ゴジラvsキングギドラ再論
千葉和彦
第1話
ゴジラvsキングギドラ(1991年)
東宝映画作品
製作:田中友幸
プロデューサー:富山省吾
脚本・監督:大森一樹
特技監督:川北紘一
音楽監督:伊福部昭
出演:中川安奈 豊原功補 小高恵美 原田貴和子 小林昭二 佐々木勝彦 山村聡 東銀之介 佐原健二 黒部進 西岡徳馬 土屋嘉男 チャック・ウィルソン リチャード・バーガー ロバート・スコット・フィールド
『ゴジラvsビオランテ』に続く『ゴジラvsキングギドラ』で、大森一樹監督は何を描こうとするのか?
スポーツニッポン1991年6月20日の三留まゆみ(映画評論家)のコラムを読めば、答えは明らかのようである。
――これから大森さんは『ゴジラvsキングギドラ』ですね。
大森「そう。(中略)これから3ヶ月間、手塚治虫に近づくんです(笑)」
なるほどね。『ゴジラvsキングギドラ』の主人公はライターの寺沢健一郎で、彼がタイムマシンKIDSに乗り組んで、日本兵の立て籠る1944年のラゴス島に跳ぶ話だ。
寺沢健一郎(演:豊原功補)は、手塚キャラの「ケン一くん」そのまま。手塚治虫は、『ゴジラvsビオランテ』の原案を一般公募した際の選者であったし、大森監督の『ヒポクラテスたち』に出演していることを考え合わせると、ストーリーが手塚治虫寄りになるのも当然か。
旧知の池田憲章(特撮評論家)も「きっと『キャプテンKen』の線だよ」(これもケン一くんが活躍する)と教えてくれた。
ただ……ヒロインの未来人エミー・カノー(演:中川安奈)の描き方はしっくり来ない。エミーが寺沢を色々と翻弄するところが分からないのだ。
この脚本には、川北紘一(特技監督)も必ずしも納得していない。陣中見舞いに特撮スタジオを訪ねた私に、川北は「どう思う?」と訊いている。「手塚治虫の線でしょう」(大意)と私も言葉を濁している。
エミー・カノーの存在価値が分かったのは、『ゴジラvsキングギドラ』の本興行が終わってからのことだった。
当時、私は盛岡東宝劇場の営業係だったが、会社の本棚に「ATG映画を読む」(編:佐藤忠男)が置かれていた。頁を繰っていると、ジャン=リュック・ゴダール監督作品『アルファヴィル』に行き当たった。
左利きの探偵レミー・コーション(演:エディ・コンスタンチーヌ)は、地球から9000キロ離れた星雲都市アルファヴィルに到着した。レミーの任務はフォン・ブラウン教授(演:ハワード・ヴェルノン)を捕らえるか抹殺すること、先任のアンリ・ディクソン(演:エイキム・タミロフ)の行方を探索することだった。
この都市には新聞も雑誌もなく、人々はアルファ60という電子頭脳の命令のままに動いていた。レミーの前に、教授の娘ナターシャ(演:アンナ・カリーナ)が現われた。ナターシャに案内された歓迎会では、教授主催のもとで感情を抱いた人間たちを殺す公開処刑が行なわれていた。
(中略)
レミーは、ナターシャに詩集「苦悩の首都」を渡した、「愛」や「優しさ」などの言葉を読むうち、アルファ60の洗脳が解けてきたナターシャは、自分が父親と共に外界から誘拐されてきたことを思い出す。
レミーは教授を連れ出そうとするが、教授に拒否されて射殺し、アルファ60を破壊した。レミーはナターシャと共に、自爆寸前のアルファヴィルを脱出した。ナターシャは生まれて初めてレミーに「愛する」という言葉を伝えた。 (千葉による試訳)
しまった!
『アルファヴィル』からの影響については、村上春樹(小説家)の初期作品でも触れていたし、村上の中学校の後輩である大森一樹が村上原作を映画化した『風の歌を聴け』にも色々と引用されていた!
それだけではない。池田憲章が実相寺昭雄(映画監督)に『ウルトラセブン/第四惑星の悪夢』のインタビューをするときも、『アルファヴィル』からの引用が話題になっていたのだ!
