第2話 高3
「え?」
「だからね、一回別れようと思うの」
「なんで?!」
健ちゃんとの土曜日デート、ラブボに連れ込まれる前に切り出した。
「だって、私、受験生だよ?この調子で健ちゃんと付き合ってたら、J大は無理だし、やっぱりちゃんと勉強しないと、J大じゃなくても良い大学にも入れないじゃん」
「いや、彩友の学力なら大丈夫だよ。それに、何も別れなくても」
健ちゃんは珍しく慌てた様子で、私の腕を強く掴んだ。
「痛いよ、健ちゃん。別に健ちゃんが嫌いで別れるんじゃないし、大切な幼馴染なのは変わらないよ。J大に入りたいのだって、健ちゃんと同じ大学に入りたいからだし。だから、一時だけね。ほら、最初は私から付き合ってって言ったじゃん。次は健ちゃんから聞きたいな」
私はニコニコ笑って嘘をつく。
大学受かっても、健ちゃんと付き合うことはないよ。
だって、浮気するような男には触られたくないから。大好きだった分、大嫌いになったから。
でもね、もしまだ浮気してなくて、一度別れることで思い直してくれるのなら、……ほんの少し、思い直さなくもないって、健ちゃんを好きで信頼していた過去の私が、いないこともないのも事実。
「彩友、本当に俺等別れるの?」
健ちゃんが、辛そうに眉を寄せ、目尻に涙を浮かべていた。
「やだなぁ、健ちゃん。泣かないでよ。一時的なことだからさ。ね、それくらい健ちゃんのそばにいたいんだよ。今、頑張らないと。また大学でも離れ離れなんて嫌だもん」
私の女子校進学も、健ちゃんの強い薦めで決めた。共学だと心配だからって女子校を薦められて、健ちゃんの高校は偏差値も高かったし、制服もかわいかったし、何よりも恋人になってたから安心感もあって女子校に進学した。でも、やっぱり学園祭とか体育祭とか別々なのは寂しくて、大学は同じところって思ったんだった。まぁ、遊び過ぎて入れなかったけど。
「受験が終わるまで、会うのを控えるんじゃ駄目なのか」
「私、誘惑に弱いの知ってるでしょ。健ちゃんに会いたいなって、絶対に我慢できなくなるし、適当な言い訳作って、ズルズルしちゃいしうだから」
健ちゃんは、私の意思が固いことを感じ取ったのか、溜まった涙がボロボロと流れた。
泣くくらいなら、浮気なんかしなければよかったのにね。
私は、健ちゃんの顔をタオルハンカチでゴシゴシ拭くと、「じゃあね」と健ちゃんに背中を向けた。
「彩友、どこ行くの?最後に……」
健ちゃんの視線の先にはラブホ。
「塾。新しい塾に入ったんだ。しばらく、ライムもしないから」
最後に何しようってのよ。バーカ。
私は電車に乗って、新しく入った塾に向かった。
実はこの塾、私が未来で塾講師をする筈の塾で、この塾は健ちゃんの高校に近いせいか、健ちゃんの行っていたT高校生が多いのだ。
塾の受付で今日から入塾したことを告げると、教室まで受付の三科さんが案内してくれた。私が勤めていた時はもうベテランのおばさんだったが、まだ30手前くらいなのか、お洒落なお姉さんという感じだ。
「音羽さんはJ大が第一志望だっけ」
「はい、そうです」
「そっかぁ。今までは他の塾に通っていたの?」
「いえ。塾自体初めてです」
「そ……うなんだ。頑張ってね。この教室よ。だいたい似たような志望校の子が集まっているから」
三科さんの表情が引き攣っているのは理解できる。私が塾講師でも、今からで大丈夫?って思うだろうから。
でも、私がこの塾に入塾したのは、勉強もできて、高校での健ちゃんのことも調べられるから。2学年違うと接点がないかもだけど、同じ部活だったとか、兄姉が同級生だったとかあるかもしれない。何より、健ちゃんは生徒会長もやってたから、一方的に知られているとかもありそうだし。
私は教室を見回して、T高生を探した。男子に声をかけるのはちょっと怖いから、女子を捜すけれど、女子だけのグループというのがなかなかいない。
「どうしたの?見かけない顔だけど、この塾初めて?」
私がキョロキョロしていたのを、どこに座ればわからないからだと思った女子が声をかけてくれた。しかもT高生!
