第69話「世界一大切な人」
夏休みのバンド練習はそれぞれのスキルアップとアンサンブルの強化に徹した。そんな中で、ボクは一曲だけ新曲を書いた。ちょっと恥ずかしいんだけど、ヒナへのラブソングだ。彼女に聴いて欲しかったけど、多分本人を目の前にしたら照れくさくて歌えないと思う。
「恋愛に無関心なくせにラブソングなんて書くんだ?」
ミサトの反応があまりにも予想通りすぎて、思わず笑ってしまう。
「いい曲だと思うよ!マリン、やっぱり好きな人できたんじゃない?恋してなきゃこんなの歌えないでしょ」
「え~!マリンまで彼氏作ったら、独り身は私だけになっちゃうじゃん。マジで好きな人ができたの?」
ボクは答えに困ってしまう。
「好きな人は、いたよ」
「なんで過去形?」
ミサトはこういう話題になるとすぐに食いついてくる。
「それは秘密。おしゃべりは終わりね。さっさと練習するよ。もうすぐ夏休みも終わっちゃうんだから」
夏休みはあっという間に過ぎていく。まだまだ暑いのに。
「いや、今日はもう練習打ち切りだよ!」
ミサトは勝手にボクのアンプまで電源を落とし始める。メイもそれに従うように片付けをはじめた。
「ちょっと!まだ一時間もやってないじゃん!新曲、もっと練習しなきゃ!」
「いいから、マリンもさっさと片付けなよ」
二人はやたらと強引だ。ボクも仕方なく片付ける。
「二人ともなんか変だよ?」
ミサトとメイはわざとらしくボクを無視する。
「片付けたら行くよ!」
「行くってどこに?」
「マリンの家」
「は?なんで私の家なの?」
二人が考えていることがまるでわからない。
結局、ボクは二人に連行されるみたいに自分の家に帰る。何を訊いたって答えてくれないから、ボクは諦めるしかなかった。
そして、家についたら同じく練習中のはずのエミとアノ先輩まで顔を揃えている。
リビングのテーブルには大きなケーキ。ここでようやく察した。
「誕生日おめでとう」
そっか、今日はボクの誕生日だったんだ。ぜんぜん意識していなかったから、ボクは反応に困ってしまった。
「びっくりした」
我ながら薄くてつまらないリアクションだ。
「いや、リアクション薄いって!」
ミサトの突っ込みがあまりにも的確すぎる。
「ごめん。誕生日だって忘れてたから」
自分の誕生日を覚えてないわけじゃないけど、今日が八月十七日だってことを意識してなかった。
「いや、いくら凜が抜けてるって言っても自分の誕生日忘れるなんてある?私の誕生日はしっかりケーキ買ってきてくれたくせに」
確かに先月のエミの誕生日には学校の近くのケーキ屋さんで買ってきた。
「そうだよ。マリンって結構しっかり私達の誕生日祝ってくれるのに、自分が祝ってもらえないって思ってたの?そんな薄情者じゃないから」
そういえば、ボクは結構人の誕生日はちゃんと祝ってきた。小学生の頃、友達がいなかったから、そんな関係に憧れを持ってたのかもしれない。友達なんかいらない、なんて思ってた時期もあったけど、本当は飢えてたんだ。
「いや、祝ってもらったこと全然なかったからさ」
「あ、そっか!夏休みだもんね。休みの間に誕生日を迎える子は損だなあ」
アノ先輩はポジティブにフォローするのがうまい。さすが、みんなの姉貴分だ。
「ほら、主役なんだから突っ立ってないで座りなよ」
「みんな、ありがとう」
素直な言葉で答えた。正直、ちょっと感激していた。不意打ちは本当によく効く。
みんなで楽しい時間を過ごしながら、ボクはヒナとのやりとりを思い出してしまった。
「今年こそは君の誕生日をお祝いするんだ。君と過ごすはじめての夏休みの一番のお楽しみ」
「まだ一月だよ。それに、夏休みにはもっと楽しいことがいっぱいあるよ」
「誕生日って、特別な日だもん。そんな日に君を独占しちゃうんだ」
「でもその前にヒナの誕生日も来るでしょ。六月二十日だよね」
「じゃ、私の誕生日も君に独占させてあげるよ」
「それは楽しみ」
これも果たせなかった約束。
せっかくみんなが祝ってくれてるのに、ヒナのことばかり考えていたら失礼だ。悲しさや、寂しさに引きずられそうな気持ちを持ち上げる。このくらいのコントロールはできるようになったんだ。
「凜、そういえば手紙届いてたよ。バースデーカードか何かじゃない?」
エミに手紙を渡されてドキッとした。また、ピンクのラブレターみたいな封筒。ヒナだ。手が震えた。できるだけ気持ちを落ち着かせて封筒を開けると、メッセージの書かれたハガキサイズのカードが入っている。
愛しい君へ
誕生日おめでとう。この特別な日を私が独占できなかったのは残念だな。
君が寂しくないように、毎年誕生日はお祝いするから。何年分書けるかな。
じゃ、また来年。
愛してる。
君のヒナより
ヒナは絶対に約束を守る。どこまでも前を向いて、最期まで未来のことを考えていた。それなのに、ボクは振り返ってばかりだ。
もう泣きたくないのに、また涙が零れそうになる。
「凜、泣いてる?そんな感動的なバースデーカードだったの?」
「うん。世界一素敵なハッピバースデー」
「誰から?」
「世界一大切な人」
「じゃ、もう泣いちゃだめだよ」
エミは言いながら私の頭を撫でてくれた。姉ちゃんの手の平はとても暖かい。
「何姉妹でいちゃついてんの?私も混ぜろ!」
ミサトが割り込んでくる。ボクはそっとカードを封筒に戻してポケットにしまった。ボクは悲しくて、寂しくて沈んでいたから気付かなかった。こんなにもたくさんの優しさに包まれていたのに。
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