第18話「私の子宮あげよっか」
ユミ姉ちゃんの家のお風呂場はうちよりも広くて、二人で入っても十分な余裕があった。鏡に映った二人の身体を比べてみると、やっぱりボクはまだ子供っぽい。彼女の方が全体的に丸みを帯びていて、全体的に柔らかい脂肪で包まれている。胸の大きさなんか完敗だ。
「私と比べようなんて凜ちゃんも生意気になったなぁ」
ボクの視線から察したみたいだ。ユミ姉ちゃんはすぐにボクの心の中を読んでくるから油断ならない。そういえば、ヒナとキスした日のこともお見通しだった。嘘が通用しないのは父と同じだ。
「別に比べてないよ。ボクはこれから成長期なんだから」
ちょっと温めのシャワーがボクの髪にかかった。ヘアスプレーを使ったからお湯はすぐには頭皮に届かなくて、変な感じだ。
「でも、それにしても凜ちゃんはちょっと痩せ過ぎだね。スリムなのはいいけどちゃんとご飯食べないとおっぱい育たないよ」
そう言われてみると急に自分の身体が貧相に見えてきた。でも、前よりは少し太ったような気がする。前は肋がちょっと浮いていたけど、今は滑らかだ。それにおしりを中心に少し大きくなってる。それは、さっきジーンズを履いたときにきつくなってたから間違いない。
「おしりが大きくなったみたいな気がする。男の子の頃のジーンズきつかったし。ちょっと太ったんだよ」
すると、彼女がボクの腰からおしりにかけてそっと撫でながら言う。
「それは太ったんじゃなくて、骨盤が成長したんだよ。女の子は思春期を迎えると身長が伸びる代わりに、骨盤が大きくなるの。赤ちゃんを産める身体になってるってことだね」
赤ちゃんを産める身体。そんなのありえない。
「ボクは赤ちゃん産めないよ」
「でも、身体はそれを求めてるんだよ。だから、実際は産めなくてもその準備をはじめてるの」
なんだか不思議な気持ちになった。ボクには子宮も卵巣もないのに、赤ちゃんを作るための準備がはじまった。
「どうせ、産めないのにね」
「産めるかもしれないよ。実際、子宮を移植して別の人が出産したという事例はあるの。女性から女性への移植だったけど、理論上は元男性、つまり性転換者でも出産できる可能性が十分あるんだって」
ドキッとする。ボクが子供を産めるかもしれない。
「ボクが子供を産める……それって、凄い!」
「じゃ、私の子宮あげよっか」
「何言ってんの?」
「凜ちゃんの子供産めないんなら、私にはいらないものだし」
ボクの子供をユミ姉ちゃんが産むなんてありえなかったはずだ。そんな望みがあるんだったら、ボクを女の子にする必要がない。
「じゃ、なんでボクを女の子にしたの?」
「男に成長しちゃったら、子供が作れるようになったら、きっと私は凜ちゃんを拒絶しちゃうから。そこまで成長しちゃったら、取り返しつかないよ。無理矢理子供作ったって、凜ちゃんとは一緒にいられない」
切実な声だった。知ってたのに、なんで聞いてしまったんだろう。次の言葉を探していると、ユミ姉ちゃんは続けて言う。
「赤ちゃん産みたいなら、本当に私の子宮あげるから。ただ、男とエッチできるんだったらね」
彼女は私を試すような顔でのぞき込んだ。そうだ。子供を作るためには相手の男が必要だ。前は嫌悪感しかなかったけど、今はなぜか即否定できなかった。受け入れることができる身体になってしまったからだろうか。わからない。積極的に求めるようなことはないんだけど、拒否感がなくなった。
「女同士で子供を作れる技術ができるのを期待して待ってよっか」
「それがいいね」
今度はボクの心の中の不思議な気持ち、説明できない気持ちを読み取られる前に話を進めることができた。
「ほら、髪と身体洗っちゃおう。やっぱり、夏場に二人でお風呂場は暑いね。熱中症になっちゃうよ」
確かに暑い。暑さのピークの時間が過ぎたとは言え、まだまだ気温は下がらない。二人で淡々と髪、身体を洗ってお風呂場を出た。
慌てて家を出たので着替えは持ってきていないけど、特に困ることはなかった。ユミ姉ちゃんの部屋にはボクの替えの下着や部屋着なんかも一通り揃ってる。自分の家より充実しているくらいだ。エアコンが入っているとはいえ、身体に熱が籠もったみたいだったので、キャミソールとショートパンツを選んだ。
「凜ちゃん露出多い服好きだよねえ」
ユミ姉ちゃんがからかってくる。確かに嫌いじゃないけど。
「夏だし、暑いもん」
「男の前では気をつけるんだよ。無自覚で誘惑しちゃうかもしれないんだし。襲われちゃったらどうすんのよ」
初めて女の子で外に出た日の下品なナンパのことを思い出した。同級生の男の子はボクと違って身長も高くなるし、筋肉だって増える。今のボクじゃ襲われたらどうしようもないだろう。
「怖い」
女の子としての怖さ。これも知らなかったものだ。たしかに、ボクはここ最近、少し浮かれていて無防備だったのかも。
「ちゃんと自分がかわいい女の子だってこと、野蛮な男に狙われやすいんだってことを自覚しなきゃダメだよ」
「わかったよ」
「ならいいけど」
そんなやりとりにストップをかけるようにお腹が鳴ってしまった。
「そうだ。ボクお腹空いてたんだった。タイミング逃しちゃって今日、何も食べてないんだよね」
「ほら!ちゃんと食べなきゃだめだって言ったでしょ」
「家、冷蔵庫空っぽにしてたしさ、何もなかったんだよ」
「だったら、うちに来ればよかったのに……ま、でも今日はせっかく帰国したんだし何か特別なもの食べたいよね」
「それ!なんか日本に帰ってきて最初の食事だからちゃんとしたかったの」
「じゃ、お寿司でも注文しちゃおっか?凜ちゃんが女の子になったお祝い。向こうじゃそれどころじゃなかったしさ!今日、うちの両親帰り遅いらしいしさ。せっかく一人娘が異国から帰ってきたってのに!だから、二人で贅沢しちゃおうよ」
「賛成!それがいい!」
それから、二人で他愛のない会話をしながらお寿司を食べて、結局そのまますぐに寝てしまった。私もユミ姉ちゃんも思ってた以上に疲れていたみたい。
でも、これからもっと疲れる一週間がはじまるんだ。
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