第4話 大学1年春 出会い

 大学に入ってから、沢山あるサークルの中で、健ちゃんと美紗先輩が所属するテニスサークルにわざと入った。

 別れた彼女が目の前でチョロチョロしていたら、きっと健ちゃんもやり辛いだろうし、私が他の男の子と仲良くするのは、あまりいい気持ちはしないだろうと、小さな嫌がらせのつもりだった。もちろん、もっとガッツリ復讐をしようと思っているけれど、まだ何をしたらいいかわからないから、小さな嫌がらせをコツコツ積み上げながら、時期を見ようとは思っている。


 私が入ったテニスサークルは、真剣に毎週テニスをしているのは数人で、大抵はたまにテニスしたり、飲み会だけ参加するようなゆるゆるの飲みサーに近いサークルだった。人数が多いから、週に数回テニスをしているガチグループ、たまにテニスをするくらいのユルグループ、テニスは全くせずに飲み会のみ参加する飲みサーグループの3つに分かれていて、月に1回の飲み会の時だけ全員が集まっていた。

 健ちゃんはユルグループにいることが多いようで、私はテニスはしたことがないから、飲みサーグループにとりあえず席を置いていた。

 美香ちゃんは、ガチグループに入るかユルグループに入るか決めかねているらしく、今のところは私と一緒にいてくれていた。


「彩友ちゃん、女子校出身だっけ?彩友ちゃんくらい可愛かったら、通学の途中とかで告白されたりしなかった?」

「ないですよ、声なんかかけられたことないです」


 まだお酒は飲めないから、ジンジャーエールを飲みながら、手羽先に手を伸ばす。

 私と美香は、飲みサーグループのテーブルにいた。周りは男子の先輩が多く、私の両隣にはチャライ感じの先輩二人がウーロンハイ片手に陣取っていた。

 煙草は煙いし、先輩達の距離は近いしで、頬が引き攣りそうになりながらも、私はなんとか先輩達と会話していた。女子校だったのはたった3年間なのに、どうにも男子と会話をするのは苦手だ。共学出身の美香ちゃんは、上手く先輩達と距離を取りながらも楽しそうに話している。

 健ちゃんも斜め前のテーブルにいて、美紗先輩がベタベタくっつきながらお酒を飲んでいた。


「え?じゃあ、彼氏とかいたことなかったりする?」


 身を乗り出して、食い気味に聞いてきた先輩から仰け反るようにして距離を取る。


「いえ、4年くらい付き合った彼氏がいましたよ」

「4年!長くね?!」

「私の受験で別れましたけど」

「なんだ、彼氏いたのか。まぁいるよな。でも別れたんなら、今はフリーだよね。俺、俺もフリーなんだけど」

「そうなんですね」


 だからどうしたって話なんだけど、先輩は酔っ払っているのか、さらに距離を詰めてくる。


「俺等お似合いだと思わね?フリー同士付き合っちゃう?」

「いやいや、佐々木と付き合うなら、俺のがいいっしょ」

「アハハ、からかわないでくださいよ」


 笑って冗談にしようとするが、お酒も煙草も臭過ぎてちゃんと笑えてる気がしない。


「私、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「場所わかる?ってか、ついて行こうか?」


 いやいやいや、止めて。女子のトイレについてくるとか、気持ち悪いし変態だとしか思えないから。


「さっきも行ったからわかります」


 鞄を手に席を立った。先輩がついてきそうだったから、なるべく早足でトイレへ向かう。


 この居酒屋のトイレは、一度店を出てなければならなかった。廊下を曲がり突き当たりにある、数か所の店舗共同のトイレだ。


 トイレに用事はなかったが、とりあえず個室に入ってため息をつく。


 先輩達がうざ過ぎる。


 健ちゃんへの嫌がらせも兼ねて、男の先輩に良い顔を見せていたら、必要以上にグイグイこられて、正直気持ち悪い。でも、健ちゃんをイライラさせることには成功したみたいで、さっきからチラチラこっちを見ては、どんどん眉間の皺が深くなっていっていたから。


