取りに行った、つまりアリスに会ったんだろ?」
またしてもスタイコフはトールを無視した。
「もちろん、そうなりますね」
「日にちをごまかそうとしても無駄だぞ。あんたを見た人間がいるからな」
「ミスタ・デューイかな。彼とは、話しましたね」
「事件直前の、データコピー。あんたはまるで、アリスが『死ぬ』ことを知っていたみたいだ」
「成程」
店主は肩をすくめた。
「偶然、とはお思いにならない」
「ならないね」
「ですが、あなたの仰る通りなら、コピーは分解する前に取ればいいのでは? 別の日に分ける理由は何でしょう。だいたい、コピーを取る意味は?」
「知るか。お前が話せよ」
あくまでも店主を犯人と思うかのように、スタイコフは鼻を鳴らした。
「だいたい、それは本当に〈アリス〉なのですかと。顔の部分がそのまま残っていたと言うのであれば別ですが、私に確認したいと仰るからには違うのでしょうし」
「アリスじゃない、って方向に持って行く気か?」
「方向も何もない。事実を知りたく思うだけです」
「奇遇だな。俺もだよ」
スタイコフはにやりとした。
「『ロイドバラバラ殺人、再び。犯人はクリエイター? 二年前との関与も』」
「ちょっと!」
黙っていられなくて、トールは叫んだ。
「出鱈目を増やさないでください。何が二年前ですか」
「『関与も』のあとで行を変えて『想像される』とでもつけとくのさ」
今度はスタイコフもトールを無視しなかった。
「センセーショナルにできればそれでいいんですかっ」
「当然だろ。俺たちは人目を引き、記事を読みたいと思わせてなんぼだ。読んだ人間が『騙された』と怒ろうと『どうせそんなことだろうと思った』と斜に構えようと、あとのことは知らんよ」
「書き投げですか、文責についてはどう考えているんですっ」
「はあ? ああ、文責か。古臭い言葉、知ってんな。ガキのくせに」
スタイコフは、感心したような呆れたような、どちらともつかない様子で言った。
「この時代、そんなもんはないんだよ、おニイちゃん。書いたもん勝ちさ。ま、完全な出鱈目は、いくらうちの会社でも通らない。記事の六割が捏造なんてのはさすがにネタだ」
〈ミスティック・パラドクス〉記者は指を立てて左右に振った。
「ニュースソースは必ずある。それがどんなに怪しくてもな」
「やっぱり怪しいんじゃないですか……」
こちらは間違いなく呆れて、トールは呟いた。
「ミスタ・スタイコフ。今日はお引き取り願えますか」
不意に店主は言った。スタイコフは片眉を上げ、トールはほっとした顔をする。
「ああん? 話はまだ」
「はい、話は終わりです。帰ってくださ」
「トール。支度を」
店主はぱちんと手を叩いた。
「オセロ街に行ってこよう」
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