第3話 大学1年

 受験が終わってすぐ、私は健ちゃんには何も言わずに短期留学をした。

 J大の合格発表は、母親にライムで教えて貰った。もちろん合格だ。

 ショートの髪色を明るい茶髪にし、憧れの海外留学から帰ると、すぐに大学の入学式だった。


「彩友?」


 入学式が終わり、大学初日。健ちゃんが家の前に立っていた。


 ライムも無視していたし、家電もスマホも出なかったから、業を煮やして待ち伏せという行動になったらしい。


 穴開きのタイトなジーンズに、上はシースルーのドットのシャツを合わせた私の格好を見て、健ちゃんはギョッとしたように私を見ていた。

 今までの黒髪ロングで清楚な雰囲気はどこにも残ってないから、そんな私の格好が信じられないみたいだった。


「健ちゃん、久しぶり」

「おまえ、受験終わってすぐ海外とか聞いてなかったんだけど」

「うん。言ってないし、言う必要なかったよね。別れてたし」


 私が歩き出すと、健ちゃんも慌てて横に並んだ。


「それは、受験の為だろ」

「だね。偉いでしょ?健ちゃんと別れたから、ちゃんと大学に受かったんだよ。今日からよろしくね、先輩」

「俺等、もう一度やり直すよな?そういう約束だろ。たった半年だけど、彩友に会えなくてまじ辛かった。会いたかったよ」


 健ちゃんが私の腰を抱こうとして、私は一歩横に避ける。


「彩友?」

「私さ、実は受験の為に行ってた塾で友達出来たんだ」

「は?何、男?!」

「女の子だよ。安藤美香ちゃん」

「安藤美香?」


 健ちゃんは、ちょっと悩んだようだが、すぐに美香ちゃんのことを思い出したようだ。


「え?T高テニス部の?」

「そう。T高テニス部の美香ちゃん。大学も学部も一緒なんだよ」

「そう……そうなんだ。懐かしいな。安藤、元気か?」

「うん。なんかね、同じ大学に高校の部活の女子の先輩がいるから、紹介してくれるんだって。大学のこととか教えてくれるらしい」

「は?……へぇ、誰だろ?いや、大学のことなら俺が教えるし」


 健ちゃんは、明らかに挙動不審だった。視線は合わず、美香ちゃんが誰を紹介するつもりなのかグルグル考えているようだ。

 というか、紹介されたらまずい人がそんなに沢山いるのか、美紗先輩とやらに近づかないようにする方法を考えているのかわからないが、目の前は何も見えていないよで、バスが来たのに健ちゃんは動かなかった。


 私は、健ちゃんを置いてバスに乗った。バスの扉が閉まり、健ちゃんをバス停に残したままバスは出発した。


 あ然としてバスを見送る健ちゃんと目が合って、少し笑えた。


 大学につくと、沢山のサークルのチラシを貰いながら、1年生の教室へ向かう。前の時は女子大だったから、こんなに賑やかな感じではなかった。女子校出身とはいえ、短期留学のおかげか、男子にも大分慣れたかもしれない。


「彩友ちゃん、席とっといたよ」


 階段教室の後ろの方で、美香ちゃんがヒラヒラ手を振っていた。


 美香ちゃんが前の時もJ大に入れていたかは知らないけれど、今回は私が美香ちゃんと一緒に勉強した結果、美香ちゃんもJ大に入れたのだ。


 美香ちゃんとは親友になった。健ちゃんが中学から高3まで付き合ってた元彼だって話したら、もしかして自分が健ちゃんの女性関係を話してしまったから別れたんじゃ……と、平謝りされた。「別れたのは塾に入る直前だから関係ないよ」と告げると、「浮気男は天誅!!」と私以上に健ちゃんに対して怒ってくれた。


「でもさ、本当に美紗先輩に会うの?」

「うん」

「あんま……おすすめしないなぁ」


 美香ちゃんは乗り気じゃなさそうだ。「彩友は可愛いんだから次にいこうよ」って、合コンとか誘ってくれるけど、私は恋愛はもういいかなって言うか、復讐に全フリしたい。


「美紗先輩ってどんな人?」

「美人……って自覚している人」


 自分に自信があるタイプか。妻がいても、自分が一番に愛されてるとか思っちゃうタイプなんだろうな。ちょっと理解不能だ。


「あ、ほらあそこに……」


 美香ちゃんは窓の外を指差しかけて言葉を止めた。

 進学校舎の窓からは校門が見えるのだが、校門から入ってきた美紗先輩に、走ってやってきた健ちゃんが声をかけたのだ。美紗先輩は健ちゃんに腕を絡めて歩き出し、窓から見ていた私達と目が合った。


「美香ー。ウワァッ、変わらないなぁ。ほら、健一。テニス部の後輩の美香。覚えてる?」


 健ちゃんは、美香ちゃんの隣にいる私に気がついて、慌てて美紗先輩の腕を引き離す。美紗先輩はキョトンとした表情をしたが、「今更、何照れてるのよ」と言いながら、健ちゃんの腕を引っ張り、窓の下までやってきた。


