第11話 大学3年 その2

 結局……健ちゃんに納得させることはできなかった。


 なんであんなに意固地なの?

 そこまで私にこだわるのに、浮気をした神経もわからないし、あっちもこっちもキープできると思っている神経はおかしすぎる。


 ★★★健一目線★★★


 俺に黙って彩友が姿を消した。彩花さんに聞いても教えてくれず、大学の後輩に聞いてもわからなかった。大学に問い合わせしたが、個人情報がどうたら……マジうぜェッ!

 俺と彩友に個人情報とか関係ないだろ。嫁だぞ!俺の嫁!


 いや、一旦クールダウンだ。


 あれは、美紗が臨月のある日。彩友には出張だって毎度の嘘をついて美紗と子供のところへ行った。

 美紗は昔から今まで変わらずセフレだ。

 子供ができたから生活費は渡していたけれど、彩友と別れろとか言わないし、彩友に俺達の関係を匂わせるような馬鹿なこともしない。金さえ渡しておけば、内縁の妻ってのに文句も言わない。逆に、浮気されるなら、浮気相手でいた方がいいとか言うアホな女だ。

 まぁ、娘は可愛いし、次は息子らしいから、万が一彩友に子供ができなかったら、適当なことを言って養子にしてもいいかなって思っている。まぁ、彩友もまだ若いし、結論は急がないが。


 娘の美瑠を肩車して歩いていた時、いきなり目眩がして倒れてしまった。


「美瑠!」


 娘が大怪我をしたかと思って、慌てて周りを見たが、美瑠はおらず……。


 気がついたら俺は実家の家にいた。しかも、大学生に戻ってるとか意味が分からなかった。


 受験生の彩友に、受験の為に別れたいと言われ、どうせ彩友と結婚する未来は変わらないだろうからとOKした。

 それから、俺の記憶にある人生と今の人生がすれ違うようなった。


 もしかして、パラレルワールドに来ちまったのか?


 俺は、人生の軌道修正をするのに躍起になった。


 彩友は俺と結婚するんだ。

 それと、美紗との間に生まれる子供達も諦める訳にはいかない。生まれる筈だった子供が生まれないとか、それは怖すぎるだろ。

 だから、美紗とも別れる訳にはいかなかった。


「健一、K商事の就職内定取り消されたってどういうこと?」


 美紗とは、大学内では別れた体で過ごしていたが、週に数回美紗のアパートで逢瀬を重ねる関係を続けていた。


 ベッドの中での事後の会話がこれかよ?


 同じ大学とはいえ美紗とは学部が違うから、共通の知り合いと言えばサークル仲間くらいだ。誰が美紗にチクッたのか?美紗は俺と別れたふりをしていたから、フリーのふりして摘まみ食いをしているのは知っていた。同じサークルにも、何人か美紗と関係した奴がいる筈で、そいつ等の誰が話したんだろう。


「いや、落ちたんじゃなくて、俺から辞退したんだよ」


 嘘だ。


 前の時は彩友に少し添削してもらった論文だが、今回は彩友が留学なんかしやがったから、知りセフレいの英文科の女子に頼んで添削してもらった。

 そうしたら、内定取り消し!その女とも大喧嘩して縁を切った。


「バッカじゃないの!K商事だよ?あんな大手、なかなか入れないのに」

「だからだよ。あそこは大手過ぎて、俺が頑張ってもさ、出世はできても、会社自体の評価は頭打ちだろ。その点M商事ならさ、俺がやればやる程、会社の価値が上がるんだから、やりがいがあるじゃん」


 これも嘘だ。

 拾って貰った会社がM商事だけだっただけだが、俺ならスキルアップしていつだって転職できる筈だ。なにせ、K商事で働いた5年間の記憶はあるからな。


「ふーん。でも、お給料とか段違いなんじゃないの?」

「いや、こっちのがいいくらいだぜ」

「そうなの?!」


 美紗が食いついてきた。こういう奴だ。


「ああ。まぁ、他の新入社員はどうかはわからないけどな。提示された金額はK商事より上だったぜ」

「凄い!さすが健一」


 本当は2/3だ。実家暮らしで、家には彩友との結婚資金を貯めたいからって、金は入れないことを告げているから、美紗にも前の時と同じだけ回せるだろう。

 来年には美瑠を妊娠する筈で、就職して1年目に退職することになるからな。


 さ来年、彩友が卒業と共に結婚、美紗は同時期に出産するのが正しい未来だから。

 それまでになんとか軌道修正しないと……。


 ★★★


 3年になって、私の就職活動も始まった。前は就職がうまくいかなくて塾講師になったんだけど、今回は教職も取ってないし……塾講師はね。


 前の時、健ちゃんが私に塾講師を勧めてきた。平日は夜が遅いのと土曜日は確実に朝から仕事になるけれど、その代わりに平日の午前中はフリーだから、家のこともできるよねと言われ、学校の内定が取れなかった私は塾講師になることにした。

