第30話「マリンが男の子だったら惚れてたかも」
クラスメイトは女の子だけじゃない。半分は男の子だ。思春期の男女だから、お互いに興味を持つのは当たり前のこと。ボクはそれほど関心はなかったけど、男の子の視線を意識することがあった。
「あいつ、絶対マリン狙ってるよ」
ミサトは恋バナが好きだ。軽音部の剣崎先輩にもしきりにモーションをかけていたし、誰が誰を狙ってるとか、あの子とあいつは付き合ってるとか、そんな情報にもやたらと詳しい。
「あいつって誰?」
ちょっと面倒くさいけど、話に付き合う。無視したり、流したりするとミサトは露骨に拗ねてしまうからだ。それに、こんな女子っぽい会話を楽しんでいる自分もいた。
「武田だよ」
「え~。あのチャラ男?」
武田はクラスの男子の中でも目立つタイプだ。お調子者で、騒がしい。顔は整ってる方だと思うけど、小柄で男らしさはあまりない。
「チャラいの苦手?顔はイケメンの部類だと思うけど。あいつ、ずっとマリンのことチラチラ見てるよ。絶対狙ってるって」
その視線にはボクも気付いていたし、もっとわかりやすくモーションをかけられていた。とは言っても、LINEを聞かれただけなんだけど。
「そうかな。確かにLINEは聞かれたけど」
「え?いつの間に?」
「先週、ミサトが早退しちゃった日、部室に一人で向かってたら声かけられてさ」
「私のいない隙を狙ったって訳だね。本当、男子って油断も隙もないなあ。で、教えちゃったの?」
「まあ、同じクラスだし、断る理由なんてないし」
正直、ドキっとした。女の子になってから、男の子と話をすることなんてほとんどなかったから。
「なんて言っちゃって、本当はマリンも武田のこと気になってたりするんじゃない?」
「全然ありえないでしょ」
「だよね。マリンはアノ先輩に夢中だしね」
「そんなんでもないってば」
部活では、アノ先輩と話すことが多かった。ボクもギターボーカル希望で、パートが同じだし、何かと気にかけてくれる。
「どんなLINE来るの?」
武田はLINEを交換した日から、他愛のないメッセージを送ってくるようになった。最初は遠慮がちだったけど、最近は結構馴れ馴れしい。
「他愛ない話だよ。部活の先輩がめっちゃ怖い、とか全然つまんない話」
「なんて言いながら、ちゃんと返信してるんでしょ?」
「そりゃ、無視するわけにはいかないしさ」
ちょっとだけ、楽しいと思うこともある。何でもないやりとりばかりで、愛を囁かれるなんてことはないけど、ちょっと甘酸っぱい感じがする。
「マリンばっかりズルいなあ。ま、マリンかわいいしすぐ彼氏作って私と遊んでくれなくなっちゃうんだ」
ボクが彼氏を作る。年頃の女の子にとっては当たり前のことなのかもしれない。簡単にイメージすることはできるけど、現実してはどうなんだろう。ボクは完全に女の子に染まっていって、男の子のことを好きになってしまうのかもしれない。
「そんなことないってば。私の恋人はリッケンだもん」
「そういえば、マリンって初心者って言いながらめっちゃギターうまいじゃん!びっくりしちゃったよ」
「そんなことないよ。まだはじめて半年くらいだし、初心者だよ」
「私なんか、全然だよ。剣崎先輩に褒めてもらいたくて毎日練習がんばってるんだけで指動かないし痛いし」
「相変わらず、動機は不純だけどがんばってるじゃん」
「それに、あのベースめっちゃ重たいんだよ」
ミサトも私とおそろいにするとか言って同じメーカーのベースを買った。リッケンバッカー4001。ちょっと持たせてもらったけど、私のギターよりもずっと重くてびっくりした。
「ベースの方がギターより大きいもんね」
ボクはもともと、無口な方だったけど、よく喋るミサトのせいでおしゃべりになってしまったみたいだ。
「ああ、話逸れちゃった!とにかく、武田と何か進展あったら、ちゃんと私に報告するんだよ!いや、毎日報告するように!」
「なんで過保護なママみたいになってんの?」
二人で笑い合った。
「次、国語だっけ?」
「そうだよ」
机から国語の教科書を取り出して、ギョッとした。表紙が破かれてて、踏みつけられたような足跡がついていた。
「マリン、教科書どうしたの?」
ミサトもすぐに気がついた。彼女も机から国語の教科書を取り出して言葉を失う。ボクの教科書とまったく同じ状態になっていたのだ。
「これ、どういうことだろ」
「わかんないけど、なんか、私達、厄介なのに目つけられちゃった感じかな?」
明るい口調がわざとらしい。そして、表情までは笑顔を作れないみたいで暗い。
どう考えたっていじめだ。うまくみんなの輪に入ることができていると思っていた。部活も同じだし、ミサトと一緒にいる時間が一番長いけど、他の子とだって話をするし、冗談を言い合うことだってできる。嫌われるようなことなんてした覚えは全然なかった。
被害は教科書を破られたり、ノートに落書きされてたり、カバンにゴミを入れられてたり、ボクにとってはつまらないものだった。でも、ミサトのダメージは大きいようで、なんとなしなきゃ、って思う。
「これってさ、イジメって奴?」
明るい普段の彼女とはまるで違って、今にも泣き出しそうだ。二人で部室に向かいながら、答える代わりにボクは彼女の手をギュッと強く握った。大丈夫だから。ボクがついてる。
「なんか、イケメンだね。マリンが男の子だったら惚れてたかも」
彼女が笑った。イケメンなんて男の子のころにだって言われたことなかったのに。なんか、ちょっと照れているボクがいた。
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