第31話「ヒーロー参上!!!」
いじめは理不尽だ。ボクもミサトも何もしてない。人は無意識に人を傷つけることはあるけど、そこに悪意がなければやっぱり理不尽だ。嫉妬だったり逆恨みだったり、色々とめんどくさい。
ボクはいじめに対して怒りは感じても痛みは感じなかった。ボクを嫌いな奴にどんなに嫌われたって構わない。ボクを嫌いな奴はボクも嫌いだ。無視されたって、少々嫌がらせされたってどうでもいい。もともと、ボクは人間関係の中で生きてきた。クラスに友達がいなくても、ユミ姉ちゃんがいた。だから、明らかないじめに直面しても冷静だった。
ただ、ミサトは違う。
幸い、イジメが極端にエスカレートすることはなかった。クラスのみんなから無視されるなんてことはなかったし、露骨に避けられるなんてこともない。不気味なくらいにみんなの態度は変わらない。それだけに、不気味だった。明らかにボク達に敵意を向けている奴がいるのに顔が見えない。
明らかにミサトは元気がなくなってしまった。
ボクなりに原因を考えた。ボクとミサトだけがいじめのターゲットにされてしまった理由があるはずだ。ボク達の共通点は、二人とも軽音部に入ってることくらい。一年生で軽音部に入っているのはボク達だけだ。でも、それがいじめに繋がる理由がわからない。
「私のせいかも。剣崎先輩とずっと話してるし」
ミサトの話だと、剣崎先輩はかなり人気者らしい。確かにスラっとしたイケメンだと思う。だから、そんな剣崎先輩に近い距離にいるボク達がいじめのターゲットになってしまったと考えているらしい。
「いや、そうだとしたらみんな軽音部入ってるでしょ」
現実に、軽音部に入った一年生はボクとミサトだけだ。
「多分、アノ先輩が怖いからだと思う。私達には凄く優しいけど、アノ先輩っていろんな噂があってさ……」
あの先輩の噂についてはボクも聞いたことがある。ライブハウスで出会ったヤバい人達と付き合ってて、気に入らない後輩をシメてるとか、因縁つけて売春させてるとか、どれも嘘くさい噂だ。だから、軽音部には入部希望者が少ない、と。
でも、ボクもミサトもそんな噂は全部嘘だって知ってた。剣崎先輩が教えてくれたからだ。
結論から言えば、アノ先輩が怖いのは事実だ。でも、それはスパルタって意味。軽音部って言うとちょっと緩めな部活ってイメージを抱いてしまいがちだけど、うちはかなり違う。練習時間はかなり長いし、真面目に練習しないとめっちゃ怒られる。もっとも、ボクもミサトも真面目に練習しているから、そんな怖い一面はまだ見たことがない。
「別に怖くないんだけどね」
「でも、それを信じてる人が多いから、一年生は私達だけなんだよね」
「だとしたら、逆にヤバくない?私達がアノ先輩の子分だと思ってるんなら、イジメとかしてたらどんな目に遭うか……」
「あ……そうだよね……」
本当に、ボク達が標的にされてしまった理由がわからない。
敵が誰なのかもわからない。そんな状況はあっさりと変化した。ボク達はなるべく反応しないようにしてたのだけど、それが気に入らなかったみたいで、ご本人が登場したんだ。
部室に向かう途中、体育館裏に呼び出されたんだ。ヤンキーマンガみたいな展開で、ちょっと笑いそうになった。
主犯はボク達とは違うグループのブタみたいな顔をした吉橋っていう女だった。全然話したことはなかったんだけど、いきなりボクに怒鳴りつけてきたんだ。
「公立から来た貧乏人の癖に何目立とうとしてんの?」
吉橋は私立の小学校出身。周りには同じ様にブサイクな取り巻きがいて、みんな私立の小学校出身らしい。ボク達は囲まれていた。
「別に目立とうとなんかしてないけど」
全然かわいくないくせに、こいつなんで女やってんの?ボクは心の中で毒突く。
「目立ってんじゃん。本当に生意気。健介、こいつヤっちゃっていいよ」
ブサイクな取り巻きの後ろから、太った男子が出てきた。これはちょっとヤバい。人数的に不利なのに、男が出てきた。そもそも、ボクは運動神経が鈍くて喧嘩なんてしたこともない。
「武田は私が狙ってんのに、何なの?貧乏人のくせに」
ああ。原因はそれだったのか。武田なんていらないけど、多分、彼はお前だけは選ばないと思うよ。危機的状況の中で、ボクの頭の中はどんどん口が悪くなっていく。
「別に私は何もした覚えがないんだけど」
「だったら、この健介と今、ここでヤっちゃって付き合いなよ」
健介と呼ばれてるデブはなんかニヤニヤしてる。吐き気がした。
「ミサト、逃げて」
ボクはミサトに耳打ちした。ボクは足が遅いし、逃げ切れる自信がない。体育の授業でも吉橋はブサイクな顔を振り回しながらとんでもない速さで走っていた。ミサトは結構運動神経がいい。うまくいけば、逃げ出して誰か呼んできてくれるかもしれない。そんな計算もあった。
でも、ミサトは動かない。やっぱり、怖いよね。動けなくたってしょうがない。ボクも正直、怖くて足が少し震えていた。
動けないボク達に健介が近づいてくる。いつの間にか、ブサイクな取り巻きはボク達の背後まで囲んでいた。
ああ、ダメか。そう思った時、素っ頓狂な声が響いた。
「アチョー!!!!」
健介が吹き飛ぶ。一瞬何が起こったのかわからなかった。
「ヒーロー参上!マリンちゃん、大丈夫?」
武田だった。健介に跳び蹴りをして、ボク達の前に仁王立ちだ。チビのくせに、正直ちょっとかっこよかった。
「もうすぐ先生来ると思うけど、まだ続ける?」
吉橋とブサイクな取り巻きと、健介は文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げていった。なんか、凄いことが起こってて、何が何だかわからない。
「ミサト、大丈夫?」
「うん。なんか、イケメンが二人いる」
場違いな暢気な言葉に、ボクは思わず笑ってしまった。武田は相変わらず仁王立ちしていて、何か声をかけて欲しそうだ。
「武田、ありがと。かっこよかったよ」
ようやく振り返った武田は、得意げだ。
「俺、ブルース・リーに憧れてるんだ」
何が言いたいのかまったくわからなかったけど、ボクは彼に感謝した。これが、ボクが遭遇した最初のいじめ騒動の顛末だ。
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