「美香、もう友達できたの?良かったじゃない」

「あー、同じ塾だったんですよ。彩友ちゃん、高校の先輩の美紗先輩」

「彩友ちゃんって言うの?可愛い名前ね。3年の西郷美紗です。こっちは川崎健一。高校からの腐れ縁で、まぁ彼氏みたいな」


 健ちゃんはギョッとして美紗先輩を見ると、「いや、違う!おい、いい加減なこと……」と、美紗先輩を引き離そうと必死だ。


「酷ーい。いくら恥ずかしいからって、それはないんじゃない。じゃあ身体の関係のあるお友達?」


 美紗は、明らかに美香ちゃんや私にマウントを取りたいようだ。

 これは私の男だから手を出すなよ的な。

 

 ニマニマ笑いながら、健ちゃんの頬をツンツンする。


「おまッ!!」

「健一ったら、恥ずかしがりなんだからぁ。じゃ、美香またね。健一、行こう」


 健ちゃんは、蒼白になりつつ私を見つめ、私の表情が何も動かないのを確認すると、美紗先輩に引きずられるように専門棟の方へ行ってしまった。


「ヤバイ?今の修羅場?彩友ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。やっぱりクロってのが判明して、すっきりした」


 まさか、二人一緒の時に遭遇するとは思わなかったけれど、これで私は健ちゃんの彼女には戻らないですむだろう。

 マナーモードにしていたスマホが着信を継げて告げていたが、私は着信拒否して電源を落とした。


 ★★★健一目線★★★


 彩友とは、気がついたら一緒にいた。可愛い彩友は守らなきゃならない存在で、お互いに一人っ子同士だったけど、兄妹みたいな関係だったと思う。


 中3に入ってすぐ、塾の女子に告白されて初カノができたけど、彩友のことを優先してたら、半年もたたずに振られた。それでも、キスもセックスも彼女で経験できたから良かったと思う。

 受験生だったし、学校も違う子だったから、デートは図書館か彼女の家で、きっと俺に彼女ができたのは誰も知らない。学校の友達にも言わなかったのは、彩友にバレたくなかったからだ。

 可愛い彩友は俺が初恋で、俺に彼女なんかできたって知ったら泣いちゃうだろうから。


 俺が高校に上がった時、彩友から告白された。俺が高1で彩友が中2。中学生と付き合うとか、ロリコンってからかわれそうで悩んだけど、彩友が泣くのが嫌だったし、俺がふった後に、万が一彩友に彼氏ができたりなんかしたら、知らない男と彩友がキスしたりセックスしたりするかもしれないって考えたら、それは絶対に嫌だったから、彩友と付き合うことにした。


 最初、手を繋いだだけでカッチコチになっちゃう純情ぶりで、1年はキスだけで我慢した。ただ、こっちは10代のお猿さんだからさ、性欲は有り余ってるわけで、そんな野蛮な男の一面を彩友に見せたくなくて、学校が違うのをいいことに、それなりに発散はした。


 でも、一番大事なのは彩友。それは変わらなくて、我慢できなくてお付き合い1年記念で、彩友の初めてをもらった。正直、数人と経験していて良かったと思ったよ。初めて同士だったら、確実にうまくいかない自信があったし、何よりダサイじゃん。


 想定外だったのは、ただの遊びのつもりで手を出した美紗が、俺の彼女面しだしたこと。

 同じクラス、同じ部活、志望大学まで同じになって、付き合った記憶はないのに、いつのまにか周りからも彼女だって認識されていた。


 これはまずい!

 彩友がうちの高校に入ってきたら、浮気がバレるじゃないか?!


 というわけで、彩友の勉強時間を削った。デートしまくり、電話にメール、さりげなく女子校を薦めた。そのおかげで、彩友は女子校に入学。


 ホッとしたのも束の間、美紗とは縁が切れず、結局同じ大学になってしまった。身体の相性が良過ぎるせいで、どうにも拒絶しきれないのか良くなかった。


 高校受験の時みたいに彩友の勉強時間を潰して、同じ大学にならないようにしようとしたら、彩友に先手を打たれた。


 勉強したいから俺と一時的に別れる?!


 同じ大学で、俺といっぱい一緒にいたいって彩友の気持ちは可愛い。でも、その為に別れるなんて本末転倒じゃないか?


 彩友に甘い俺は、彩友のお願いは断れなかった。

 彩友と別れてた半年、イライラもマックスで、美紗にぶつける(性欲)ことでなんとか彩友に会えない寂しさを乗り切った。


「あのさ、3年になったら今までみたいには会わないから」

「何言ってるの?」


 安いラブホのサービスタイムを利用して、真っ昼間から大学をサボってセックスしていた。2回戦も終了してマッタリしていた時、俺は意を決して美紗に告げた。


「俺等、付き合ってるわけじゃないだろ。美紗とはこういう関係だけど、恋人にしたいかって言うとなんか違うんだよな。でも、美紗とは身体の相性が一番だから、どうしても離せないんだけどな」


 最低な言葉を吐きつつ、美紗の身体に手を這わせながら美紗の様子を伺った。


 ここが俺等のターニングポイント。


 これから彩友と再度恋人としてやり直していく上で、美紗とも関係を続けるには、美紗に身体だけの関係だけれど、おまえがある意味一番だってインプットしとかないといけないからな。


「カ・ラ・ダだけの関係なんでしょ?わかってるわよ」


 美紗はケラケラ笑いながら俺に抱きついてくる。


 わかってる?

 どの口が言ったんだ?


 新学年になり、彩友がうちの大学に入学してきた。そしたら、まさか彩友の目の前で「身体の関係のあるお友達」とか言いやがった!


 とにかく、別れてた時に寂しくて、流されて……、でも好きなのは彩友なんだって言わないと!


 電話したら、着拒された……。




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