第11話 俺を餌で釣っても飛びつくことはたまにある

「いかにもだな」


 古びた石扉に、魔法陣が刻まれている。

 この先にボスがいるのは間違いない。

 そう思わせる、大きな扉を前にしている。


『どうぞ、お入りください』


 距離が近くなったことにより、今はハッキリと聞き取れる。


「だが断る!」


 謎の声に興味があってここまで来たが、ボス部屋の中なら話は変わる。


 ボス部屋に入れと言われて「はい、入ります」なんてほいほい入るヤツがいるか?


 そもそもここまで呼んでおいて、入れとはどういう要件だ。

 お前が迎えに来いという話だろう。


 可愛い声に釣られて入ったら、実は醜い化け物で、そのままお陀仏なんて可能性もある。


「俺はそう簡単に信用しないんだよ」


 前世でも散々いいように顎で使われたからな。

 

《マスター、近くに来て判明しましたが、魔物特有の醜悪な魔力は感じません。入ってもよろしいかと》

「プラン、漫画では魔力を隠して後から化けるヤツもいる。そう簡単に信用するな」

《そうなのですね、さすがはマスター》


「あの、まだでしょうか!? 私は悪い者ではありませんから!」


 女の人の声が、扉越しに聞こえた。


「そんなに来てほしければ、お前がこっちに来い! 第一にだ。自分から悪いヤツじゃないなんて言うヤツは大体悪人だ」

「あの、私は扉の外に出ることができませんので、こちらに来ていただくことはできますか……?」

「なら俺がそっちに行く前にまずは答えてくれ。お前は何者だ? なぜ俺を呼んだ?」

「わ、分かりました。私はこのダンジョンのダンジョンマスター、名をスフィア。スフィア・エス・ドーラと申します」


 ダンジョンマスターか。

 ダンジョンがあるなら、もしやと思っていたが、まさか声の主がダンジョンマスターだとは思わなかったな。


「私のダンジョンは見ていただいた通り、魔物もわずかで罠も宝箱もありません。DPが足りないのです」

「DPってダンジョンポイントのことか?」

「はい、その通りです。DPをご存知なのですね」


 DP=ダンジョンポイント。

 このような話をネット小説で見てきたが、本当にそんなものあったんだな。


 ま、俺も同じKPものがあるから、不思議ではないか。


「かつての英雄戦争で大地の魔力が枯渇してしまい、DPの源となる人々が離れてしまったため、深刻なDP不足に陥りました」

「そのDPが足りないから、俺に念話で話しかけてきた、というわけか?」

「いえ、DPだけであれば、わずかながらも帰らずの森から魔物が侵入することもあります。ただ問題は……」

「問題は?」

「こ、これ以上の話はどうぞ中で、立ち話もなんですし、お茶もお入れします」


 そういえば食料を一切持ってきていない。

 料理ガチャは拠点外では使えないから、結果として、初めてのダンジョンアタックが、聖剣とオーパーツ傘とスーツとかバカだな俺は。

 

「お茶だと……ゴクリッ」


《マスター、やはり善人だと推測されます》

(だからプラン、お前は分かってないんだ。こうやって餌で誘って飛びついたところを狙うヤツもいるんだぞ)

《さすがはマスター。浅はかな考えでした》


「はい! 冷たいお茶とお茶菓子も…」「入らせてもらおう!」

「え? ど、どうぞ」

《…………マスター》


 ◇


「改めまして。スフィア・エス・ドーラと申します。どうぞ、スフィアとお呼びください」


 肩まで伸びた銀髪。

 ゴシック調の黒いドレスを着た、見た目は十代後半の美少女。


 はっきりいって、クラスで一番モテるだろうという子だ。

 ただ頭に二本の小さな角と、細長い尻尾が生えている。


「お茶をくれ、それと食い物も頼む」

「は、はい。では早速、DPを使用っと……」


 スフィアが、両手をモゾモゾと動かし始めた。

 俺はソファに座って、一息つく。


 コアルームは、どこぞのお穣様の広い部屋だ。

 クマのぬいぐるみやゴシック調のベット、カーテンやソファなど、かなり生活感がある。


 ただし部屋の中央には、異様な紋様が刻まれた大きな赤い魔石が、ふわふわと浮いている。


「何か禍々しい魔石だな」

《マスター、あの森でわたしが魔力を感じた源は、あの魔石から地上に漏れ出た魔力だと推定されます》


 なるほど。

 ということは俺の拠点を作れたのは、あの魔石のおかげってことか。


「あちらはダンジョンコアになります。もしも破壊されるようなことがあれば、ここは崩壊してしまいますね……あ、お先にお手ふきをどうぞ」


 その後も悩んでいる表情を浮かべながら、「DPでコレも」と独り言を口にしている。


 俺はお茶が出てくるまでの間、ここまで歩きながら聞いた話を振り返ることにした。


 ◇


 扉を開けた先には、ボスがいないボス部屋があり、その奥にこの部屋がある。

 ボス部屋の土壁と扉の見分けがつかず、見ただけでは全く分からなかった。


 光を打ち消す闇属性の同化魔法を使用したらしい。


 本来はラスボスが待機しているが、DPが足りないためボスを召喚することができないそうだ。


 ボスを倒すと報酬となる宝箱と、入口まで自動転送される魔法陣が現れる。


 今までの冒険者達は、コアルームやダンジョンマスターという存在に気付かず、宝箱だけ取って帰っていく。


 冒険者の目当てが、宝箱やボスの討伐経験値だけであれば、ここが今まで発見されなかったのは、扉の同化魔法だけでなく、ダンジョンマスターという存在そのものが知られていない、ということだと思う。


「お待たせしました。粗茶ですがどうぞ」

「アイスレモンティーとクッキーか」 

 

(……う、ううううううめええええええええぇッッ!)

 

 めっちゃ美味いんだが。

 俺の料理ガチャと大差ないほどのクオリティだな。


「ふふっ、おかわりもありますから、さあどうぞ」

「それで、さっきの続きだが何が問題なんだ?」

「じ、実は……私はをかけられてダンジョンマスターにさせられました」

 

 呪い? 

 不気味なワードだな。

 それにダンジョンマスターって、させられるものなのか? 


 俺が読んだ話では、自らダンジョンマスターになります、って感じじゃないのか?


「その呪いというのはどういうものなんだ?」

「ダンジョンマスターとしての決め事が、強制的に定められます。私の呪いは300年以内に100万DPを貯めること、です……」


 300年以内に100万DP?

 ノルマみたいなものか。


「ノルマを達成しない場合はどうなるんだ?」

「ダンジョンコアが、壊れます……」


 壊れるってことは、死ぬってことか……。

 ノルマが達成できなかった場合は死ぬとか、俺がいた会社よりブラック、いや、もはやドブラックだ。


「ダンジョンマスターになってどのぐらい経つんだ?」

「今日で299年と364日になります」

「あと一日じゃねえか!? DPはいくら持ってる?」

「正確にはあと二時間ほどで時間切れになります。DPは今のお茶菓子で使用したので、残り140DPですね」


 残り2時間で140……。

 詰んでるな。

 うん、これ完全に詰んでる。


「最初は上手くいってたんです。期日までに達成できれば呪いから解放されるだけでなく、ダンジョンマスターも辞めることができる。そう思って、必死に頑張りました。ですが、さまざまな妨害を受けて…………」


「色々と裏がありそうだが、ダンジョンマスターにと言ったな? そいつは一体誰だ?」


「魔族です。といっても、私も魔族ですが…………」

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