第34話「男に抱かれてみてよ」
ユミ姉ちゃんは大真面目にとんでもないことを言い出す。ボクは散々流されて、飲み込まれて何もかもを変えられてしまった。
「女の子はね、男の子に抱かれて本当の女に目覚めるの。だから、凜ちゃんはまだ目覚める前なのよ」
「ちょっと、言ってる意味がわからない」
彼女が突拍子もないことを言い出すのは今にはじまったわけじゃない。
「私、ちゃんと凜ちゃんに女になってもらいたいんだ。そしたら、もっと愛せると思うの」
「ユミ姉ちゃん、ちょっと怖いよ」
「凜ちゃん、男として私とヤったことあるじゃん」
なんか、遠い昔の話みたいだ。でも、もう感覚は覚えていなくて、昔見た夢を思い出しているみたい。
「同じ様にね、凜ちゃんも男の人を受け入れなきゃいけないんだよ」
ゾクッとした。
「冗談だよね?」
「本気だよ」
即答だった。ユミ姉ちゃんはどんなとんでもない話も本気で言ってくる。なんとなく、ボクはユミ姉ちゃんに言われるままに男の子に抱かれることになるんだ、という気持ちになってしまう。
「凜ちゃんはもう男の子を受け入れることができる身体なんだよ」
言いながらボクに触れる。ボクは恥ずかしくて目を逸らした。
「ほら、その反応もいいね。男の子もドキドキしちゃうよ。そのまま押し倒されちゃうかもしれない」
男の子がボクに覆い被さる。男の子が、ボクに迫ってくる。ボクは逆らうことを諦めるしかない。女の子の力じゃ勝てないし、不思議と抵抗するための力が沸いてこない。
「凜ちゃんも、ドキドキしちゃってるかもしれない。凜ちゃんの中の女の子が本能的に男の子を求めちゃうんだ」
身体が重なる。男の子がボクの中に入ってくる。ボクは何も考えられなくなって、切ない声をあげる。それが当たり前で、とても自然なことにように思えてしまう。
「凜ちゃんも気持ちよくなっちゃう。声も抑えられなくなる。男の子を感じて、悦んじゃうの。凜ちゃんは淫らでエッチな女の子になるの」
男の子と愛し合う。正直、何度か妄想はした。ボクはユミ姉ちゃんに導かれるみたいに、今までよりももっとリアルにイメージして、すごくドキドキしていた。
「ユミ姉ちゃんはボクをどうしたいの?女の子しか愛せないからボクを女の子にしたんでしょ?愛してくれるんでしょ?それなのに男に抱かれろって矛盾してるよ」
「矛盾してるのは自分でもわかってるよ」
「だったらそんなこと言わないでよ。ボク、ユミ姉ちゃんのためにがんばったんだよ」
自分の感情も矛盾している。もしもボクが男の子に抱かれて、好きになっちゃったら、もう女の子は好きになれないかもしれない。
ユミ姉ちゃんから気持ちが離れてしまうかもしれない。だったら、どうしてボクは女の子になったのかわからなくなる。
女の子になったこと自体に後悔はないし、嫌でもない。前よりもずっと明るくなったし、友達もできた。何よりもボクはかわいい女の子になった自分のことが好きだ。
「凜ちゃんが女の子になったから、男を知った上で、それでも女の私を選んでくれるのか知りたい」
「ユミ姉ちゃんを選ぶに決まってるよ」
「だったら、試してよ。凜ちゃんがちゃんと女の子として男を知ってみてよ。本来、女の子が女を好きになるのはイレギュラーなんだから。凜ちゃんが女の子として正しく成長するんだったら、男を好きになる方がずっと自然なことなの」
自然なこと。ボクが女の子になったことは自然なことなんだろうか。身体に女性ホルモンを投与して、手術して無理矢理作り替えた。多分、自然なんかじゃない。
「決め付けないでよ。ボクは男を好きになったりしない」
ボクは自分がわからなくなっていて、ちょっとムキになった。ユミ姉ちゃんの言葉で、より一層自分が男の子を好きになる可能性のことを考えてしまったからだ。でも、これをちゃんと否定しないと何もかもダメになってしまう気がした。だから、ボクは強く否定する。
「一回だけでいいからさ。そしたら、私はもう不安になったりしないから。凜ちゃんが男のところに行ったりしないって信じるから」
「一回だけって言われても、ボク困るよ。そんな簡単なことじゃないし」
そうだ。だいたい男に抱かれるなんて、ボク一人でできることじゃない。相手がいないと成立しない話だ。一回だけ抱いてよ、なんて言っちゃったらとんでもない変態みたいだ。
「だからね、この夏休みで男の子を誘惑するの。クラスメイトにもいるんじゃない?凜ちゃんのこと意識してる男の子。こんなにかわいいんだから、絶対一人はいるよね」
武田の顔が思い浮かんだけど、すぐに否定する。
「そんな子いないよ」
「凜ちゃんがその気になったら、男の子の一人や二人、簡単だよ」
簡単なわけがない。
「その気になれないんだけど」
どんどんユミ姉ちゃんのペースに乗せられていく。いつも自分をコントロールさせてくれない。
「この夏休み、凜ちゃんが本当の女の子になるための最後の課題だよ。一昨年、男の子を捨てて、去年女の子の身体を作った。そして、今年、男を知って本当の女の子になるんだよ」
ユミ姉ちゃんが怖い。そして、流されそうな自分も怖い。ここで、抵抗しなきゃいけない。ボクは震えていた。涙も出てきた。
「凜ちゃん、怖がらなくても大丈夫だよ。ここまでがんばれたんだから、あと少しだけ、がんばろうよ。そしたら、私が一生凜ちゃんを守ってあげるから」
ボクはもう、自分が何を怖がっているのかもわからなくなって、ユミ姉ちゃんの胸に顔を埋めて声をあげて泣いた。
自分が壊れていく。でも、本当はもっと、ずっと前から壊されていたんだけど。
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