「うん。初めてなの。どこに座ればいいかなって。決まった席とかあるのかな?」
決まった席などないことはわかっている。
「ないよ。隣座る?」
「いいの?!」
「いいよ、こっちおいでよ。私は安藤美香、T高だよ」
「私は音羽彩友。私はS女、よろしくね」
「ウワッ!見た目も可憐なのに、名前まで可愛い」
「そんなことないよ。美香ちゃんT高なんだ。私の幼馴染も通ってたよ、T高」
美香ちゃんの隣に鞄を置いて、ごく自然に健ちゃんの話に持っていく。
「へえ、誰?知ってるかな」
「2学年上なんだけど、わかるかなぁ。川崎健一っていうの。生徒会長もやったみたいなんだけどね。部活はテニス部だったかな」
「あっ、知ってる。健一先輩の幼馴染なんだ」
最初から当たりだ。
私は内心ガッツポーズする。
「うん。母親同士が仲良くてね。中学までは学区も一緒だったから、同じ学校だったの」
健ちゃんの女性ネタが聞きたいから、あえて彼女だとは言わない。
「へぇ、私はテニス部の後輩だよ。先輩今はJ大生でしょ?モテモテなんじゃない?」
「どうかなぁ。大きくなると、そんなに頻繁には会わなくなるし、大学ネタは聞いたことないんだよね。高校ではモテた?なんか面白いネタないかな?今度会ったらからかおうかな」
からかうだけじゃすまないんだけどね。
今はまだ「シロ」でありますように……と、平静を装いながらも心臓がバクバクいっている。
「モテたモテた。でも、本気彼女はいなかったみたいよ。同じ3年生の生徒会副会長をやった美紗先輩、すっごい美人の先輩なんだけど同じテニス部で、あの人が彼女なんじゃないかって噂だったかな。同じ大学に行った筈だよ」
「美人なの?」
美香ちゃんはスマホを取り出すと、過去の写真をスクロールして出すと、健ちゃんが高3の時の部活の合宿の写真を取り出した。
「これがうちらが1年の時の3年の先輩達の写真なんだけど」
男子3人、女子4人写った写真は、全員凄く仲良さそうで、特に健ちゃんと美紗という女子は恋人の距離で写っていた。すっごい美人が健ちゃんの腕にしがみついているから、彼女が美紗先輩なんだとわかった。
しかも、ずいぶんと若くて断言はできないが、健ちゃんと一緒にいた女性に酷似していた。
「これが美紗さん?」
スマホの写真を指差すと、美香ちゃんはそうそうと頷いた。
「実はさ、合宿の時に先輩達が夜中に部室でナニしてるの見ちゃったんだ」
「エッ?!」
こんなところに証人が……。
「何……してたの?」
「うーん、私が見たのはチューだったけど、かなりガッツリしてたからあれは絶対にその後ヤッたんじゃないかな」
「H?」
「多分ね」
美香ちゃんが健ちゃんと部活がかぶったのは、2年前だけだから、そんな前から浮気を……。
私はマジマジと写真を見る。
美紗先輩は私とは全然真逆なタイプで、派手目な美人だ。健ちゃんはいつも私のこと「可愛い、可愛い」ってべた褒めしてくれているのに、実際には可愛いタイプよりも派手系が好きだったのか。
「実はさ、うちらの一つ上の先輩とも噂あったんだよね。美紗先輩とマリ先輩で健一先輩取り合ってるみたいな」
「健ちゃんモテモテだね」
「えーと、これがマリ先輩」
スマホの画面に現れたのは、これもまたパッと目を引く美人だ。もう、健ちゃんは巨乳美人好きで間違いないよね。だから、私じゃ物足りなくて浮気を……。
自分の今までの人生が馬鹿らしくなる。
小さい時から、健ちゃんの好みに合わせてきた。健ちゃんが長い黒髪が好きって言えば髪を長くして、お嬢様っぽいワンピースが好きって言えば、ジーンズとかは履かなくなった。
その年代年代で、健ちゃんがこんな女の子がいいって言うのに合わせてきた。
本当、馬鹿だ。
私は塾の帰り、背中まであったロングヘアーをばっさりショートに切った。
健ちゃんは「マックロ」だった。
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