第8話 クソ男
「嫌ッ!!!」
私は持っていた鞄で顔面をガードした。
「健ちゃんのことは今はなんとも思ってないの。どちらかというと最低男だと思ってる。仲良しの幼馴染に戻るのも無理。1年たっても、2年たっても、絶対にそれは変わらない。だから、私とは関わらない方向でお願いします」
ほぼノンブレスで言い切った。
たとえ健ちゃんが美紗先輩と縁を切ったとしても、いつ再燃するとも限らない。それ以前に、たとえ私だけと言われようが、健ちゃんとだけは戻るわけにいかない。だって、結婚していても平気な顔で他に子供を作るような人だから。
「昔から、急に頑固になるよな。意固地な彩友も可愛いけど、あんまり意固地になり過ぎても良いことないぞ」
「だから!」
イラッとし過ぎて大声が出た。
「彩友、近所迷惑だよ」
あんたが迷惑なの!!
思わずそう叫びそうになった時、後ろから声をかけられた。振り返るとママがつっかけ姿で立っていた。
「彩花さん、お久しぶりです」
健ちゃんは私から手を離さずに、ママに頭を下げて挨拶した。
「健ちゃん、久しぶり。彩友、迎えに来たから帰ろう」
「彩花さん、すみません。少しだけ彩友と話がしたくて。ちゃんと送って行きますから」
私は目線だけで嫌だとママに訴える。
「ごめんね、健ちゃん。彩友の今カレがかなり過保護でね。今も、もうすぐ帰るから迎えに行ってあげてって、ライムで連絡あったんだ」
今カレって、昴大君?
いつも帰りは送ってくれるし、ママとも顔見知りにはなっていたとは思うけど、ライム交換するくらい仲良しだなんて聞いてない。
「あいつ、彩花さんとも交流があるんですか」
「うん。ちょっと見た目は強面だけど、凄くいい子よね。彩友が帰ったよって連絡してあげないと、きっと心配してバイトどころじゃないよ」
ママが私の手を引くと、あんなに外れなかった健ちゃんの手が離れた。
「じゃあ、和恵によろしくね。彩友、コンビニ寄って帰ろ。ママ、アイス食べたい」
コンビニは、健ちゃんちとは逆方面だ。ママは私と腕を組み、健ちゃんに背を向けて歩き出した。
「まさか、健ちゃんがストーカー化するなんてね」
「ストーカー?」
「うん。大学でも、彩友の周りをうろついているみたいだから、ちょっと気をつけて欲しいって、昴大君に言われてたの」
ママは、スマホのライムの画面を見せて、小さく笑った。
「いつの間に昴大君と」
「ウフフ、ライム友達なの。それにしても、和恵には言えないわ。息子がストーカーしてるわよなんて」
確かに、大学でも学年が違うのによく見かけるなとは思っていた。だいたいが美香ちゃんや昴大君といるから話しかけてはこないけれど。
「健ちゃん、私が意地で健ちゃんとよりを戻さないって思ってるみたいなの。もう好きじゃないのに、まだ好きなんだって信じてるみたい」
「ああ、まあ、小さい時から彩友がべた惚れだったからね。あれだけ態度でも言葉でも好き好き言っていたから、彩友が健ちゃんのことを好きってのが、健ちゃんの常識みたいになちゃったのかな。何しても、彩友から嫌われることないって、思い込んじゃってるのかも」
確かに、小さい時はそうだったのかもしれないけれど、だからって好き勝手浮気しても許されるって思考は全く理解不能だ。
私達はコンビニに寄ってアイスを買うと、また道を戻って自宅まで帰った。
★★★
それから、明らかな健ちゃんの付き纏いが始まった。
前は大学の中でよく見かけるな程度だったのが、テニスコートやバイト先、さらには休日の家の周りまで。
極力一人にはならないようにしていたから、接触はなかったけれど、休みに家の前で立たれるのはかなり怖かった。知らない人ならば警察に届けたかもしれないが、相手が家族ぐるみで仲良くしていた相手となると、警察に相談するのも躊躇われた。
「健一先輩、クソなのにイケメンだな」
美香ちゃんと学食でお昼を食べていた時、3つ向こうのテーブルで食事をしている健ちゃんを見つけて、美香ちゃんはため息をつきながら言った。
「クソって……、まぁ否定はしないよ。今年で健ちゃん卒業だし、もう少しの辛抱かな」
健ちゃんも社会人になれば、前カノにかまっている暇はなくなるだろうし、新しい出会いがあれば、あっさりそっちに行くかもしれない。
「実はさ、ちょっと最低な話聞いちゃって」
「最低なって……健ちゃん関係?」
美香ちゃんが健ちゃんを見ながら声をひそめるものだから、私もつられて声を小さくする。
「高校の仲の良い子のお姉ちゃんが、美紗先輩と仲が良くてさ、そのお姉ちゃんに話したらしいんだけど、どうやら美紗先輩と健一先輩、まだ繋がってるみたいなんだよ。セフレ関係」
「え?」
大学ではすっかり一緒にいるところを見なくなった二人が、隠れて関係する意味がわからない。なんの障害もないのだから、普通に付き合えばいいだけの話ではないのだろうか?
