第29話「もしかしてソッチ系?」

 入学式はあっさり終わった。ボクは無事に女の子として入学することができた。戸籍の問題があるから、少しだけ不安だったけど、あのユミ姉ちゃんが手を回してないわけがない。特別扱いされるようなこともなく、当たり前に女の子として受け入れられたことに安心した。これならバレることなんてない。

 教室にこれからクラスメイトになる子達が集まる。みんな、少しだけ緊張しているみたいだ。私立中学校で、ほとんどは周辺の公立から集まってきた子なので、最初から知り合いがいる子はいないようだ。はじめからグループができているようなこともなさそうで、ほっとする。これならすぐに溶け込むことができそうだ。友達もできるはずだ。


 初日はあっという間に終わってしまって拍子抜けだ。まだ授業はなくて、入学式とクラスメイトとの顔合わせ、担任の先生の紹介くらい。担任はおっとりしたタイプの女性。担当科目は国語とのこと。怖そうな人じゃなくてよかった。


「私、小池ミサト。これからよろしくね」

 放課後、帰りの準備をしていると隣の席の女の子から声をかけられた。

「私は佐久間凜。こちらこそよろしく」

 ミサトは小柄で人なつっこそうな笑顔が印象的だ。ボクは意識して一人称を私にした。集団の中で、他の人と違うところは少しでも見せない方がいいと本能的に感じたのかもしれない。

「さくまりん?マリンちゃんって呼んでいい?」

「そんな、呼び方されるのはじめてだけど、いいよ!私はミサトって呼んでいい?」

「もちろんだよ」

 ミサトの距離感の近さに、なんとなくヒナのことを思い出してしまった。思い出したくないのに、彼女はなかなかボクの頭の中から消えてくれない。

「スマホ持ってる?」

「うん。LINE交換しよ」

 自然に言葉が出てくる。やっぱり、ボクは変わることができたみたいだ。それも、前向きで好ましい変化だ。

「うん!入学式の日に友達出来るなんてラッキーだよ。知ってる人誰もいないし、明日からどうしよう、って思ってたんだ」

「私も!これからよろしくね」

 女の子としてはじめての友達だ。少し前までの孤独な毎日が嘘みたいだ。


 女の子は自然と輪を作る。人なつっこいミサトのお陰でボクもその輪の中に自然に入ることができた。


 入学式から三日後。すでにクラスにはいくつかのグループができていて、ボクもそのグループのひとつに加わっていた。一緒にお弁当を食べたり、休み時間や放課後には他愛のない話をする。なんでもないことなんだけど、ボクにとっては新鮮でとても楽しかった。

 そして、部活。この日から新入生も自由に入部できるようになる。

「どの部活にする?私はテニス部かな」

「私は文芸部にする。なんか楽そうだし」

 そんな会話がクラス中から聞こえてくる。

「マリンは部活どうするの?」

 グループはできていたけど、席が隣ということもあって、ミサトと話すことが一番多い。まだ、お互いのことを何もしらないけど、このクラス内では一番親しい間柄になっていた。

「私は軽音部にするつもりだよ」

 部活なんて面倒だと思っていたのに、今は中学校生活でも一番の楽しみになっていた。

「何か楽器できるの?ピアノとか?マリンってなんかお嬢様っぽいし、ヴァイオリンとか弾けたりする?」

「全然お嬢様じゃないし!私はギターだよ」

 フリースクールをサボって毎日練習したお陰で、簡単な曲だったらある程度弾けるようになっていた。

「ギター弾けるの?かっこいいじゃん!」

「そんなことないって。ミサトは部活どうすんの?」

「私は、見学行ってみてから決めようかな。楽そうなところがいいし」

「じゃ、軽音部の見学一緒に行かない?」

「見学だけだよ。私、音痴だし、楽器とか全然だし入部はしないからね」

 一人で見学に行くのはちょっと不安だったので、心強い。


 軽音部の部室は思ったよりも広かった。軽音部専用の音楽室があって、本格的だ。

 でも、部員はそれほど多くはないようだった。

「入部希望の新入生?見学だけでも大歓迎だよ」

 声をかけてくれた先輩の顔を見て驚いた。フリースクールで会った子。ボクがギターをはじめるきっかけになった人だった。

「あ、君か!同じ中学だったんだね。凄い偶然!じゃ、入部希望ってことでいい?」

「先輩だったんですね!これからよろしくお願いします」

 ボクは慌てて頭を下げた。

「知り合い?」

 置いてけぼりになってしまったミサトがボクを恨めしそうな目で見る。

「そちらは入部希望?それとも見学?」

 急に声をかけられたミサトは少し慌てた様子だ。

「とりあえず、見学させてもらっていいですか?」

「見学も歓迎だから見ていってね!私は三年で部長の棚橋アノ。よろしくね」

 ボク達も慌てて名乗って、また頭を下げる。

「凜ちゃんに、ミサトちゃんね。みんな揃ったら練習始まるから自由に見てて」


 部員は全部11人いるらしいけど、その日は7人だった。女子が3人に男子が4人。バンド形式で練習ははじまった。部長のアノはギターボーカルだった。この前と同じオレンジのギターを抱えてマイクスタンドの前に立つ姿がかっこいい。ミサトはベースを弾く背の高い先輩がイケメンだ、ってずっと騒いでいた。はじめて聴くバンドの生演奏は強烈だった。まだ、音楽には全然詳しくないけど、アノ先輩はギターも歌もめちゃくちゃ巧い。

 あの先輩だけじゃなくて、ベースの低音も、激しいドラムの音も、全部がかっこいい。ボクは自分がどんどん夢中になって行くのを感じた。やっぱり軽音部にしてよかった。


 見学を終えた帰り道、はじめて聴いた爆音で耳が痺れていたけど、それも心地よかった。

「私も軽音部に入る!」

 唐突にミサトが言った。

「やった!パートはどうする?」

「私はベース!剣崎先輩に優しく教えてもらうの」

 さっきの背の高い先輩だ。ミサトのお目当ては彼らしい。

「そういうことか」

 ボクはからかうように笑った。

「マリンはアノ先輩にうっとりしてたじゃん。もしかしてソッチ系?」

 ちょっとだけドキっとする。

「ソッチ系ってどっちだよ」

 わざとおどけた声を出す。

「どっちでもいいけど、剣崎先輩はとらないでね!」

「わかってるよ」

「帰り、楽器屋さん行くから付き合ってよ。ベース買わなきゃ!」

「理由は不純だけど、やる気があるのはいいことだね」

 学校生活も、部活もうまくいきそうだ。ボクは充実した気持ちで日が傾いてきた賑やかな通りを歩く。青春って感じがした。

 でも、青春って楽しいことばかりじゃないんだ。

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