「なんか、自分へのダメージのが大きい気がする」


 元から健ちゃん以外の男子は苦手だった。


 例えば、これが結婚してすぐくらいにタイムリープしていたら、知らない顔して浮気の証拠を集めて慰謝料がっぽりもらったり、二人に復讐する為にドロドロの愛憎劇とか演じちゃってたのかもしれない。例えば、浮気には浮気でお返ししたり、美紗先輩には嫌がらせをしたりね。

 ただね、復讐って言っても思いつかないし、自分にできるとも思えないんだよね。


 実際浮気はされたけど、まだ取り返しのつく今にタイムリープしてきたってことは、健ちゃんなんか忘れて新しい人生を歩みなさいっていう神様のメッセージかもしれない。神様は信じてないけど。


 でも、うちらが別れて、健ちゃんが美紗先輩と幸せになるってのは納得いかないんだよね。


 復讐、復讐、復讐……。

 どうすれば、復讐できるんだろう。


 居酒屋のトイレで考えていても、良い考えなんか浮かんでくることもなく、あまり長くトイレにいるのも恥ずかしい勘違いを生みそうなので、飲み会に戻ることにした。


 トイレを出ると、目の前に健ちゃんが立っていた。


「ウワッ、びっくりした。健ちゃんもトイレ?男子は向こうだよ」


 すれ違って戻ろうとしたが、健ちゃんに腕をつかまれて壁に押し付けられた。全くもって嬉しくない壁ドンだ。


「話を聞いてくれ!」

「話?」

「美紗とのことだ。彩友に別れようって言われて、寂しくて……つい美紗と。でも、あれはただの気の迷いで、本当に好きなのは彩友だ。彩友が大学を卒業したら結婚しようって約束したよな?一生一緒にいたいのは彩友だけなんだ」


 一生一緒……。私の中でフツフツと怒りが込み上げてきた。


 健ちゃんとの結婚生活、本当に幸せだった。私も、健ちゃんと一生一緒にいるんだって疑わなかったよ。念願の赤ちゃんが出来て、凄く嬉しかった。

 でも、全部を壊したのはあなた。


「ふーん、高校の部活の合宿で、美紗先輩とキスしてたって、美香ちゃんから聞いてるけど」

「いや、それは……」

「夜中に抜け出して部室でHしてたらしいね」


 それは美香ちゃんの予想だったけれど、見られてた体で話すと、健ちゃんはすぐにボロを出した。


「あれは、無理やり迫られて……。若かったんだよ……ごめん」


 今のあなたも十分若いけどね。ついでに、7年後のあなたもやっぱり若いよ。妻がいるのに他に子供作っちゃうくらい、頭も下半身もお猿さん並みだから。


「……ハァ。ごめんって言われていいよって返すのは小学生までだから」

「でも、俺と同じ大学に入ったってことは、俺のそばにいたかったからだろ?なぁ、もう絶対に浮気なんかしないって約束する。だから、もう一度付き合って」

「無理」

「頼むよ。俺には彩友だけなんだ」


 抱きしめられて、お酒の匂いに嗅ぎ慣れた健ちゃんの匂いが混じり、吐き気が込み上げてくる。


「無理!離して!気持ち悪い!」


 健ちゃんの胸をバンバン叩くが、健ちゃんは腕を緩めてくれない。健ちゃんを叩いた拍子に、鞄が落ちて中身が散乱したが、それを拾うこともできなかった。


 そこへ、後ろから手が伸びてきて、健ちゃんの襟首をつかんで後ろに引き倒した。


「ウワッ!」

「合意だったらごめん。合意に見えなかったから」


 健ちゃんを引き倒したのは、190くらいありそうな、ガタイのがっしりした厳つい男子だった。ツンツンと立った髪の毛は、ワックスで立たせているのではなく、どうやら地毛が固過ぎて立ってしまっているらしい。薮睨みの一重は、ギロリと健ちゃんを睨んでいた。


