第6話 ふり

「……という訳で、ごめんなさい。坂本君にも迷惑かけちゃって」

「っつうことは、去年の夏までは音羽が川崎の彼女だったんだな。あいつ……とんでもねえな」


 健ちゃんとのことを説明すると、柏先輩は大きくため息をついた。


 私の横には坂本君、目の前には柏先輩が座っていた。ちょうど注文した飲み物が来て、話は一時中断した。

「コーヒーは?」と店員さんに聞かれ、坂本君が手を上げると、紅茶を柏先輩の前に、チョコレートパフェを私の前に置かれた。


 柏先輩が、徐ろに紅茶とチョコレートパフェを交換する。柏先輩は、見た目の厳つさからは想像できないが、お酒は下戸だし、甘い物が大好きだ。月1の飲み会でも、お酒を飲まずに甘めのノンアルコールカクテルを飲んでいるくらいだった。


「音羽的には、川崎とよりを戻すつもりはないんだよな?」

「全く、これっぽっちもありません」


 私が迷いなく断言すると、柏先輩は「だろうな」と頷いた。


「大学はな、専攻が違えばほとんど会うこともないだろうが、サークルはそういう訳にもいかないだろ。うちらのサークルはグループにより活動日時も違うけど、月1では飲み会もあれば、一応合同の合宿もある。まぁ、強制参加じゃないがな」

「やっぱり……私がサークルに籍を置くのは迷惑でしょうか」


 サークル歴が長いのは健ちゃんだし、揉め事の原因になりそうな私に、サークルを辞めてくれって話になるのかと思い、私はシュンとしてしまう。

 まだまだテニス初心者だが、ボールを打つ楽しさを感じるようになってきたところだったし、何よりもガチテニスグループは真面目な人達が多く、凄く居心地が良かった。


「いや、そういうんじゃないんだ。川崎の奴、いまだに音羽の彼氏だって言ってただろ。音羽に執着してたみたいだし、ああいう挫折もしたことなさそうな、女の子にもモテまくりなタイプは、下手に振られると根に持つだろうなって思ったんだよ」

「俺もそう思います。ストーカーにでもなったら厄介だ」

「それでだ、グループのメンバーに音羽と川崎のことを共有してもいいだろうか?知っていれば、ガードしてやれるだろ」


 大きな口でチョコレートパフェをたいらげながら、柏先輩は当たり前のことを話すように、3年同じサークルの健ちゃんの肩を持つことなく、1ヶ月も一緒にいない私を助けてくれると言う。


「それに、坂本が嫌じゃなければ、落ち着くまで音羽の彼氏役やるのも手だよな。そこはまぁ二人の話し合いっつうことで」


 最後の一口を食べ終わった柏先輩は、全員分のお金を支払って、サークルに戻って行った。


「話し合いって……。さっきは咄嗟にごめんね。坂本君だって、彼女がいるかもしれないし、変な嘘ついてごめん」

「いや、俺に彼女いるように見える?女子には昔から怖いって避けられてるし」

「坂本君は怖くないよ!面倒見いいし、優しいし、私は坂本君と友達になれてラッキーだと思っているよ」


 坂本君は頭をポリポリとかくと、褒められて照れているのか、耳を赤くしていた。あまり感情が表情には出ないから、常に不機嫌そうにムスッとして見えるが、別に不機嫌な訳でも怒っている訳でもないことは、まだ短い付き合いながら理解していた。


「別に彼女も好きな子もいないから、音羽の彼氏役でもなんでもいいけどさ、俺なんかで大丈夫か?」

「いいの?!本当に?健ちゃんに嫌がらせされるかもしれないんだよ」

「別にあの先輩は怖くはないけど、あの先輩が音羽に何かしそうなのが怖い。俺の存在が風除けになればって思うよ。ただ……」


 坂本君は言いづらそうに言葉を濁すと、今まで横を向いて合わせていた視線をわざとそらした。


「ただ?」

「俺に彼女がいたことがないから、彼氏役っつっても、何をどうすればいいのかわからないだけ。周りに、音羽と付き合うことになったって、言えばいいだけか?」


 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうに早口で言うところとか、大きくて厳つい坂本君が、凄く可愛く見えるんだけど……。


