第7話 大学2年

 あれから夏が来て、秋が来て……年まで変わって新学年になった。


 長い夏休みは短期留学をし、大学ではガチサーの先輩達が私の周りをガード、坂本君も最初はたどたどしかったけれど、最近ではすっかり私の彼氏役が板について、お互いに名前で呼び合うくらいになった。

 なんか、際どいスキンシップがないだけの普通の恋人同士なんじゃないかって勘違いしそうになるくらい、あまりに自然に昴大君は私の側にいてくれる。


 美香ちゃんには恋人ができた。驚くことなかれ、柏先輩だ。

 私のことを話すうちに、なんとなく仲良くなって、クリスマスに告白されたらしい。柏先輩は、難なく就職活動をクリアし、すでに社会人1年生だ。美香ちゃん曰く、新社会人にして重役の雰囲気を醸し出していると言っていたが、わかる気がする。


 健ちゃんは……よくわからない。

 美紗先輩とは大学ではあまり絡んでいなさそうだというのは、噂で聞いているし実際に目撃もしている。

 今回の人生では、私と健ちゃんの関係が変わったことで、彼女との関係も変わったんだろうか?

 もしそうだとしても、私が健ちゃんとやり直すことは有り得ないんだけどね。

 たまに会う健ちゃんは、前みたいに強引なところもなく、ただ寂しそうに見られる。せめて、仲の良かった幼馴染に戻りたいって言われたけど、私はまだ受け入れることはできていない。


 たまに考えるのは、私と健ちゃんの赤ちゃん。確かに授かった彼もしくは彼女は、私と健ちゃんが結婚しないと訪れない命で……。


「彩友ちゃん、俺、今日ラストまでバイト頼まれちゃったんだけど、彩友ちゃんは10時上がりだよな」

「うん」


 平日はほぼ一緒にいる昴大君は、周りからは私の彼氏として認識されているだけじゃなく、帰りはだいたい家まで送ってくれる。うちの親にも彼氏として認識されていて、すでにかなり仲良しだ。

 母親は最初健ちゃんと別れたことを残念がっていたが、受験で別れている間に彼女作っちゃって……と説明したら、「健ちゃん、いい男だからしょうがないわね」と納得してくれた。


「やっぱり、同じ時間に上がらせてもらった方がいいよな。10時に一人で帰るのはさすがに危ない」


 なんか、小さい子のいるお母さん目線かな?

 一応、今年20歳になるんだけど。


「大丈夫だよ。終バスがあるし、バス停からは近いし」


 いつもは、昴大君がバイクで送ってくれるから、朝の通学以外でバスに乗るのは久しぶりだ。


「じゃあ、バス停までお母さんに迎えに来てもらいなよ。それが無理なら、誰かと電話しながら家まで帰れよ」

「うん、わかった」


 やっぱり昴大君は過保護な親みたいだ。もしかして、私の彼氏役をしてくれているのも、使命感からだったりするのかな?


 背の大きな昴大君を見上げるのは、正直首が痛い。だからいつもは、昴大君の肩辺りに視線を合わせて喋っているんだけど、今は首がグキッとなるギリギリまで昴大君を見上げて視線を合わせた。


「どうした?」

「うーん、私も高いヒールの靴履こうかな」

「止めとけよ。絶対に足捻るから」

「うん。私もそんな気しかしないんだけどね、昴大君、背高過ぎるんだもん」

「うん?これくらいがいいわけ?」


 昴大君がしゃがんで、ちょうど良い高さになる。何にって、恋人同士ならばすることによ。私達はエセカップルだから、そういうことはしないけどね。

 昴大君の薮睨みの目にドキッとしながら、私は赤くなる頬を隠すようにそっぽを向いた。


「なんだよ、変な奴。ところで、最近は川崎先輩はからんでこないよな?」

「うん。この間、たまたま一人の時に話しかけられて、昔みたいな幼馴染になりたいって言われたけどね。前みたいに強引にくることはなかったよ。健ちゃんも頭が冷えたのかな」

