第24話「かわいい服を着た自分が好き」

 また朝がやってきて、ボクとユミ姉ちゃんはすぐに駅に向かった。ここ最近、毎日駅に行ってる気がする。

「中学生になったら電車通学になるんだから、今から慣れとくのはいいかもね」

 ユミ姉ちゃんはまたボクの心の中を読んだようなことを言い出す。前は驚いていたけど、最近は慣れてしまった。ボクが通う予定の中学校は家から少し離れているので歩きや自転車では通えない。だから電車通学になる。

「電車で学校に行くって変な感覚」

「私は、中学校は歩きだったけど、高校生になったらほとんどの子が電車通学だよ」

 そういえば、ユミ姉ちゃんも電車で通学しているはずだ。

「そういえばさ、私の通う中学ってユミ姉ちゃんの親戚が理事長なんだよね?なんでそこに行かなかったの?」

 前からちょっと疑問だった。

「単に、家から近い方がよかったからかな。早起きするの苦手だし」

 確かに、彼女が通ってた中学、ボクが通うはずだった中学はボク達の家のすぐ近くにあった。歩いて五分もかからない。

「それだけ?」

「私にとっては重要なことだよ。あ、でも制服はかわいいからちょっと凜ちゃんが羨ましいかも」

「セーラー服もかわいいじゃん。ユミ姉ちゃん、似合ってたよ」

「昭和っぽいってこと?凜ちゃんもセーラー服似合うけど、断然ブレザーの方がかわいいよ」

 制服は女の子にとって特別なものだ。制服で進学先を選ぶ子だっている。今のボクにはその気持ちがわかった。ほぼ毎日着るものなんだから、かわいい方がいいに決まってる。

「早く中学生になりたいな。あの制服、ボクも気に入ってるんだ」

「やっぱり凜ちゃんも気に入ってるんだ?ならよかったよ」

 未来を想像する時、いつもボクはあの制服に身を包んでいる。正確にはあの制服が気に入ってると言うよりも、それを着てかわいくいられる自分が好きなのかもしれない。制服に限らず、今のボクはかわいい服を着た自分が好きなんだと思う。

「今日はちょっと長旅だね。特急に乗っても二時間くらいかかるんだっけ」

「そだね。でも、平日だからゆっくり座れるだろうし、安心だ」

 ここ最近、いろんなことがありすぎて疲れているはずなのに、足取りは軽やかだ。父の秘密やエミのこと、いろいろと気になることがあるけど、ボクにできることはあまりない。母に任せるしかないと開き直ったら気が楽になった。


 早朝の駅は静かだ。住宅街にある駅だから、通勤や通学ラッシュを外したらあまり人はいない。今日も天気が良くて、早くも猛暑日の気配を感じてちょっとうんざりした。でも、今日は思いっきり汗をかいたって、温泉で洗い流してしまえばいい。日差しが強ければ強いほどに、今日の温泉が気持ちよくなるんだ、と自分に言い聞かせた。面倒な問題も、全部温泉で洗い流せればいいのに。


 目的地の温泉街に到着したのはお昼を過ぎたころだった。乗り換えの少し大きめの駅でちょっと買い物をしたり、カフェでめちゃくちゃ甘いレモネードを飲んだりしてたら思ったよりも到着が遅くなってしまった。それでも、旅館のチェックインは十五時からなので少し早い。

「硫黄のにおい凄いね」

 このあたりでは一番の規模の温泉街だけあって、電車を降りた途端に強烈な硫黄の匂いが鼻をついた。

「凜ちゃんって硫黄苦手なんだっけ?」

「なんか、一瞬だけ苦手なんだよね。でも、ちょっと時間が経ったら平気になってる」

「わかる!私も同じなんだ。なんか最初だけ拒否反応が出ちゃうんだよね」

 慣れてしまえば何も感じなくなってしまう。女の子の匂いと同じだった。変化しはじめたころは、自分で認識できてたけど、今は何も感じなくなってしまった。ユミ姉ちゃんの匂いはわかるけど、ボク自身の匂いはわからなくなった。

「チェックインまでもう少し時間があるけど、暇つぶしには困らなそうだね」

 駅を出るとたくさんのお土産屋さんが立ち並んでいた。さすが観光地。平日の昼間なのに出店みたいなのもいくつか出ていた。ワクワクする景色だ。

「凜ちゃん、めっちゃワクワクしてない?」

「そりゃ、するでしょ?この景色見てテンション上がらない人なんていないと思う!」

「凜ちゃんはお子さまだなあ。ま、私もワクワクしちゃってるけど」

「このワクワクが感じられなくなるんだったら、ずっとお子さまでいいよ」

 明るい観光地の雰囲気に飲まれて、心地よかった。いろんな景色がごちゃごちゃ入り交じっていて統一感がない。でも全体の雰囲気は同じ匂い。ごちゃごちゃのカオスがこの街の情緒を作っているみたいだ。

「これが非日常感ってヤツだね。なんかいろんなトラブルが全部嘘みたい。ここだったらゆっくりできそうだ」

「ママの狙いってそれだったのかな?だったら、思い切り楽しまないと申し訳ないかも」

「そういうことにして、はしゃぎたいだけでしょ。さて、まずはどこ行く?」

 目移りしてすぐに答えられない。昨日までの緊張感から一気に解放されたみたいだ。でも、すぐにボク達は現実に引き戻されることになる。


 非日常と現実の落差が大きすぎると、心に負う傷は深くなっていく。それでも私は拠り所を探し続けることになるんだ。そして、いつか突き放される。今は晴天でも、すぐ近くまで暗雲が忍び寄っていることに気付いていないボクは、もちろん傘なんか持ってなかった。ズブ濡れになっても生きてる以上は前に進むしかない。

 でも大丈夫。ボクはまだ生きてる。この先の大荒れを乗り越えて生きてるから安心して。

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