第37話「デートのお誘いかもだよ」

 本気でLサイズピザを三枚注文しようとするミサトをなんとか止めて、Mサイズを二枚とチキンに留めた。ボクはそれでも多いと思ったけど。

 それぞれシャワーを浴びてから、買ったばかりのおそろいのルームウェアに着替えた。このノリも女子っぽくて楽しい。ミサトが散らかした部屋を少し整理していると、デリバリーのピザが届いた。パジャマパーティの準備は万端だ。


 それにしても、完全にミサトはボクの部屋でくつろいでいる。だから、ボクも緊張感がなくなってくる。

「ドラム探さなきゃ」

 ピザのチーズをわざと伸ばして遊ばせながらミサトは嬉しそうだ。

「部内でもドラマーって少ないよね。人気ないのかな?」

「家で練習できないからね。仕方ないよ」

「だいたい、一年生私達だけだもんね。もう少し増えてくれればドラムやってくれる人も見つかりそうなんだけど」

 相変わらず軽音部の一年生はボクとミサトだけだ。すでにほとんどの子がどこかの部活に入っているのでこれから増えることはあまり期待できないと思う。

「学校外でドラム探すのもありだよね」

 学外でバンドを組んでいる先輩もいた。当然、学校の音楽室は使えないけど、メンバー探しの選択肢は広がる。

「楽器屋さんの掲示板にチラシ貼ってみる?」

「それもいいかもね」

 ボクもピザを一枚手に取る。クリスピータイプの薄い生地にチーズとホワイトソース、イカや海老がたっぷり乗ったシーフードピザだ。

「どっちにしてもまだまだ練習しなきゃね」

 別に焦る必要もない。

「で、武田との進展は?」

 ミサトは話題をコロコロ変えてくる。今度はお得意の恋バナだ。

「バンドの話じゃないの?」

「お泊まりと言えば恋バナは欠かせないでしょ?」

「いつも言ってるけど、進展とかないから」

 毎日のように繰り返すやりとりだ。当然、進展なんてあるわけない。

「なんだ。つまんないな。でも、LINEはしてるんでしょ?」

「毎日来るけど。そんな色っぽい会話にはならないから」

「会話ってことはちゃんと返事してるんじゃん。こりゃ、脈ありだね」

 ミサトは勝手に話を進めたがる。多分、面白がってるだけなんだろうけど。そんな話をしていたら、LINEが来た。凄いタイミングって思ったけど、いつの間にか七時を過ぎていた。武田からLINEが来るのはだいたいこの時間だ。

「お。噂をしてたら来たじゃん。武田からでしょ?」

 スマホの着信音にめざとく反応するミサト。

「多分ね」

「画面見なくてもわかるんだ~!愛の力って偉大だねえ」

「だからそんなんじゃないってば」

「早く読んでよ!」

「どうせくだらない話だよ。女子会の邪魔をしないで欲しいなあ」

「お邪魔なのは私だったりして」

「あんまりからかわないでよ」

 ミサトを軽く睨んだけど、別に怒ってるわけじゃない。ミサトもそれがわかっているから全然怯まない。

「デートのお誘いかもだよ」

 ミサトに促されメッセージを確認すると、本当にお誘いで驚いた。デートではないけど、サッカー部の試合だ。新人戦だから武田も出してもらえるらしい。

「サッカー部の試合を見に来いってさ。面倒だから行かないけど」

「ええ。行ってあげなよ!」

 ボクは身体を動かすのが嫌いなだけじゃなくて、スポーツ観戦にも全然興味がなかった。クラスメイトだからってわざわざ応援に行ってあげる義理もない。いや、義理ならちょっとあった。奇声をあげながらボク達を助けてくれた日のことを思い出す。

「ミサトが一緒なら行ってもいいよ」

「わざわざお邪魔虫を連れて行かなくてもいいでしょ」

「じゃ、行かないって返事するね」

「待ちなって!武田かわいそうじゃん!私も一緒に行くからさ!」

 ミサトがなんか必死で、ボクは思わず笑ってしまう。おもしろがってるのか、本当に応援してくれてるのかわからなくなってくる。

「わかったよ。ミサトと一緒に行くって返事する」

 中学生になってから、何かとイベントが多い。

「なんだかんだ、私もちょっと楽しみ。男子の応援に行くってちょっとドキドキしない?」

 唐突にユミ姉ちゃんの言葉を思い出す。男の子に抱かれて欲しい。これだけ普通に女の子をしてると、それが当たり前な気すらしてくる。

「別に、ドキドキはしないかな」

「マリンは素直じゃないなあ」

 確かに、素直じゃないかもしれない。ミサトが変なことを言うから、ボクまでちょっとドキドキしてしまう。

 自分を誤魔化すように、今度は照り焼きチキンの乗ったピザを手に取った。それに釣られるみたいに、ミサトはシーフードピザに手を伸ばして会話が途切れる。

「やっぱり頼みすぎだよね。絶対余っちゃうよ」

 それぞれ2ピースしか減っていないMサイズのピザが二枚。それなのに、ボクのお腹は結構満たされていた。

「マリンは情けないなあ。私はまだまだ全然食べるから大丈夫。足りなかったら追加で注文するし」

 ミサトはちょっとムキになってるみたいだ。

 結局、ピザは半分以上残って、翌日に温め直して食べることになった。食べるよりもおしゃべりに夢中になってしまったせいだ。本当に、ミサトはよく喋る。ボクもそれに釣られて夜遅くまでガールズトークを楽しんだ。

 平和に夜が更けていく。ユミ姉ちゃんと過ごす夜とはまるで違って、甘酸っぱくて、心地よい眠気に微睡む夜。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る