第72話「疑似家族みたいなもの」

 美人医大生殺人事件はマスコミでもセンセーショナルに報じられた。犯人も、動機も不明で未来ある優秀な医大生が刺されて、そのまま息を引き取った。痴情のもつれだとか、ストーカーによる犯行だとか、いろんな憶測が飛び交う。悲劇的な事件という角度からも注目を集めて、毎日のようにテレビや週刊誌で報じられていた。

 でも、この事件の裏側には世間が考えているものとは全く別の闇が潜んでいることを、ボクは知っていた。

 最後にユミ姉ちゃんに会ってから、たった一ヶ月後に事件は起こった。彼女も予感していたのかもしれない。これが「背負う」の意味だったのか。今となっては分からない。葬儀にはマスコミも押しかけてきたから、ゆっくりとお別れはできなかったんだけど、死に顔は穏やかなものだった。殺人事件の被害者だとはとても思えない。たくさんの闇を背負って、最後は無責任に逝ってしまった。

 いつかこんな日が来てしまうような気はしていたけど、現実になるとやっぱりキツい。一緒に過ごした時間があまりにも長かったから、思い出があまりにも多すぎるんだ。その一つ一つが懐かしさじゃなくて、痛みになってボクの全身を刺す。

 ユミ姉ちゃんの葬儀から帰って、ボクは部屋の姿見に映った自分の制服姿を見る。そこには当たり前に女子高生の姿がある。でも、ボクは本物の女の子じゃない。もちろん、男の子でもない。

 ボクの中に確かに存在した男の子の部分で、ユミ姉ちゃんとヒナを好きになった。でも、二人ともボクを置いてけぼりにして、死んでしまった。きっと、ボクはもう誰も好きになれないんだと思う。性を喪ってしまったから、もう女の子も男の子も好きになれない。それは仕方ない。一生分、愛したし、愛されたんだと考えることにした。実際、人生を歪めてしまうくらいの恋だったんだ。


「ユミ姉ちゃんって、どんな人だった?」

 エミがちょっと遠慮がちに声をかけてくる。どんな言葉をかけようか、迷ってたんだと思う。とても繊細で優しい姉ちゃんだ。

「姉ちゃんが良い姉ちゃんなら、ユミ姉ちゃんは悪い姉ちゃんかな」

 実際、二人は真逆だと思う。ユミ姉ちゃんはボクの心にズカズカ入り込んできて、勝手にかき回す。エミは傍で優しく支えてくれる。

「よく分からないな。姉妹みたいに育ったって聞いたよ」

「周りからはそう見えたかもね」

「実際は違ったの?」

 ボクにとってユミ姉ちゃんって結局何だったんだろう。姉ちゃんで、好きな人で、大嫌いな人で、過去の人。説明しにくい。

「わかんない。距離が近すぎたから、関係が複雑なんだよね」

「なんか、わかるかも。私も最近、アノちゃんって自分にとってどんな存在なんだろう、ってわかんなくなることがあるんだ」

 人の関係性って難しい。

「アノ先輩と何かあった?」

「何もないんだけどさ。本当の姉妹ってわけじゃないのにこんなに近くにいてもいいのかな、ってね」

「疑似家族みたいなものなのかな」

「何それ?凜って時々難しい言葉使うよね。さすが読書家」

「私もわかんなくなっちゃった」

「凜って説明が面倒になったらとぼけるよね。悪い癖だよ」

 面倒じゃなくて、相手の深い部分に踏み込んでしまいそうになったら怯んでしまうんだ。エミとアノ先輩の関係性には、ボクはあまり深く踏み込まない方がいいと思った。二人には二人の事情があるんだ。

「面倒なんじゃなくて、遠慮だよ。二人の関係は私にはわからないんだし。無責任なことは言えないよ」

 ボクは正直に話す。そういえば、ボクとエミの関係ははっきりしてる。本当の姉妹だ。まあ、妹なのかは怪しいところだけど。

「凜は冷たいなあ。私から話振ったんだよ?話に責任取れとか言わないし」

 確かにそうだ。やっぱり、ボクはちょっと臆病すぎるみたいだ。こんな態度が時には相手を傷つけてしまうのかもしれない。

「じゃ、遠慮しないで言うと、ちょっと妬けちゃうかなあ。エミは私の姉ちゃんなのに、アノ先輩にべったりでずるい」

 それでも、ボクはちょっととぼけた返事をする。これは、ボクなりのエミへの甘え方だ。

「そういう話じゃないから!」

「でも、アノ先輩は生きてるんだから、一緒にいれるだけいたらいいと思うよ」

 いいながら、涙声になって自分で驚いた。ボクは大丈夫だって思ってたのに、やっぱり悲しいんだ。当たり前の感情に気付いてしまったら、涙が溢れる。

「ごめん!そういうつもりで話振ったんじゃないんだ。本当にごめん」

 エミはボクが申し訳なくなるくらいに慌ててる。その様子が可笑しくて、泣きながら笑ってしまう。

「大丈夫だよ。私には本当の姉ちゃんがいるから大丈夫」

 そうだ。ボクは一人じゃないから大丈夫なんだ。エミが寄り添ってくれるから、深く沈み混んでしまうこともないし、素直に泣くことだってできる。

「よし!じゃ、今日は久しぶりに一緒に寝よっか。寝落ちするまで、いろんな話しようよ。そして、これから一緒にいられなかった十三年を取り戻そう」

 ボクは頷く。声を出したらしゃっくりが出てしまいそうだ。


 結局、それから一年が過ぎてもユミ姉ちゃんを殺した犯人は捕まっていない。手がかりは唯一の目撃証言。犯人は若い女らしい。それ以上は何も分かっていない。きっと、このまま迷宮入りするんだろう。

 だって、多分犯人は女じゃないんだろうから。

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