第22話「隠し子だったりして」
ユミ姉ちゃんの家にすぐにでも行きたかったけど、うちの隣だ。父が周囲を探していたら捕まってしまう可能性が高い。そこで、母から渡されたスマホのことを思い出した。ひとまずユミ姉ちゃんに連絡できる。それだけで少し安心した。
慣れないスマホを操作して、なんとかユミ姉ちゃんにコールする。
「凜ちゃん遅いよ。どうせどの服にしようかな、なんて迷ってるんでしょ。そんな場合じゃないのにさあ」
電話の向こうから暢気な声が聞こえた。
「違うよ。家を出てすぐのところで父さんと鉢合わせちゃった」
「え?嘘でしょ?」
「本当だよ。とりあえず走って逃げて来たんだけど」
「気付かれた?」
微妙だった。父は間違いなくボクを見た。でも、凜ではなくエミと呼んだ。
「それが微妙。よくわからない」
「わからないって何よ。とりあえずうちに……ってわけにもいかないか。お父さん帰って来てるんだったら、うかつに近所歩けないか。凜ちゃん今どこ?」
「駅を過ぎたとこのコンビニの前まで来ちゃった」
最短ルートならそれほど遠い場所じゃない。でも、変な道ばかりえらんだせいで凄く遠くまで来たような気になってた。
「わかった。とりあえず私も行くからそこで待ってて」
「ありがと」
短い会話だったけど、ユミ姉ちゃんの声を聞いたら少し落ち着いた。多分、父の反応からしてボクだと気付かれたんじゃない。誰かと間違えたんだ。でも、エミって誰なんだろう。親戚にもそんな名前の子はいない。それに、単なる親戚とか知り合いだったらあんな反応はしないだろう。父は少し焦っているようだった。あんな様子の父はあまり見たことがない。
冷静になればなるほど、いろんな疑問が湧き上がってきた。とりあえず、鉢合わせたのは最悪だったけど、切り抜けることはできたみたいだ。
15分くらいでユミ姉ちゃんが来てくれた。
「ちょっと時間潰して帰った方がいいかもね」
ボクもあまりすぐに戻りたいとは思わなかった。まだ父と遭遇してから一時間も経ってない。それに、太陽はかなり傾いたけど、まだまだ明るい。少し薄暗くなってからの方が安全だ。
「まだ明るいしね。ちょっと暗くなるまで待ちたいかも」
「じゃ、ちょっと早いけどファミレスで晩ご飯食べながら時間潰そっか」
今日はやたらと外食が多い日だ。まだ五時を過ぎたばかりで、お腹は全然減ってなかったけど他にアイデアは思いつかなかった。
駅前のファミレスはエアコンが効きすぎていて、一気に汗がひいていく。夕食時にはちょっと早いのでお客さんはまばらだ。念のため窓から離れた席を選んだ。
「で、鉢合わせたのに気付かれたか微妙ってどういうこと?普通に考えたら、とっさに凜ちゃんだって気付かないもんだとは思うんだけど」
席に着くとすぐにユミ姉ちゃんは本題に入った。
「そうだといいんだけど、ボク、思わずお父さん、って呼んじゃったんだよね」
「え?それ絶対にアウトじゃん。誰でも気付くし!何やってんのよ!」
「ボクもヤバいって思ったんだけど、反応が変だったんだ」
明らかに変な反応だった。ボクも焦っていたからじっくり観察したわけじゃないけど、ボクに対する反応じゃなかった。
「変って?」
「ボクを誰かだと間違えたみたいでさ」
「どういうことよ?」
「エミなのか?って訊かれたの」
「誰?」
やっぱりそうなる。誰?ってリアクションしか出てこない。突然現れた謎の女エミ。
「知らない。ずっと考えてたんだけど、親戚にも知り合いにもエミなんて子いないよ」
「他には何か言われなかった?」
「なんでここにいるんだ、的なこと言われて、なんか焦ってるみたいだった。ボクも焦ってそのまま逃げ出したから後はわかんない」
追いかけてきたのかさえもわからなかった。でも、足音は聞こえなかったと思う。それに、あの焦った様子から、すぐに追いかけてくるのは想像しにくい。どちらかというと、相手を拒絶するような反応だったから。
「確かにその感じだったら微妙だね。でも、多分誰かと間違ってくれたんならバレてないって考えてもいいと思う」
「そう考えることにするよ」
一息ついて、ユミ姉ちゃんはメニューのタッチパネルを手にした。慣れた手つきで画面をタップしていく。
「エミって子、隠し子だったりして」
隠し子。それは考えたこともなかった。
「そんなことってある?」
「一番可能性高いと思うよ。隠し子だったら凜ちゃんに似ててもおかしくないでしょ?」
確かにそうだ。ボクは父にも母にもよく似てると言われる。自分ではあまりわからなけど、両方の特徴を半分ずつ受け継いだみたいだ。もし、父に隠し子がいたら、ボクに似た部分があってもおかしくはない。
「そうだけど。同じ歳くらいの隠し子なんて信じられないんだけど。だったら、10年以上も隠してたことになるよ」
「あのお父さんなら、家族を騙すくらい簡単だよ」
父が家族を騙す。父には嘘は通じないけど、嘘をつかれていると考えたことはなかった。そうさせない、疑うことを許さない威圧感みたいなものがある。
「仮にそうだと仮定したら、それはそれでヤバくない?隠し子になんでうちにいたんだ?とか連絡取られたらバレちゃうじゃん。あの子は誰なんだ?もしかして凜なのか?女の子になったのか?母さんの仕業だな。殴るわってなるかも」
人違いだったから安心なんてことはない。急に焦りを感じた。頭の中で嫌な展開ばかりがぐるぐる回る。
「ちょっと!凜ちゃん落ち着きなって!そんなことにはならないよ。普通、そんなに隠し子と頻繁に連絡取らないでしょ。エミなのか?って訊いてくるくらいだし、長く会ってないって考えていいと思う。顔だって知らない可能性もあるよ。凜ちゃんがお父さんって言っちゃったから、エミなのか?って感じだと思う」
「そうなのかな」
「誰かと子供を作って、母親の女ごと捨てちゃったなんて可能性もあるよね。だから、その娘が突然家にやってきた、って思ったんじゃない?だから焦った。あのお父さんが焦るってよっぽどのことじゃん。多分、これが正解だと思う」
確かにユミ姉ちゃんの言う通りなら全部辻褄が合う。
「捨てちゃった子供だったら連絡なんか取らないか」
「そもそも連絡手段もないかもしれないよ」
ユミ姉ちゃんの予想通りなのだとしたら、ボクの父はあまりにも闇深すぎる。ますます父に会うのが怖くなってしまった。
でも、ボクの家庭はもっと闇深かったんだ。
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