第36話「色っぽい目で見てたね」
楽器屋さんでの買い物を終えて、カフェでランチ。その後、買い物。お泊まりに浮かれたボク達はお揃いのルームウェアを買った。あっという間に夕方近くになってしまった。
「そう言えば、お泊まりって言っても着替えとかないよね?」
「大丈夫!着替えないから」
「ええ。結構汗かいちゃったじゃん。汚い子だなあ」
「嘘だよ。もうちょっとしたらママが駅前まで持ってきてくれるってさ」
ミサトはお調子者のようで、本質的にはしっかりしたタイプ。いろんなことをしっかりと考えて行動する。どちらかというと、ボクの方が突発的で、物事を深く考えずに行動するようなところがある。あと、流されやすい。その結果が今のボクなんだけど。
「ミサトって意外としっかり者だよね」
「意外って何よ。私はどう見たってしっかり者でしょ」
「そうは見えないから意外なんだよ」
気軽に軽口を叩ける関係性が心地いい。ボクが理想としていた楽しい学校生活が実現できているのは間違いなくミサトのお陰だ。こんな会話をしながらも、ボクは彼女にちゃんと感謝していた。
「あ、ベースも持ってきてもらわなきゃ。一日練習をサボったら取り返すのに一週間かかるって剣崎先輩が言ってたし」
「うちで今日買ったエフェクター試そうなんて思わないでね。住宅街なんだから」
「近所迷惑になっちゃったらこれからマリンの家行きにくくなっちゃうもんね。夏休みは一杯遊びに行くつもりだから」
「一杯って。別にいいけど」
「来てほしいんでしょ?夏休み、私に会えなかったら寂しくて泣いちゃう?」
正直、ミサトと一緒にいるのが当たり前になっていたので、夏休みはちょっと寂しくなるかも、なんて考えていた。
「泣くことはなくても、ちょっと寂しいかもね」
「素直でよろしい」
五時を過ぎたころ、ミサトのお母さんが車で荷物を持ってやってきた。そして、そのままうちまで送ってくれた。
「うちの子と仲良くしてくれてありがとうね。この子、家でも毎日マリンちゃんの話ばっかりしてるのよ」
お母さんはミサトと一緒でよく喋る。車の中はずっと賑やかだった。
ボクの部屋に入ると、ミサトはすぐに荷物を広げ始める。全然遠慮がない。母の帰りが遅いと知って、完全にリラックスモードだ。
「マリンの部屋って結構シンプルなんだね。あんまり物がない。ミニマリストって奴?」
男の子の頃に使っていたものをほとんど捨ててしまったから、ボクの部屋は少し寂しい。
「物が多いと部屋が狭くなっちゃうじゃん」
「私はいろんな物に囲まれてた方が落ち着くかな。散らかってる方が落ち着くって言うかさ」
「だからって私の部屋まで散らかさないでよね」
「もう遅いよ」
ミサトは笑いながらどんどん荷物を広げて、ベースまで取り出してしまった。あっという間にボクの部屋は物で溢れる。
「お菓子もいっぱいあるよ」
着替えだけにしては随分と大きいと思っていたら、カバンの中からたくさんのお菓子が出てきた。
「ママに買っといてって頼んでたから。パジャマパーティにはお菓子も必須でしょ?」
「その前に晩ご飯食べなきゃ。何食べたい?」
「そりゃ、お泊まりって言ったらピザでしょ!ちゃんとママからお小遣いもらったから私が奢ってあげよう!Lサイズ三枚くらい行けるよ!」
「そんなに食べれないでしょ」
「マリンって小食だよね。お弁当も小さいし。ちょっと痩せ過ぎだからもっと食べなよ」
「ロックスターって痩せてる人多いじゃん」
別に痩せようと思ってるわけじゃなくて、もともと小食だ。好き嫌いはないけど、特別に好きな食べ物もなかったし。
「ロックスターって。なんか表現が古いなあ。でもバンドやってる人って痩せてる人多いよね。先輩達もみんな細いし。私もダイエットしようかな」
ミサトは別に全然太ってなんかない。むしろ、どちらかというと痩せてる方だ。
「ダイエットなんかしちゃだめだよ。女の子はちょっと丸いくらいがかわいいんだし」
「そんなこと言って、私だけ太らせる気でしょ!あ!私を引き立て役にしておいしい所かっさらっちゃう気でしょ!ひどい!」
「何よそれ」
二人で笑い合ってると、いきなりの来客。ユミ姉ちゃんだった。
「あ、お友達?来てたんだ?」
ユミ姉ちゃんは当たり前のように入ってくるので、ボクはちょっと慌てた。
「同じクラスで、部活も一緒のミサト。今日はパジャマパーティしてお泊まりなんだ」
「この人は幼馴染のユミ姉ちゃんだよ」
双方を急いで紹介する。ボクはちょっと早口になってしまった。
「凜ちゃんがお友達連れて来るなんて、ユミ姉ちゃん嬉しいよ」
妙にハイテンションでおどけて見せる。
「あ、急にお邪魔しちゃってすいません!」
ミサトもちょっと慌てていた。そりゃそうだ。友達の家にお泊まりでリラックスしてたらいきなりハイテンションな知らない人が入ってきたんだ。
「いやいや、お邪魔したのは私の方だよ。驚かせてごめんね!じゃ、帰るね!」
それだけ言うと、ユミ姉ちゃんはすぐに帰って行った。
「びっくりしたよね。隣の家に住んでて、家族ぐるみの付き合いだから、よくいきなり家に来るんだよね」
「キレイな人だね。マリンと並んだら美人姉妹みたいだった!」
そういえば、子供の頃はよく姉弟と間違えられた。今は姉妹に見えるのか。少なくとも恋人には見えないだろう。
「そうかな?全然似てるわけじゃないんだけどね」
「でもさ、あの人、マリンのことをちょっと色っぽい目で見てたね」
ドキッとする。
「どういうこと?」
できるだけ冷静な声を作る。
「わかんないけど、マリンが男も女も魅了しちゃういい女ってことじゃない?イケメンでもあるし」
ミサトはしっかりもので、鋭いところがある。ユミ姉ちゃんが早めに退散してくれて助かったかもしれない。
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