「美紗先輩、完全に関係を断つか、隠れて今まで通り付き合うかって言われたらしいよ。で、美紗先輩は隠された関係でもいいから、健一先輩と付き合うことにしたんだって」
なんか、頭痛がしてきた。
本当、なんでそんなクソ男が好きだったのかな?
というか、そんなこと言われて、美紗先輩もよく健ちゃんを見限らないものだ。
「なんだってそんなややこしいことしてるの?」
「美紗先輩は、健一先輩の有望性を買ってるんだって」
「有望性?」
「大学も一流だし、内定出てる会社も大手企業、顔良し、スタイル良し。誰にでも自慢できる彼氏じゃん。そんなん、絶対にキープでしょってことらしいよ。しかも、関係を隠すんなら、男漁りもし放題じゃん。健一先輩以上の相手が現れない限り、別れるつもりはないって言ってたんだって」
健ちゃんも最低だけど、美紗先輩も最低だな。
結局、健ちゃん以上の人と出会えなかったから、健ちゃんが私と結婚しているのを知りつつ、健ちゃんの子供産んだってことかな?今回の将来は私は健ちゃんと結婚しないから、数年後には出来ちゃった婚になるのかもしれない。
でもそれも、健ちゃんがK商事に入社すればって話なのかな。愛情よりもステータス重視みたいだから、中小企業なんかに就職した日には、ポイッて捨てられるかも。
それはそれでザマアミロだけれど、より私に執着されるのも困る。
もしかして、ここは健ちゃんの論文を添削するべき?凄く調べながらやったから、今ならばチャッチャと直せるし。でも、それでさらに勘違いされてももっと困る。
「ごめん、もしかして気分悪くした?……だよね。でもさ、反省したふりして、いまだに彩友ちゃんのこと騙そうとしてるのが許せなくて。あんなストーカーまがいなことしといて、美紗先輩とは隠れて繋がってるとか、意味がわかんないじゃん」
「あー、うん。それは、やっぱりなって感じだから大丈夫」
黙って考え込んでいたのを、ショックを受けたせいだと美香ちゃんは思ったみたいだった。でも、私は違うことを考えていたわけだし、正直な話、そういう奴だからこそ、愛人と子供作りながらも、私とも夫婦生活普通にできんだなって納得できた。
「よし決めた」
「なに?どうしたの」
「交換留学、申し込もうと思う」
「え?いきなりどうしたの?夏に行ってたやつでしょ?今年も行くってこと?」
「9月から1年行ってくる」
そう。短期のはちょこちょこ行ってたけれど、今度はまるっと1年。物理的に健ちゃんから逃げたいと思う。さすがに1年目の前にいなきゃ、健ちゃんの頭も冷えるだろうし、私の精神衛生上も良い。
今までのお小遣いやお年玉、バイト代が全部残っているから、食費とかはどうにかなる。それに、大学の格安寮や、ボランティアでやっているホームステイ先を探せば、家賃もたいしてかからない。
今年の夏は、フルでバイトするぞ。
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