第12話 大学4年

 週に数回、健ちゃんが仕事帰りにうちに突撃してくるようになり、私はママと相談して昴大君のアパートの隣の部屋で一人暮らしをすることになった。

 ちょうど昴大君のアパートのお隣さんが引っ越しをする時期と、健ちゃんがうちにしょっちゅう顔を出すようになった時期が重なり、私の身の危険を感じるようになったママが、パパを説得してくれたのだ。健ちゃんのママと仲良しのママは、健ちゃんの奇行を伝えることもできないし、ストーカーとして訴えることはもっとできないしで、健ちゃんが私に会えない状況を作ったのだ。

 もちろん、誰にも内緒だし大学にも住所の変更はしていない。


 行きも帰りも昴大君と一緒、サークルは4年夏までだったから、今はほとんど出てないし、バイトは続けているけれど、また同じ居酒屋だからシフトもできる限り同じにしてある。

 それと……、寝る時もどっちかの部屋で一緒だったりする。もうこれ、同棲だよね。


 一日中一緒にいるのが普通になり過ぎて、大学を卒業した後が不安になるくらい。仕事をするようになれば、こんなに一緒にいられなくなるだろうから。

 ちなみに、昴大君は健ちゃんが行けなかったK商事の第一営業課に就職内定を貰い、そして私は日本語学校の事務に内定を貰った。

 企業に就職も考えたけれど、留学中に友達になったイギリスの子が、日本に交換留学でくることになって、彼女に留学するまでに良い日本語学校を調べて欲しいと言われたのがきっかけで、日本語学校の存在を知った。それに、内定を貰えた日本語学校は、日本全国に学校を持っており、希望の地域に転勤可能というのも魅力的だった。万が一昴大君が転勤になったとしても、近くの支部に転勤できそうだ。


「彩友ちゃん」


 今日は、久し振りに美香ちゃんと夕飯を食べる約束をしていた。単位はほとんどとってしまっていたから、大学で顔を合わせるのも週に1回あるかないかだった。


「美香ちゃん、久し振り」

「久し振りだねぇ。今日は旦那は?」


 アパートに住むようになってから、美香ちゃんは昴大君のことを私の旦那って呼ぶ。それは少し擽ったくて、なんだか嬉しい。


「急遽、バイト先に病欠が出たからヘルプで出てる。柏先輩は?」

「後で合流するって」


 美香ちゃんは、大学卒業したら永久就職が決定している。なるべく早くに赤ちゃんが欲しいから、すぐに辞められるパートで働くそうだ。柏先輩とは3歳上なだけだから、まだそんなに急がなくてもいいとは思うんだけれど、2人共子供が大好きらしい。ついでに、子沢山に憧れがあるとかで、何人産めるかチャレンジするらしい。知り合いで大家族スペシャルが見れるかもしれない。


「実はさ、ちょっとびっくりな噂を仕入れちゃって」


 注文もそこそこ、美香ちゃんは顔を乗り出して声を潜めた。


「なに?どんな噂?」

「美紗先輩なんだけど……仕事辞めたらしいよ。しかも妊娠が原因で」


 妊娠……。健ちゃんとのあの女の子。時期的にはあの子を身籠ったんだろう。


「しかも、未婚で出産するらしい」

「え?」


 前の時は、私と健ちゃんは今の時期は結婚話が決定していて、すでに結婚準備に入っていた。確か……招待状を送ったくらいだったかな。


 でも、今の健ちゃんはフリーなんだから、美紗先輩が未婚で出産する理由はない筈だ。あの時だって、今ならまだ結婚前だったんだから、いつだって破談にできた。

 傷付くだろうけれど、まだ傷は浅かっただろう。


「相手は……健ちゃんだよね」

「多分。健一先輩にはそうだって言ってるみたいだけど、実際は微妙みたいよ。美紗先輩も色々摘まみ食いしてたみたいだし」


 私は、健ちゃんが肩車して笑顔だった女の子の顔を思い出していた。

 健ちゃんにそっくりな目元をした女の子で、小さい時の健ちゃんにも似ていた。


「健ちゃんの子供だよ。きっと」

「かもね。シングルマザーだと、いろんな手当てがついたり、何かと優遇されるんだって。だから、健一先輩とはまだ結婚しないんだって話だよ。でも本当は健一先輩が本当に自分の子供か疑ってるから、結婚してもらえないんじゃないかって、友達のお姉ちゃんは言ってたよ」


