第32話「私の性癖壊れちゃいそう」

 ちょっといろんなことがあって、疲れたのではじめてボク達は部活をサボった。一応、アノ先輩に連絡はしたけど。武田はそのままサッカー部の練習に行ったみたいだ。

「ミサト、本当に大丈夫?」

 考えてみれば、ボクだって本格的ないじめに遭遇したのははじめてのことだった。これまで、人を遠ざけて、存在感を消すように生きてきたから、狙われることすらなかったんだと思う。女の子のボクは良くも悪くも、ちょっとだけ目立つ存在らしい。

「ごめん。多分、私が原因だと思う」

「ん?何がよ?」

「武田がマリン狙ってるんじゃないかって話、他の子にも話してたから。多分、それがあの女に伝わったんだと思う」

「ミサトはおしゃべりだからね」

 ミサトは本当におしゃべりだ。でも、責める気にはならない。彼女には悪意なんて全然ない。ただ恋バナが好きな女の子だから。

「怒ってる?」

「全然。だいたい逆恨みでしょ。でも、あいつこれで完全に武田に嫌われちゃったね。ざまあみろって感じでスカッとした」

「それは確かに!でも、やっぱり絶対武田、マリンのこと好きじゃん。タイミング良すぎだし!ストーカーされてるんじゃない?」

 確かにタイミングはよかったけど、だいたい理由はわかる。あいつらに呼び出されて体育館の方に向かう途中、サッカー部の部室の前で武田と目があった。彼は何かボクに話しかけようとしたけど、わざと大げさに目を逸らしたんだ。意図があったわけじゃないけど、無意識に自分達の異変に気付いて欲しいって思ったのかもしれない。

「助けてくれたのにストーカー扱いはないでしょ」

 そういえば、ボクはずっと助けてもらってばかりだ。ユミ姉ちゃんにも母にも、武田にも。

「マリンも私だけ逃がそうとしてくれたよね。ありがと。怖くて動けなかったけど」

「一人でも逃げれるなら逃げた方がいいって思っただけだよ」

 二人揃って襲われる必要はない。被害者は少ない方がいい。

「マリンってさ、こんなにかわいいのにイケメン属性まで持ってるよね。時々、マジでドキッとしちゃうもん。私の性癖壊れちゃいそう」

「何言ってんのよ」

 ボクもドキっとした。完全に女の子になったと思っているけど、どこかに男の子の部分が残っているのかもしれない。男の子として中学生になったボクがミサトと並んで歩いているのを想像した。ちょっとだけ、お似合いかもしれない。

「私、マリンと友達になれてよかった」

「どうしたの?急に改まってさ。私もミサトと友達になれてよかったよ」

「よかった。両想いだ」

 部活をサボったせいでいつもより早い時間の帰り道。まだ日が高いから景色が少しだけ違って見える。

「せっかく早く帰ってるんだから、どっか寄り道していく?」

 学校から駅までの通りには学生をターゲットにしたカフェや飲食店が立ち並んでいる。

「そう言えば、普段は部活で帰り遅いから寄り道ってほとんどしたことなかったね」

「たまにはいいよね」


 どこに寄ろうか考えた挙げ句、みんな練習してるのにいいのかな、なんて気持ちになってしまった。ミサトも同じみたいで、なんだか落ち着かないボク達。

「やっぱ、部活行こっか」

 結局、ボク達のサボりは30分くらいで終わり。部室へと向かってしまった。ボク達は結構マジメなんだ。


 部活を終えて家に帰ると、すぐにユミ姉ちゃんが来た。

「凜ちゃん最近全然うちに来ないじゃん!」

 中学生になってから、何かと忙しくてあまりユミ姉ちゃんに会いに行く時間がなかった。

「中学生は何かと忙しいんだよ。部活もあるし」

「わかってるけどさ」

 ユミ姉ちゃんは不服そうだ。

「ていうか、ユミ姉ちゃんも学校あるでしょ」

「私はもう三年だからあんまり授業とかないし。めっちゃ早く帰れる。だから暇なんだよ」

 もう、ユミ姉ちゃんも高校生最後の年だ。ボクがやっと中学生になったのに、ユミ姉ちゃんは高校を卒業してしまう。

「そういえば、ユミ姉ちゃんは大学行くの?受験とかどうするの?」

「大学は行くけど、そんな頑張らなくても入れるところでいいかな。イマドキ、選ばなきゃ勉強しなくても入れる大学はいくらでもあるし」

「意外だなあ。ユミ姉ちゃんはもっと進路とか真面目に考えてるもんだと思ってた」

「私って、結構適当だよ。真面目なのは凜ちゃんに向き合う時だけ」

 ボクが答える前に強引にキスされた。

「制服姿の凜ちゃん、すごくソソるなあ」

 そのままベッドに押し倒された。何度もこんなことをしているけど、制服のままだと凄く悪いことをしているような気になる。

「制服、シワになっちゃうよ」

 言っても無駄だ。だから、ボクはユミ姉ちゃんに身を任せる。ボクはユミ姉ちゃんのおかげで女の子としての悦びを覚えつつあった。

 ボク、今日、女の子として襲われかけたんだ。ユミ姉ちゃんに言おうかまよった。あのヤっちゃって、ってやっぱりそういう意味だったんだろうか。あの大きな身体に押しつぶされて、強引にヤられたかもしれない。そう考えると身震いした。

「ユミ姉ちゃん、大好き」

 ボクはキスをせがむ。嫌なことや怖いことは、ユミ姉ちゃんが忘れさせてくれる。ボクは彼女に抱かれる。ボクはイケメンなんかじゃない。弱い女の子だ。ボクは何度でも自分を上書きする。男の子、女の子、男の子、女の子……相手に合わせて上書きされてしまうみたいだ。でも、最終的にはユミ姉ちゃんがボクを女の子にしてくれる。

 今のボクは女の子でいた方が楽だ。だから、ユミ姉ちゃんに身を委ねていればいいんだ。

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