第4話 認めるのか
「証拠を隠滅? もしやミスタは、私がアリスを『殺した』とでも仰るので?」
「俺はそんなこと言っちゃいないぜ、マスター。気をつけな、『語るに落ちる』って意味が判るなら」
「ちょっと」
助手はそこで口を挟んだ。
「何ですか、あなたは。黙って聞いていれば、うちのマスターを犯人扱いですか。ふざけるなら帰ってください。その出来事のロイドが本当にアリスなら、言ったようにマスターは哀しみを覚えてます。意味の判らない、かつ根拠のない糾弾なんかされては困ります」
「いいよ、トール」
店主はそれを制した。
「ミスタ・スタイコフの話をもう少し聞こう」
「寛大だね」
記者は笑った。
「ではお言葉に甘えて。まずは、前回の話だ」
スタイコフは煙草のカートリッジを取り出した。
「三ヶ月前の『遺体』はどこへ行ったのか。いや、どこからきたのか? あの界隈じゃロイドなんて見ない。例外がアリス」
はみ出し者の吹き溜まり、ゴミ溜め、敗北者が逃げ込んでは悪党に食い物にされる町、或いは二度と辛酸をなめまいと決意した新たな悪党が育つ町、それがオセロ街。
高級品たるリンツェロイドはもとより、ニューエイジロイドさえ滅多に見られなかった。
〈アリス〉はどういう事情でか、ゴミの山のなかに埋もれていたロイドだ。彼女を見つけた男は、彼女を売り飛ばすことを考えるより早く、彼女の虜になった。
「彼女」の声と歌は一部の負け犬たちの心を痛いほどに打ち、見る間に彼女は、オセロ街のプリンセスとなった。
たまたまジャンク街を訪れた技術士が驚いて彼女を見れば、記憶装置に異常が生じていることが判った。基本機能を働かせる大元のプログラムは無事だが、販売時以降に生じる基礎データ――つまり、彼女の「名前」や「マスター」のこと、「仕事」の記録が完全に消えていたのだ。
個体識別番号は削られたように薄れており、IDプレートも失われていて、製造者や所有者の特定は困難と思われた。
だが誰もかまわなかった。
不思議な世界に迷い込んだ少女の古典になぞらえて、彼女を「アリス」と名付けたのは誰だったか。
〈アリス〉は、どこにも行かない。彼女を捨てた「マスター」のところに帰ることのないまま、みんなのアリスになったのだ。
そのときの技術士が彼女の「主治医」となり、男たちは自分たちのぎりぎりの生活費を削って、〈アリス〉のメンテナンス費用を貯めた。
人を人とも思わないような冷たさと厳しさに満ちた、やさぐれたオセロ街。しかし、〈アリス〉の周囲だけは、光があった。
「だからあの場所の連中は、ロイドに対してお優しいんだ。何しろ〈アリス〉は女神みたいなもんだからな。三ヶ月前」
ひとりの若者が、その周辺を縄張りとするマリオット・ファミリーに追われていた。彼は動かないリンツェロイドを連れていた。いくつかのそうした証言があったと、スタイコフは話した。
「それを診て、直したクリエイターがいたんだと。……あんただな、リンツ」
「そうですね」
店主は簡単に認めた。
「そのようなこともありました」
「認めるのか」
「嘘をついても仕方ありませんからね」
一部で大嘘をついている――真実を黙っていることを平然と隠して、店主はうなずいた。
「さっきの記事……高所から落ちて『死んだ』のは、そのロイドだと言ったら?」
「驚きますね」
淡々と店主は答えた。スタイコフは顔をしかめた。
「それならもう少し、驚いたような顔をしろよ。演技でも」
「あなたの仰ることには根拠がない、ミスタ」
困ったように店主は首を振った。
「『オセロ街付近では〈アリス〉以外のロイドを見かけない。だから、三ヶ月前にばらばらになって落ちていたロイドは、たまたま私がその頃にオセロ街で見たリンツェロイドだ』。少し、断定的すぎませんか」
「確かに証拠はない。だが、そう考えるのが自然だ」
「仮にそうだとしたら、とても残念なことです。やはり、哀しいですね」
「両方に関わってるクリエイターはあんただけだよ、マスター・リンツ」
繰り返される黙祷を遮って、スタイコフは言った。
「それだと、私が犯人なんですか?」
判らないと彼は首を振った。
「高所から落とすのはともかく、リンツェロイドをパーツに分解、それも売れるほどきれいにやるなんて、素人じゃできんだろ。クリエイターの仕業さ」
「どうして私が、直したロイドを高所から投げ落としますか? わざわざオセロ街に出向いて、アリスをばらばらにする理由は何です?」
「それを訊きにきた」
「成程」
店主は息を吐いた。
「断定的でいらっしゃる」
「『こうと決めたら、いっさい迷うな、疑うな』。〈ミスティック・パラドクス〉の社訓でね」
ゴシップ記者は笑った。
「何て人なんだ」
助手はしかめ面をして、店主を向いた。
「マスター、すみません。取り次いだ僕が間違ってました。もう、お引き取り願いましょう」
「おおっと。あることないこと、書いちゃうよ?」
おどけて、スタイコフは両手を上げた。
「脅迫ですかっ」
「なあに、掲載許可を取ってるだけさ」
「許可なんかしません、絶対っ」
「まあまあ、落ち着いて、トール」
「落ち着けますかっ」
トールは店主にまで険しい顔をした。
「マスターを疑うなんて酷い。大間違いもいいところです。マスターだって怒っていいのに、何で笑ってるんですかっ」
「それは、君が代わりに怒ってくれているからだよ」
やはり笑って、店主は返した。
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