第10話 大学3年

 1年ぶりの日本。昴大君には帰りの飛行機の時間は告げていたし、迎えに来てくれる筈なんだけど……。


 到着ロビーは人が沢山いて、私はキョロキョロと辺りを見回した。


 昴大君は身長が高いし、すぐに見つかると思っていたのだけれど、外国人の人とかも多く、大きい人がそれなりにいて、見晴らしも悪かった。


「彩友ちゃん」


 肩を叩かれて振り返るとと、まだ夏休み前だというのに、真っ黒に日焼けした昴大君が、白い歯を出して笑っていた。


「ただいま」

「お帰り」


 付き合って10ヶ月とはいえ、一緒にいたのは3日間だけ。毎日、無料通話アプリでビデオ通話をしていたけれど、やはりまだ照れてしまう。周りではハグして再会を喜ぶ人達もいるが、それはまだ私には無理っぽかった。

 それでも、恋人役をしてもらっている時から手だけは繋いでいるから、昴大君は私のスーツケースを持つと、自然な感じで手を繋いでくれた。その筋張った大きな手が温かくて、頬が緩んでしまう。


「今日はバイク?そうしたら、荷物宅配で送らなきゃ」

「いや、車」

「車?!」

「ああ。合宿行って最短で取った」


 ニッと笑う昴大君は、「どうだ、ビックリしただろ」と薮睨みの目を細めて笑う。


「時差ボケでバイクは危ないからな。車はレンタルだから冴えないけど、そのうち中古の車を買おうかと思ってる」

「凄い、凄い。ね、初助手席?」

「教習所の教官を除いたらな」

「ウフフ」


 昴大君は車よりもバイク派で、大型バイクの免許も持っていて、たまにバイク仲間とツーリングに行くのが、テニス以外の趣味だと聞いたことがあった。その昴大君がわざわざ車の免許を取ったのは、多分私の為だ。

 自分だけだったら、雨だろうが寒かろうがバイクを使うんだろうが、私を乗せる時はそういうのを凄く気にしていたから。私の為に完全防水雨合羽を用意してくれたり、貼るホッカイロを沢山常備していたり。


 あれ?昴大君の厳つい見た目からは想像できないけれど、付き合う前から凄く尽くす系男子じゃない?

 もしかして、無理させてたりしない?

 嫌そうな素振りなんか見たことないし、それどころか当たり前みたいに送り迎えしてくれていたから、普通に「ありがとう」くらいしかお礼言ってないよ。


「昴大君」

「うん?」


 レンタルの車のところまでつくと、自然な動作で助手席のドアを開けてくれる。


 ジェントルマンかな?


「ありがと」

「どういたしまして」


 私が助手席に乗ると、昴大君はドアを閉めてくれる。


「あのさ、昴大君って帰国子女?」

「日本から出たことないけど」


 若葉マークとは思えないくらいスムーズに車は発進し、安全運転で高速を走る。


 運転している横顔、真剣でかっこいいな。ハンドル握る腕もイイ!


「彼女……いたことないって言ってたよね」

「ああ」

「……女の子慣れしてる気がする」

「へ?いやいやいや、全く慣れないってか、最初を思い出して。手を繋ぐのにも汗だくだったろ」


 確かに、最初に手を繋いだら硬直してたし、動きがロボットみたいにぎこちなかった。


「でも、レディーファーストがしみついているような」

「レディーファーストかどうかはわからないけど、下僕根性は小さい時から姉達に培われたかも」

「姉……達?」


 昴大君は、しっかりと前を見据えたまま話す。


「言ってなかった?俺、姉が2人いる長男。しかも、上2人は双子でさ、女王様気質っつうの?俺は下僕扱いだよ。あいつら、荷物は持たない、買い物も俺に行かせる、夜中だろうが呼び出されて送り迎えは当たり前、挙げ句にドアを開けろ、椅子をひけ、あれ持ってこい、落としたから拾え。なんでも俺に命令すんだよ」


