第35話「一日中デートしよう」

 六月の終わり頃から、アノ先輩のバンドにサイドギターとして加わって練習するようになった。ギターは一人で弾いていても楽しいけど、バンドで音を合わせるようになるともっと楽しい。まだまだミスも多かったけど、バンドアンサンブルの中でボクのギターもしっかりと役割を果たしている。元々アノ先輩のバンドはギターボーカル、ベース、ドラムのスリーピースバンドだった。そこにボクのギターが加わって厚みが増す。

「マリン、どんどん巧くなってくね」

 いつの間にかミサトに釣られるようにようにクラスでも部活内でもマリンと呼ばれるようになっていた。そう言えば、あだ名で呼ばれるのってはじめてかもしれない。ちょっとくすぐったくて、でも嬉しい。

「アノ先輩のお陰です」

「私も早くバンドで音鳴らしたいよ」

 ミサトが大げさに頬を膨らませる。

「じゃ、次、俺の代わりに弾く?」

 と、剣崎先輩。

「いえ、まだ自信ないです……」

 なんだかんだで、ミサトと剣崎先輩の距離が近くなってて、見てるだけでちょっと甘酸っぱい。

「かなり弾けるようになってると思うんだけどな。俺の指導がいいお陰で」

「自分で言うな」

 アノ先輩と剣崎先輩はもっと距離が近い。そう言えば、この二人はずっと一緒にバンドを組んでるみたいだけど、二人はどんな関係なんだろう。ミサトも同じことを考えているみたいで、ちょっと複雑な顔だ。

 恋愛って難しい。運命の相手が最初から決まっていれば悩むことなんてないのに。

 ボクの運命の人って誰なんだろう。そもそも、男なんだろうか、女なんだろうか。そんなことを考えていると、ユミ姉ちゃんが言ってたことを思い出す。

 ボクが男に抱かれる。やっぱり、すぐに受け入れることなんてできない。でも、絶対にないとも言い切れないボクがいた。ユミ姉ちゃんが言う通り、ボクが男の子を好きになる日がくるのかもしれない。

「今日はこの辺にしとこっか」

 練習は毎日、六時半くらいに終わる。時間にして練習時間は二時間から三時間くらいだ。

 アンプのボリュームを落として、電源を切る。ケーブル類をまとめて、ギターをギグバッグにしまう。一連の片付けも前よりずっとスムーズでちょっとさまになってる気がする。ボクも一人前のバンドマンだ。

「お先に失礼します!」

 ミサトと一緒に部室から出ると、まだ窓の外は明るかった。防音の関係で部室には窓がない。だから、部屋を出るとちょっと変な感覚になる。映画館を出た時みたいな、ちょっと時間感覚がおかしくなる感じ。ボクはこの感覚が結構好きだ。

「明日、ヒマ?」

「ヒマだけど、どうした?」

 明日は土曜日だ。特に予定はなかった。

「剣崎先輩が使ってるエフェクターってやつ欲しくてさ。買いに行くから付き合ってよ」

 エフェクターは、ギターやベースの音を変化させる機材のひとつだ。人によっては足元にズラりと並べてる。

「おお。ミサトもすっかりバンドにハマっちゃったんだね」

「やってみたら楽しいもんだよね。でも、マリンに置いてかれそうだから私もがんばらないと!」

「機材買ったからってうまくなるわけじゃないよ」

「そんなの知ってるけどさ!でも、形から入るのもありじゃん」

 ミサトは案外努力家だ。まだベースをはじめて三ヶ月も経ってないのに、簡単な曲なら弾けるようになっていた。

「私も楽器屋さん行きたかったし、いいよ!」

「やった!そしたら、十時に待ち合わせしよ。遅刻しないでね」

「ミサトじゃあるまいし」

 ミサトはいつも遅刻ギリギリで教室に滑り込んでくるタイプだ。それでも、遅刻はしないのが不思議だ。狙ってるみたいに時間ぴったりにやってくる。

 そういえば、こんなに毎日一緒にいるのに休みの日にミサトと会うのははじめてだ。どんな服を着ていこうかな。デートみたいでちょっとドキドキした。


 まだ梅雨は明けてないはずなんだけど、天気のいい土曜日の朝だ。服装はちょっと悩んだけど、大きめサイズのシャツに緩めのシルエットのスカート。楽器屋さんに行くだけなのに気合いを入れすぎるのも変な感じだ。気楽に行こう。

 ミサトは待ち合わせ時間ギリギリにやってきた。ロンTにチェックのパンツスタイル。私服は案外ボーイッシュだ。

「やっぱりミサトが遅刻ギリギリじゃん」

「でも遅刻はしてないし」

 いつもと大して変わらないノリの会話なのに、お互いに私服なのがちょっと新鮮だ。

「マリンって私服フワフワ系なんだ!本当、あざとい子だなあ。武田が見たら大喜びしちゃうよ」

「ミサトはボーイッシュなんだね。ちょっと意外」

「バンドマンっぽい感じをイメージしてみました」

 ちょっと格好つけてポーズを取るミサト。頭の中でそのままベースを持たせていると案外サマになっている。

「たしかにっぽいかも!かっこいいじゃん!」

「でしょ?」


 楽器店は駅からちょっと歩いたところにある。このあたりじゃ一番大きなお店で、品揃えも結構充実していた。ミサトのお目当てのベース用エフェクターも充実している。とはいえ、ボクもミサトもまだまだ初心者で何を買えばいいのかわからない。売り場で迷っていると、店員さんに声をかけられたので、素直に目的と予算を伝えた。ちょっと怖そうな店員さんだったけど、話してみると優しくて、すごく親切だった。

 スムーズにお目当てのものを買い終えて、店を出ようとするとたくさんの紙が貼られた掲示板が目に止まる。バンドメンバー募集用の掲示板だった。

「うわ!めっちゃバンドのメンバー募集してるよ!」

 ミサトはハイテンションで声が大きい。

「そうだね」

この楽器店はリハーサルスタジオも併設していて、バンドマンの利用者が多い。メンバー募集をするにはぴったりな場所なのかもしれない。

「マリンはアノ先輩のバンドに入るんでしょ?私もここでメンバー募集しようかな」

「え?何言ってんの?私はミサトとバンド組む気なんだけど」

 ミサトの言葉にちょっと驚いた。ボクはアノ先輩のバンドに加わってはいるけど、メンバーになるつもりはない。あくまでミサトと一緒にバンドをするつもりだ。

「本当!?やった!私、てっきりマリンに置いてけぼりにされちゃったもんだと思って焦ってたんだよ」

 言いながら抱きついてきた。大げさな子だ。悪い気分じゃないけど、恥ずかしい。

「ちょっとはしゃぎすぎだって」

 言いながら、ボクの心もちょっと浮かれてはしゃいでいた。

「なんか、楽しくなっちゃった。今日は、このまま一日中デートしよ!」

「じゃ、そのままうちに帰ってお泊まりしちゃう?まだ夏休みじゃないけど」

 自然とそんな言葉が出てくる。楽しくなって、この時間がずっと続けばいいのに、なんて思っていた。

「マジ?いいの?さっそくママに電話しちゃお」

 二人で浮かれてる。たまには、そんな日もあっていい。

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