「彩友ちゃんは戻りたい?」


 昴大君の視線を後頭部に感じながら、私はしっかりと首を横に振った。


「私って、執念深いのかな。やられたことは忘れられないの。でも、今は復讐するよりも無関係になりたいかも」

「やっぱり、向こうは彩友ちゃんのこと諦めてないだろうな」

「そうかな?」


 だからって、恋愛は一人じゃできない。私は健ちゃんを二度と好きにはならないし、なれないから。


 それからバイト先の居酒屋に二人で行き、私は10時になるまでみっちり働き、0時まで働く昴大君に挨拶してバス停へ向かった。


「彩友?」


 バス停につくと、後ろから声をかけられて、背中がゾワリとする。


「健ちゃん……」


 振り返るまでもなく、声の主はわかってしまう。昔は、甘く呼んでくれるこの声が好きだったのに。


「練習日……じゃないよな」

「うん。バイト」


 バスがくるまで後5分。バス停で健ちゃんと列に並ぶ。終バスだからか、朝並みにバス停は混んでいた。


「彩友がバイトか。駅の近くの居酒屋だよね」

「……なんで?」


 10時まで開いているのは、何も飲み屋だけじゃないのに、私が居酒屋でバイトしているって、なんで知っているんだろう。


「彩友から煙草の匂いがするから、なんとなく居酒屋かなって」


 近くで匂いを嗅ぐ素振りをされ、本当に鳥肌が立った。こんなにも健ちゃんに嫌悪感を感じるようになったのかと、自分でも驚いてしまう。


「あ、バス来た」


 話をそらすようにバスに乗り込んだ。健ちゃんから離れようとしたが、混んだ車内では離れることもできず、向かい合う形になってしまう。


「俺につかまればいいよ」


 健ちゃんは天井の中央にある手すりにつかまれるが、私はそんなところには手が届かないし、かといって吊り革にも遠い。


 ここは腹筋を鍛えるのよ!


「大丈夫。最近、体幹鍛えてるから」


 サークルではテニスだけじゃなく、走り込みや筋トレもしている。やればできる子だから!バスの中でつかまらずに立っていることくらい……。


 言ったそばからバスが揺れ、私は倒れそうになって健ちゃんに腕をつかまれた。


「だから危ないって。俺がつかまえとく」


 健ちゃんに抱き締められ……吐き気がした。


「大学の授業とかで困ったことないか?前みたいに頼って欲しいんだ。彩友は俺にとって、誰よりも大切な幼馴染だってことは変わらないからさ」


 なに、カッコつけてんのかな。私からしたら、関わり合いたくない人トップテンの中でぶっちぎりの1位なんだけど。


 恋愛っていう色眼鏡が外れると、ただただキショい勘違い男にしか見えない。少し顔がいいからって、なんでも許されると思うな!


「困ったことはないし、健ちゃんは自分の就活頑張って」

「心配してくれるんだ。ありがとう。K商事に内々定は貰ってるから大丈夫だ」


 その内々定、本当に大丈夫でしょうかね。


 前の時は、最後に英語で論文を提出するのが最終就職試験だった。健ちゃんに頼まれて英語の添削をしたのだけれど、誤字脱字のオンパレード。文法もいい加減で、あれを直す為に調べ物から始めて、かなり時間がかかったことを記憶している。勉強が得意な健ちゃんも、英語だけは苦手みたいで、私が唯一役に立てることがあったって、あの時は凄く嬉しかった。


 もちろん、今回は手伝う気もないし、まさか健ちゃんも私に頼むほど厚顔ではないだろう。


「そうだ、彩友は英語が得意だったよな。今度さ、英語で論文書かなきゃならないんだけど、添削頼めないかな」


 厚顔だったよ……。


「ごめん、会話ならいけるんだけど、口語だから論文は無理。それに、健ちゃんの論文の添削できるわけないじゃない。もっと酷くなるよ」

「あー、まぁ、そうだよな」


 とにかく耐えた。

 あと3つ、2つ、1つ。停留所のカウントダウンをしながら、健ちゃんの体温が気持ち悪くて、でも、混んだバスの車内で「離して」「危ないから」などと揉める訳にもいかず。

 昴大君とは腕を組んだり、バイクで背中に抱きついたり、全然気にしないでできるのに。


「降ります!」


 混んだ車内から頑張って降りた。


「じゃあ健ちゃん、お休みなさい」


 とっとと家に帰ろうと踵を返したところで、またもや健ちゃんにつかまった。最近は誰か側にいたから、こういうふうに強引にくることもなかったのに。


「健ちゃん、もう遅いから」

「ちゃんと話がしたい。二人で話せる機会がなかなかないから」

「私はもうないよ、話すこと」


 一緒に降りた人達は、チラリと私達を見たけれど、「痴話喧嘩か」くらいにしか思わないようで、足早に帰宅していってしまう。

 終バスの行ってしまったバス停はすぐに人がいなくなり、私と健ちゃんだけになってしまい、周りの暗さに恐怖心がジワジワと溢れる。


「もう美紗とのことは精算した。他に誰もいないよ」

「別に、私にはもう関係ない」


 痛いくらいつかまれている訳じゃないのに、手を引っ張っても手が離れない。


「……それに、今は昴大君っていう彼氏がい」

「それは俺に当て付けたんだろ」

「はい?」


 健ちゃん避けに彼氏役を頼んだけれど、当て付けじゃない。そんなのは一瞬で止めたよ。だって、私にマイナスしかないし、せっかくやり直せる時間が手に入ったから、健ちゃんがいない人生を満喫するつもりだし。


「俺に同じ目に合わせたかったんだろ?彩友の目論見は大成功だよ。無茶苦茶ヤキモチやいた。だから、もうよくないか?俺等、元に戻ろうよ」


 健ちゃんは私の肩をつかみ、顔を寄せてきた。


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