第71話「あの頃には戻れない」

 母はやっぱりボクにいろんなことを隠している。誰にだって秘密はあっていいんだけど、何のために隠しているのかわからないことが次から次へと明らかになるから怖いんだ。

「変な話なんだけどね。私自身も凜ちゃんを女の子にしたいって思ってた。だから、どっちみちお母さんに話を持ちかけられなくても、同じ事をしてたんじゃないかな」

 それはそれでどうなんだと思うけど、そこはもうどうでもいい。

「ママに何て言われたの?」

「ストレートに、凜ちゃんを女の子にしたいから手伝って欲しい、って」

「理由は?」

「男の子のまま成長したら、あの人みたいになるから、とだけ」

 あの人は、間違いなくボクの父親のことだ。とりあえず、母はユミ姉ちゃんと同じようにボクを女の子にしたいと考えていた。

 息子が娘だったらよかったのに、娘が息子だったらよかったのに、その程度の願望を持つ親は少なくないと思う。でも、普通は願望で終わる。本当に性別を変えてしまおうだなんて、普通の親は考えない。でも、ボクの母は違ったらしい。

「最初から二人がかりだったら、ボクが逆らったってどうせ無駄だったんだね」

 母がいつからボクを女の子にしたいって考えていたのかはわからないけど、ボクの運命はもう決まっていたんだろう。ボクの知らないところで。

「これは言っちゃいけない気がしてたから、ずっと伏せてた。ごめん」

「じゃ、なんで今になって言ったの?」

 タイミング的に、すごく今さらな気がした。もう、ボクが女の子になってから四年だ。小学生の男の子だったのに、女子高生になってしまった。

「罪悪感かな。あと、凜ちゃんが高校生になったから。さすがに、もう母親に依存しきってるって歳でもないから、大丈夫かな、って」

「言えてすっきりしたなら、いいと思うよ。ボクは前からママには不信感持ってたから、そんなに驚くことでもないし」

 母との関係は良くも悪くもない。誰がどう見たって普通の親子だ。

「お父さんとは離婚したんだったよね?親子二人なのに不信感か。キツいんじゃない?」

「あ、今は三人で暮らしてる」

「は?離婚してないの?」

「離婚したし、とっくに追い出したよ」

「じゃ、なんで三人?」

「姉ちゃんも一緒に暮らしてる」

 ユミ姉ちゃんは目を丸くして驚いた。そういえば、彼女はエミの名前しか知らないんだった。

「姉ちゃんってさ、もしかしてエミ?」

「よく覚えてたね。そうだよ。いろいろあって、なんかママが引き取ることになったんだ」

 ややこしい説明は省略した。話したってしょうがないし。

「本当、私がいない間にいろいろあったんだ。姉ちゃんとはうまくやれてる?」

「優しい姉ちゃんだよ。ボクが泣いてたら頭を撫でてくれるし」

 ちょっと余計なことを言ったような気がしたけど、まあいい。

「それは妬けちゃうね。凜ちゃんのお姉ちゃんは私だったはずなのに」

「確かに、姉ちゃんだったかもね」

「やっぱり過去形か」

「ユミ姉ちゃんこそ、過去形にしちゃってるでしょ」

 ボク達はお互いを過去の存在として認識しているから、今、こうして普通に話ができているのかもしれない。そういう意味では、今日になって、ボクはやっとユミ姉ちゃんを克服することができたんだ。

「寂しいけど、仕方ないね。もう、あの頃には戻れないってことだね」

 前を向いてないと生きられないんだから、戻りたいだなんて思わない。

「そういうことだね。ユミ姉ちゃんも、あんまり無茶なことやらないようにね」

「心配してくれてる?」

 彼女がイタズラっぽく笑う。少し懐かしいやりとりだ。

「これ以上、被害者が出ないようにね」

「釣れないな。私はどうなるかわかんないかな。でも、凜ちゃんには迷惑かけないから安心して。そういえば、マコトはどうしてる?」

 一瞬誰のことだか分からなかった。そう言えば、メイは武田のことをマコトって呼んでるのかな?あの二人は高校生になってもしっかりバカップルを継続中だ。

「武田なら、普通に男の子してるよ。うちのドラムの彼氏だし」

「残念」

 やっぱり、ユミ姉ちゃんの根本的な思考は悪魔的だ。そして、その先に待っているのは破滅だ。彼女だって、わかってるはずだ。

「後悔とか反省とかないんだね。一人死んじゃってるんでしょ?」

「そうだね。私が反省できる人間だったら、もうこんなことしてないよ。私の人生、多分終わっちゃってるよ。でも、全部自分でやったことだから、背負って行くつもり」

 人生をめちゃくちゃにして、それを背負えるなんて本気で思ってるんだろうか?無茶苦茶な話だ。まあ、ボクの件に関しては全部彼女が悪いわけじゃない。母が主犯だったんだけど。でも、ボクを実際に女の子にしたっていう経験がなかったら、彼女はここまで歪まなかったのかもしれない。

 そしたら、ボクにだって責任があるってことになる。あまりにも理不尽だけど。

「そんなもん背負ってたら潰れちゃうよ。やめちゃいなよ。ボクに言えるのはこれだけ」

 ボクはそんなもの背負いたくない。彼女だってそれを分かってるからボクに吐き出しに来たんだ。迷惑な話。

 なんか、ユミ姉ちゃんは投げ遣りになってる。そういえば、メンヘラ気質だっけ。なんか、悲しくなった。ボクがはじめて好きになった人なのにな。


 ヒナ。初恋が君だったらよかったのにな。そしたら、ボクは理不尽な罪を背負わされることなんてなかったのに。

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