 凄いお姉さん達だな。お姉さんの世話に慣れているから、自然と身に付いたレディーファーストってことか。


「昴大君、面倒見いいからお兄ちゃんなのかと思ってた。お姉さん2人かぁ。会ってみたいなぁ」

「ちなみにシスコンじゃないからな。あと、あの2人に会いたいとか無謀だぞ。遊び倒されるだけだから」

「私がひとりっ子だから、兄弟に憧れるよ」


 お姉さん達がどれだけパワフルかを聞かされつつ、車は私の家の近くまでついた。


「あ、うちの駐車場が片付いてる」


 うちには車がなかったけれど、駐車場はあって、自転車や鉢植えが置いてあったのに、全部撤去されていた。


「本当だ。車レンタルして彩友ちゃんを迎えに行くって言ったから、片付けてくれたんだな」


 やはり、昴大君はママともラインのやり取りをしているようだ。


 スムーズに駐車場に車を入れると、昴大君が荷物を持ってくれて、1年ぶりの我が家に入る。


「ただい……」


 リビングのドアを開けて中に入ると、そこにはママと……健ちゃんがいた。


「彩友、久し振り」

「なんで?」


 ママも戸惑ったような表情だ。一応お茶を出したようだけれど、一口も飲まれずにテーブルに置いてあった。その横に、私が好きな生八ツ橋のお店の紙袋があった。

 ママは昴大君にお茶を出す為にリビングから出て行き、部屋には私達3人だけになる。前カレ(旦那?)と今カレ。こういう組み合わせで会うことって、普通にあることなのかな?


「出張に行ったから、そのお土産を持ってきたんだ。彩友、生八ツ橋の皮好きだろ」


 偶然今日来たのか、誰かの伝手で私が帰る日にちを知ったのか。さすがに1年も距離を置いたのだから、私のことは諦めてくれたと思いたい。


 私の後ろからついてきた昴大君が、私の横に並んで手を繋いでくれた。その力強さにホッとする。


「彩友、ほらこっちに座れよ。俺に内緒で留学とか、びっくりしたんだぞ。どこに留学したかわかれば、卒業旅行で行ったのに」


 健ちゃんの言葉にギョッとする。


「来られても困るから、教えなくて良かった。お土産はありがとう。でも、こういうのはもうしないで」


 私は健ちゃんが指差した健ちゃんの隣ではなく、ママが座っていた健ちゃんの向かい側に昴大君と座った。


「なんで?うちの会社、研修で1年目は出張か多いんだよね。色んなとこに行くから、お土産期待していいのに。そうそう、俺、この会社に就職したんだ」


 健ちゃんは名刺を取り出し、私の目の前においた。


「M商事……」


 やはりK商事は不採用だったのか。あの論文ではしょうがないかもしれないが。


「ああ、内々定もらってはK商事は蹴ったんだ。あそこは大手だから、伸び代がないだろ。その点、M商事は新しい会社だから伸び代しかないしな」


 物は言い様だ。しかし、M商事という会社は聞いたことがなかった。

 大手に就職できなかったということは、美紗先輩とはどうなったんだろう?愛想を尽かされていないことを願うばかりだ。


「給料もまぁまぁいいし、今度夕飯おごるよ」

「けっこうです。健ちゃん、悪いんだけど、時差ボケで辛いんだよね」


 早く帰ってと、言外に告げる。


「ああ、そうだよな。おまえ、さっさと帰った方がいいぞ」


 健ちゃんは、昴大君に向かってぞんざいに言う。


 いやいやいや、帰るのはあなた。


「じゃ、私はちょっと休むから。昴大君、部屋に行こう」

「おい、そいつを部屋に入れるつもりか?彩友は、本当危機管理意識が低いな。いくら、俺に見せつけたいからって、部屋に入れるのはどうかと思うぞ」

「は?」


 1年たっても、健ちゃんの意識は変わっていなかった。

 健ちゃんに気持ちはなく、今は昴大君が私の彼氏なんだとちゃんと言おうとした時、ママが私達の分のお茶も持ってきた。


「ママ、お茶は私の部屋で飲むよ。ママは健ちゃんの相手よろしく」

「え?ママが?」


 健ちゃんを押し付けられても困ると、ママは何故か昴大君の袖をしっかりとつかむ。


 いや、私の彼氏だよ?


「昴大君、やっぱりね、ちゃんと健ちゃんに話した方がいいと思うの。さっき話を聞いた感じだと、健ちゃんはまだ彩友のこと諦めきれないみたいなんだけど、今の彩友の彼氏は昴大君じゃない?そこんとこビシッとね」

「彩花さん、だからそれは彩友が俺に当てつける為だけに彼氏を作っただけなんですって。彩友は俺のことが大好きで、俺の話しかしないんだって、よく話してくれたじゃないですか。彩友が好きなのは、今だって俺なんですよ」

「それは、あなた達が付き合ってた時の話よね。彩友は確かに昔は健ちゃんのこと大好きだったわよ。でも、気持ちは変わるの」

「彩友と付き合うことになったって言ったら、彩友が大学卒業したらお嫁さんにしてあげてねって言いましたよね。だから、再来年には花嫁姿が見せれると思いますよ」


 気持ち悪い!超絶気持ち悪い!

 健ちゃんって、実は頭おかしい系だったの?!

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