 もしそうならば、自分にも少なくとも覚えがあるだろうに、責任を取らない健ちゃんは最低だ。

 しかも、そんな状態の美紗先輩がいるのに、うちにいまだに顔を出しているとか、意味がわからない。最近では、普通に結婚式の話をされて困るとママが言っていた。

 その度に、「彩友に他に好きな人がいるから」とか、「彩友にも別に結婚話が上がってて」……とか言うらしいんだけど、健ちゃんは「大学卒業と同時に自分と結婚するのは決まっているから」と、頑として聞かないらしい。

 最近、やっと和恵さんに健ちゃんの実情を話せたらしく、和恵さんは私と健ちゃんが来春結婚するんだとばかり思っていたらしい。一度別れたことは知っていたが、私との結婚話を健ちゃんがするようになったから、ちゃんと付き合い直せたんだなとホッとしていたとか。


 健ちゃんのストーカー状態……私は家にはいないけど……を知り、和恵さんは蒼白になったらしい。


「それでね、実は友達のお姉ちゃん経由で言われたんだけど、美紗先輩が彩友ちゃんと話がしたいらしいんだ」

「私?なんで?」


 はっきり言って、関わり合いになりたくない人だ。前の時、いつから私の存在を知っていたのかはわからないけれど、2人目を妊娠した時は私の存在は絶対に知っていたと思う。それなのに、2人目を妊娠した人だ。あまりに私を馬鹿にし過ぎじゃないか。


「健一先輩が、いまだに彩友ちゃんに執着してるからじゃない?」


 美香ちゃんは、注文した焼鳥に齧り付きながら言う。


「それは私には無関係だよ。あっちが勝手にしてることだもん。私に言われても困る」

「そうだよね。私もお姉ちゃんにはそう言ったんだけどさ。もしかしたら、大学とかに直撃とかしそうだから、とりあえず注意した方がいいかもと思って」

「ありがと。昴大君にも話しとく」

「その方がいいよ」


 それから柏先輩が合流し、2人の結婚式の話や新居の話などで盛り上がった。話に共感できちゃうのは、前に一度経験していたからなんだけど、2人はもしかして昴大君と結婚の話が出ているんじゃないかって疑っていた。出ていなくもないけれど、まだ先の未来の話としてだ。


 ★★★


「本当に送らなくていいのか?」

「大丈夫です。わざわざうちの最寄り駅まで来てもらったんですもん。ここから歩いて10分くらいですから」


 家まで送るという柏先輩と美香ちゃんを断って、私は2人と駅で別れた。今日は12月にしたら暖かい方だったけれど、やはり夜になると風が冷たい。

 マフラーで顔まで隠して、私はアパートまでの道を急いだ。


 少し古めのアパートは、それでもオートロックがついている。すぐに侵入できそうなオートロックではあったけれど。


 角を曲がってアパートを見ると、入口近くに人が立っていて、思わずドキリとして足が止まった。まさか、健ちゃんにアパートの場所がバレた訳じゃないよね?


 アパートの前に立っていた人物が顔を上げ、私と目が合った。


 美紗先輩だった。


 お腹周りが大きく見えるのは、寒くて着込んだせいだけではないだろう。ほっそりとしていた頬がやや丸く見えるが、やはりそれでも美人だった。


「音羽さん」

「美紗……先輩、なんでここが」


 大学には知らせていないから、誰から聞いたのか?何よりも健ちゃんにバレた?!






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