 多分だけど、愛人に会う時間をキープする為だったんだって、今ならばわかる。


「昴大君、就職活動は始めてる?」

「ああ、ぼちぼちかな。インターンシップに行ったり、OBの話を聞いたりはしてるけど。彩友ちゃんは?」

「私はまだ考えてるだけ。英語関係の職につきたいかなって思うけど、翻訳とかじゃなくて喋る方がいいし」


 企業とかでも、英語を日常会話にしている会社もあるみたいだし、空港のグランドスタッフ、ホテル関係とかも考えた。

 塾講は……ちょっとパスしたい。

 ただ、キャリアウーマンになりたい訳じゃなくて、できれば健ちゃん以外と結婚もしたいし、結婚しても家族を持っても続けられる仕事がいいって思っている。


「長く続けられる仕事がいいんだよね。結婚しても、子供を産んでも続けられるような」

「うん、そういうのも重要だよね。OBが大学に来て、会社説明会とかもやってるよ。そういうのに参加してみて、どういう会社がいいか決めるのも手だね。実際の会社の話が聞けるからいいかもしれないよ。産休や育休ありの会社でも、実際に取りにくいとかもあるみたいだし」

「そうなの?」

「そうみたいだよ。まぁそういうマイナスなことは、サークルとかの親しい先輩しか教えてくれないけど」

「彩友、就活ならM商事の秘書課とかいいんじゃないか?英語も役に立つし、なんなら俺が口もきけるぜ」


 いきなり後ろから会話に入ってこられて、私はビックリして昴大君にしがみつく。

 振り返ると、スーツ姿の健ちゃんが立っていた。懐かしい健ちゃんのスーツ姿に、一瞬全てが遡ったような感覚がして、昴大君が健ちゃんとの間に立ってくれて我に返った。


「なんで……?」

「OBとして、会社説明の懇談会にきたんだよ」

「そう……なんだ。じゃ、昴大君行こう」


 昴大君の腕を引っ張って行こうとすると、後ろから健ちゃんに肩をつかまれた。


「彩友。俺、おまえとの約束忘れてないから」

「約束?」

「卒業したら……ってやつ」


 それは、結婚の約束だ。まだ健ちゃんのことを信じていた時にしたもの。


「健ちゃんが……ううん、健ちゃんがどうでも関係ないね。私は、昴大君が好きなの。健ちゃんとは4年?付き合ったかもしれないけれど、今の彼氏は昴大君で、えっと丸々2年くらいの付き合いになるよね。きっと、健ちゃんと過ごしたのよりもっとずっと長い時間、これから昴大君と過ごすことになると思う」


 なんか勢い余って、昴大君とずっと一緒にいるみたいなニュアンスになってしまったような……。

 あれ?プロポーズしちゃった?


「うん、俺も彩友ちゃんとは長い付き合いにしたいと思ってるよ。幼馴染の川崎先輩と過ごした時間よりずっと長く、一緒にいれればいいなって思うよ」


 ウオッ!プロポーズで返されたよ。

 偽彼氏歴1年、本物彼氏歴1年ちょい、実際に彼氏彼女としてこうやって手を繋いで歩くようになったのは2ヶ月くらい?

 まだ……キスもしていませんけど。


 2人して照れた雰囲気を醸し出す私達に、健ちゃんは聞こえるように舌打ちをする。


「まぁ、あと1年半。彩友は色んな人間と付き合って、見識を広めるのはいいと思うよ。俺も、まだ仕事始めたばかりで家庭をもつ状態じゃないし。でも、彩友は絶対に俺と結婚する。それは決定してる未来だから。坂本君、彩友に変な癖とかつけないでくれよ。何回Hしても慣れない初心な彩友が可愛いんだから」

「なっ?!」


 明らかにベッドでのことを言われて、私の全身から血の気がひいたように硬直してしまう。

 昴大君がギュッと私の手を握ってくれなかったら、きっとしばらく動けなくなっていたかもしれない。


「今日、俺の変な癖つけてもいい?」


 昴大君が体を屈めて私の耳元で囁いた。もちろん、健ちゃんに聞こえるようにだ。


「……いいよ」

「あ、川崎先輩への当て付けじゃないよ。マジな話なんだけど」

「何度も聞かないで」


 私が真っ赤になって俯くと、そんな私を隠すように昴大君は私のことを抱き込んだ。


「ヤバイ!その顔はこれからは俺だけのだから。そんじゃ、先輩お疲れした!」


 昴大君は私の顔が健ちゃんに見えないようにして、そのまま私の肩を抱いて大学を後にした。


 初めてサークルをさぼってしまった。そして、そんな私達が向かったのは昴大君のアパートで……。


 私達は全部が全部、ちゃんとした恋人同士になった。

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