第19話「凜ちゃんを守るのは私」
翌日、朝早くユミ姉ちゃんと二人で家を出て、母の会社の最寄り駅に移動した。電車で30分とちょうどいい距離で、父と鉢合わせる心配がない場所だ。ここでお昼頃に合流して話し合う予定だ。約束の時間よりかなり早いけど、時間が遅くなると休日はよく近所を散歩していた父に遭遇するリスクが高くなる。
変装した方がいいかな、なんて思ったけど、よく考えたら女の子になっていることが何よりの変装だ。だから、より女の子らしい服装を選んだ。ユミ姉ちゃんに髪も軽く巻いてもらって、薄めのメイクもした。遠目に見たくらいじゃボクだなんて気付くわけがない。
「まだかなり時間あるし、買い物でもしていく?」
近所の駅とは違って立派な駅ビルがある。ビジネス街だけど、商業施設も充実したエリアだ。でも、時間はまだ7時過ぎ。開いてる店はモーニングタイムのカフェと24時間営業のファミレス、牛丼屋くらいしかない。
「じゃ、どこかのお店が開くまでカフェで時間潰そうよ。朝ご飯も兼ねて」
ボクはそれほどお腹が空いていたわけじゃないけど、昨日みたいにタイミングを失い続けて空腹と戦うのも嫌だ。ご飯は食べれる時に食べておいた方がいい。
「そうだね。よく考えたらまだこんな時間か。それになんかお腹空いてきた」
ユミ姉ちゃんもすぐに同意してくれた。そう言えば彼女はしっかりと食事を摂る方だ。一緒にいる時もだいたい朝・昼・晩と決まってちゃんとしたご飯を食べていた。一方で、間食はあまりしない。こうして管理できているからあのスタイルを維持出来ているのかもしれない。ボクも見習わなきゃ。
本格的な通勤ラッシュの時間になったこともあって、駅はたくさんの人で溢れていたけど、カフェの店内は思いのほか空いていた。カウンターに何人かサラリーマン風の人がいるだけで、テーブル席はガラガラだ。ボク達は2人掛けのテーブル席に案内された。
考えてみたらこんな大人っぽい雰囲気のカフェに入るのははじめてだ。朝ご飯を外で食べるのもはじめてかもしれない。家族旅行で泊まったホテルのモーニングビュッフェくらいしか覚えがない。経験したことないことだらけで、ボクはまだまだ子供なんだな……なんて思ってしまう。
「私はモーニングのAセットにしようかな」
モーニングセットは3種類。Aセットはぶ厚いバタートーストとベーコンエッグ、サラダと好きなドリンクを選べるらしい。朝ご飯の定番という感じがするけど、ボクの家は米食中心だからあまり馴染みがなかった。
「ボクも同じのにする」
答えると彼女は慣れた感じで店員を呼ぶ。モーニングAセットを二つ注文すると店員はすかさず「お飲み物は?」ときいてきた。何も考えてなかったボクが少し慌てているとユミ姉ちゃんはすかさず「オレンジジュース」と答えたので、ボクも同じにした。
ちょっと意外だった。大人はカフェに行ったらコーヒーを飲むものだと思っていた。実際、他のお客さんはほとんどホット、アイスを問わずコーヒーを飲んでるみたいだ。
「朝のビタミン摂取は大切だからね。凜ちゃんも気をつけないとニキビとかできちゃうよ」
そういうことか。ユミ姉ちゃんはボクが思っていた以上に意識が高い。
「さて、どうやって一週間乗り切ろうかね」
さすがに今回は彼女も少し困った様子だった。
「ずっと雲隠れできるんなら、それが一番楽なんだけどね」
「できるなら私もお母さんもこんなに悩んでないって」
「そういえば、昨日、ママとどんな話をしたの?」
彼女はまた困った顔をする。
「凜ちゃんが言ってたのと同じように、嘘は基本的に通用しないから、学校の合宿って言って二日間引っ張るのが限界だって」
やっぱりそうだ。学校の合宿行事は毎年夏休みに行われていた。任意参加で二泊三日でキャンプに行くといったありがちなものだ。一昨年、気まぐれで参加したことがある。だから、小学校最後の年にまた参加するのも不自然じゃない。
「そうだよね。一週間は長いよ」
「もう少し早くわかっていたら、方法はあったんだよ。例えば、うちの両親に協力してもらって家族旅行に凜ちゃんがついてきたみたいなこともできたし。本当にみんなで旅行に行っちゃってもよかったよね」
時間さえあれば、それも現実的だった。実際にボクがユミ姉ちゃん家族と一緒に旅行に連れっていってもらうこともあった。逆に、うちの家族旅行にユミ姉ちゃんがついてくることもあった。そんな関係だから不自然にはならない。でも、その準備をするにはあまりにも時間が足りなかった。
「なんか、連絡も突然だったし、ボク達が帰国したその日っていう絶妙なタイミングが怖いな。何か知ってるとかだったら……」
「私も、一番気になるのはそこなんだ。本当に偶然だって思ってていいのかな?」
「知っててこのタイミングの帰宅だったら怖すぎるんだけど」
モーニングセットが届いて、一旦話が途切れた。メニューの写真よりもっとぶ厚いトーストから香ばしいバターの香りがした。ユミ姉ちゃんはオレンジジュースにストローを刺して、一口だけ飲んで、サラダに手を伸ばす。ボクも真似をした。食べたことのない味の酸味が強いドレッシングだ。キャベツとトマトが凄く甘く感じた。
「それをお母さんに探ってもらってるの。ある程度帰って来た目的がわかるんじゃないかな、ってね」
「そっか。その上で今日、三人で話し合うんだ」
「そうそう。平日だし、お母さんは仕事ってことで自然に外出できるしね。まぁ、実際に午前中は出勤するらしいんだけど」
ユミ姉ちゃんも母も、やっぱりある程度は考えて行動しているんだ。ボクがやったことと言えば、スプレーでオールバックにして下手な男装を試しただけ。ボクの問題なのに、自分がちょっと情けなくなった。
「ボクのためにごめんね」
「自分のためだよ。凜ちゃんを守るのは私なんだもん」
やっぱりユミ姉ちゃんは頼もしい。一旦、厄介な問題のことは忘れて、朝ご飯に集中することにした。
正直、怖いけどきっと大丈夫だ。ボクは一人じゃないから。
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