円谷プロで、実相寺からの影響で、『アルファヴィル』が引用されることも多い。脚本家名でいえば上原正三、岸田森らである。
だが、円谷プロの流れでも、川北紘一とは別の水脈だ。川北が理解できず、首をひねっていたのも無理はない。
あわてて池田にはこの発見を知らせたし、岸田森脚本の『ファイヤーマン/地球はロボットの墓場』が取り上げられている単行本を大森に送ってもいた。
岸田が実相寺に兄事していたことは言うまでもない。『地球はロボットの墓場』の作中に「宇宙に浮かぶバラ」が出てきたので、実相寺=岸田ラインの『アルファヴィル』への傾倒、あるいは、大森とのシンクロニシティ(共時性)が分かるのだ。
(ただし、実相寺昭雄には機会がなく、この関係は説明していない。岸田森はすでに1982年他界。一方、上原正三には機会があったので、関係図を示している)
それから大きく遅れて2013年には、単行本『ガンヘッド パーフェクション』の記事の形で、川北紘一には知らせてある。ただし、これには反応がなかったので、川北が驚いたか否かは分からない。
そう、『ゴジラvsキングギドラ』より先に川北が特技監督を務めた『ガンヘッド』でも、コンピュータ反乱について、同作の原田眞人監督は『アルファヴィル』や『地球爆破作戦』(ジョセフ・サージェント監督)を引用していた! 撮影時の川北は、それを知らずにいたのだ。
(『ガンヘッド パーフェクション』は、原田にも一部渡っているはずだが、これも反応はない)
私の脳内では、すでに混乱が始まっているようだ。論点を整理しよう。
1960年代~1990年代に活躍した日本の監督へのジャン=リュック・ゴダールの影響は測りしれない。怪獣・怪人映画に限ってみても、影響を受けた作品の数は膨大である。
『ゴジラvsキングギドラ』もそのうちの一編である、ただし、「ケン一くん」こと寺沢健一郎と、「アンナ・カリーナ極東版」というべきエミー・カノーとの出会いには、明らかに大森一樹の作意があった!
しかし、アンナ・カリーナとアンナ・ナカガワ……これは、一幕のジョークであったろうか。それとも、これこそシンクロニシティだろうか?
まあ、好きこのんで混乱しなくてもいいだろう。下記の作品群の中から選んで、DVDを見れば分かることだ。
爆笑してもいいし、考え込んでもいい。それが、私の選択であり、あなたの選択でもあるからだ。
* * *
《原典》
アルファヴィル 1965 フランス=イタリア合作 日本配給1970年ATG 脚本・監督/ジャン=リュック・ゴダール 出演/アンナ・カリーナ(ナターシャ役)
《引用作品》
ウルトラマン/地上破壊工作 1966 円谷プロ 脚本/佐々木守(実相寺に名義貸し) 監督/実相寺昭雄 出演/アネット・ソンファーズ(アンヌ・モーハイム役)
ウルトラセブン/第四惑星の悪夢 1968 円谷プロ 脚本/川崎高(実相寺)・上原正三 監督/実相寺昭雄 出演/愛まち子(アニー役 注:脚本では「アリー」役)
ファイヤーマン/地球はロボットの墓場 1973 円谷プロ 脚本・出演/岸田森 監督/大木淳 出演/芦川よしみ(少女役 注:粟屋芳美名義) *敵宇宙人は「バーローダー星人」注:脚本では「バローグ星人」
ウルトラマンレオ/美しいおとめ座の少女 1974 円谷プロ 脚本/奥津啓二郎 監督/前田勲 出演/松岡まり子(カロリン役) *「サーリン星人ドドル」役は天本英世
イナズマンF/さらばイナズマン ガイゼル最期の日 1974 東映 脚本/上原正三 監督/塚田正熙 出演/鳥居恵子(カレン役) *敵のラスボスはカレンの父のガイゼル総統(演:安藤三男)
ガンヘッド 1989 東宝 脚本/原田眞人、ジェームズ・バノン 監督/原田眞人 出演/水島かおり(イレヴン役)
ゴジラvsキングギドラ 1991 東宝 脚本・監督/大森一樹 出演/中川安奈(エミー・カノー役)
怪獣・怪人映画に限定すれば、これで終わりである。
『アルファヴィル』の影響を、自作への引用の形で語った、怪獣・怪人映画のメイン・スタッフは、これだけということだ。 「これだけ」というには、余りにも壮大な関係図であった!
その後、『アルファヴィル』を継いだ怪獣・怪人映画は生まれてこない。ヌーベルバーグ世代の盛衰を思えば当たり前ではあるが、すこし寂しい思いもある。
ただし、1991年に、いきなり『アルファヴィル』の続編がゴダールの手で生まれていることは見逃せない。それは『新ドイツ零年』という映画だ。ビデオ邦題は『ゴダールの新ドイツ零年/レミー・コーション最後の冒険』。
これにはアンナ・カリーナは登場しないが、エディ・コンスタンティーヌは『アルファヴィル』からちょうど25年の年月を経て、ふたたびレミー・コーションを演じている。
そしてレミーはこう言うのだ。「人生におけるドラゴンとは、我々が美しく、勇気ある者になるのを待ち望む王女である」
これを東宝流の翻訳すると、(人生におけるキングギドラとは、我々が美しく、勇気あるボディガードになるのを待ち望む王女である)――!?
『ゴジラvsキングギドラ』と同じ年に、こんな映画が製作されていたのである。
ゴジラvsキングギドラ再論 千葉和彦 @habuki_tozaki
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