「私と、手を繋いだり腕組んだりするのに抵抗はない?」

「俺は抵抗ない……けど、音羽はいいのか?」

「坂本君なら大丈夫。多分ね、恋人同士って、友達とは距離感が違うんだよ。だから、手を繋いだり、近くを歩くだけで、付き合っているって吹聴しなくても、勝手に周りは付き合ってるみたいだって思ってくれるんじゃないかな。ほら、健ちゃんと美紗先輩みたいに」


 美紗先輩は、男子にはパーソナルスペースが狭いタイプで、ボディータッチも多めだ。しかし、相手が健ちゃんとなると、パーソナルスペースは一気に0になる。明らかに男女の関係あるよねと、わかるようなその距離感は、正常な神経を持って見れば恥ずかしいくらいだ。


「あれか……」


 自分には無理だ……というような困惑のこもった呟きに、思わず笑いが溢れた。


「あれは極端な例だから。いつもより半歩近いくらいで大丈夫だし、手を繋いでくれれば尚良しくらいな気軽さでいいよ」

「おう……頑張る」


 大きな身体で小さな声で言う坂本君は、妙に私のツボにはまった。


 なんだろうね、これがギャップ萌え?


 健ちゃん以外と手を繋ぐ。坂本君となら自然とできそうな気がした。


 ★★★健一目線★★★


 彩友に彼氏……。


 もうすぐ夏休み。そろそろ彩友の気持ちも落ち着いた頃かと思い、俺は彩友の動向をさりげなく1年のユルサーの奴等に聞いた。


 彩友はテニスサークルを辞めていなかった。あの後一回あった飲み会にも参加していなかったから、てっきりサークルを辞めているのかと思いきや、柏先輩のガチサーにいるらしかった。


 つまり、やっぱり彩友は俺を諦めてないってことだ。

 小さい時から、俺の周りをチョロチョロして、俺の真似をするのは変わらない。あいつは俺がいなきゃ駄目なんだから、まぁ想定内だ。ただ、少し頑固になったのか、いまだに俺とよりを戻そうとしないのは、可愛らしいヤキモチだけどいただけない。


 俺がすっかり彩友切れになっちまった。


 美紗みたいにパッと見美人で、スタイルも良くて、セックスのノリも良い奴は、たまになら刺戟的だが、毎日はくど過ぎる。

 彩友みたいに控え目で、いつまでたっても初々しい子がやっぱり一番良い。それに、俺を見上げて浮かべる笑顔、あれが最高に滾る。純粋な尊敬の眼差し?頼りきった感じ?男としての自尊心が満たされる。


 昔から、彩友がいたから頑張れた。あいつに「健ちゃん凄い!」って言われると、もっとさらに頑張ろうって、勉強も運動も頑張れた。

 苦手な英語も、彩友が英語好きだからできるフリをした。それでも受験には合格したんだから、それなりだったんだろう。


 夏休み前には彩友と仲直りをしようと、美紗と話をつけた。


 完全に切れるか、大学では関わらないようにするか。彩友にバレないようにするなら、今まで通り。できないなら完全にお別れだと言ったら、美紗はケラケラ笑いながら「バレないようにしてあげるわ」と、上から目線で言われた。

 

 これは予想していた返事だった。ブランド好きな美紗が、俺ってブランドを逃す訳ないって知っていたから。顔も身体も肩書きも、美紗の周りにいる男達の中では俺がピカ一だ。こいつは、二番手の男の唯一の彼女になるより、一番の男の愛人を選ぶような女だからな。


 それから、彩友が所属しているガチサーの柏先輩に、一度混ぜて練習させてほしいって約束を取り付けたんだけど……。


 彼氏ってなんだよ?!

 おまえが甘えたようにしがみつくのは、いつだって俺だったじゃないか!


 意味がわかんねえ……。いや、あれは本気の彼氏じゃないな。彩友があんないかにも男っぽい、厳つい奴に惚れる訳がないんだ。あいつは俺のことが好きなんだから。

 幼稚な仕返しだ。

 馬鹿な奴。


 浮気には浮気で反省させようとかいうつもりなんだろ?


 本当、馬鹿過ぎて可愛い俺の彩友。


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