「合意じゃないです」


 私は厳つい男子の後ろにサッと隠れ、男子の袖をつかんだ。私のその動作に傷ついたようで、健ちゃんはヨロヨロと立ち上がると、店に戻って行った。


「ありがとう」

「いや。大丈夫か?」

「うん」


 私の顔色があまり大丈夫そうに見えなかったのか、大きな身体を屈めて、鞄を拾って落ちた中身も拾い集めてくれた。


「ありがとう。同じサークルの人だよね?」


 名前は覚えていないが、同じ1年だと記憶していた。どちらかというとナンパな感じの人が多い中、数少ないガチテニス勢の一人だ。


「ああ」

「私、1年の音羽彩友」

「1年の坂本昴大。さっきの3年だよな?嫌がる女子に抱きついてせまるとか、酔っぱらい過ぎだ。部長に注意してもらうか?」


 私は首を横に振る。


「あの人、幼馴染なの」

「幼馴染?」

「うん。家も近くて、小中は同じ学校」

「だからって、酔っぱらって女子に抱きついたら駄目だろ」


 正論です。チャラ系の先輩達からは出なさそうな発言ではあるけれど。

 坂本君が真面目で良い人だというのが、なんとなくわかる。


「全くだよね。ところで坂本君って、ガチテニス勢だよね」

「ガチったって、週に2〜3回しかしてないけどな。音羽は?うちらのグループじゃないから、ユルグループ?」

「ううん。まだお酒は飲めないけど、とりあえず飲み会だけ参加。テニスしたことないし、ラケットも持ってないもん」

「なんでテニサー入ったんだよ。まぁ、飲み会目的でサークル入ってる奴が半分以上だけど」 

「嫌がらせ」

「は?」


 出会いを求めてとか、飲み会が楽しそうだからとかいう理由だと思ったんだろうが、私がにこやかに「嫌がらせ」と言ったものだから、坂本君は薮睨みのどちらかというと険しい目つきを丸くしていた。


「さっきの健ちゃん、4年半付き合った彼氏なんだ。半年前に別れてるけど」

「え?4年?音羽って、もしかして浪人してんの?俺より年上?見えないな」

「見えないって失礼ね。でも見えなくて当たり前、現役だもん。中2から付き合って、高3の秋に受験勉強に専念したいからって、私から言って別れたの」

「じゃ、さっきのは俺、余計なことしたか?よりを戻すきっかけを潰したとか」


 しまったなと頭をかく坂本君は、大きな身体を丸くして、見た目の怖さ半減である。


「ううん。よりなんか絶対に戻さないから、本当に助かったんだよ。健ちゃん、私と付き合った時から浮気しまくりだったの。高校は違うから気が付かなかったんだけど。今だって、その時の浮気相手が同級生で、同じサークルにいるし」

「それで嫌がらせする為にサークルに入ったってことか?」


 私は大きなため息をついた。


「そのつもりだったの。別れた彼女がウロチョロしてたら、気分良くないだろうって思ったんだけど、まさか浮気相手とベタベタしてる癖に、私とより戻したいとか言うクズだとは思わなかったから」

「それは……クズだな」


 真面目な顔で肯定してもらえ、私は思わず笑いが込み上げてきた。


「アハハ、クズ過ぎるよね」

「クズに時間を割くのは、それこそ時間の無駄だぞ」

「だよね、ハハ」


 他人に言われて、何故か頭がスッキリした。


「話聞いてくれてありがと。坂本君、バイバイ」


 タイムリープして、初めて心から笑顔になれた気がした。


「店に戻らないのか?」

「戻らない。最後までいるとさ、健ちゃんと帰りのバスが一緒になるから。友達にライムして、部長さんに帰ったこと伝えてもらうし。もしかするとサークルも辞めるかもしれないけど、大学で会ったら挨拶していいかな?」

「辞めるの?」

「だって、健ちゃんに嫌がらせしようと入ったサークルだよ。ほら、飲みサーとか私むいてないし」

「俺、飲みサーのつもりで入ってないぜ。今日はたまたま参加してみただけで、テニスメインだし。そっちに顔だして見たら?初心者もいるし、壁打ちだけに来てる奴もいるよ」

「……健ちゃんいない?」

「俺等のグループにはいないかな。今のとこ見たことはない」

「考えてみる。そしたら、ライム交換してもらってもいい?行く気になったらライムする」

「了解」


 坂本君とライム交換し、私は居酒屋を後にした。

 健ちゃん以外の男子のアドレスを、初めて登録してしまった。






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