第17話「かわいくなりすぎちゃったから」

「今朝まで一緒だったのにもう私が恋しくなった?」

 ボクがいきなりユミ姉ちゃんの部屋を訪ねるのは当たり前になっていた。彼女の両親も慣れていて何の問題もない。今日はどちらもいなかったけど。

 ちなみに、彼女の両親はボクが女の子になったことも当たり前に受け入れていた。きっと、ユミ姉ちゃんがうまく説明したんだろう。

「父さんが急に帰って来ることになっちゃって……」

「え?マジ?」

 さっきまでおどけていたのに、すぐに深刻な顔になる。彼女も父がどんな性格なのかよく知っているからだ。母さんと違って、あっさり認めてくれるとは思えない。

「タイミング良すぎて信じられないけど、ママも結構焦ってたしマジだと思う」

 普通の親だって、単身赴任から一時帰宅したら息子が娘になってましたなんて事態になったらきっと驚く。簡単には受け入れられないかもしれない。でも、ボクの父は違う。ユミ姉ちゃんから借りた少女マンガを読んでいただけで怒鳴りつけてくるような人だ。

「凜ちゃんのお父さんはかなり強敵だからね……」

「今の私の格好見ただけで怒りすぎて卒倒しちゃうかも」

「十分にあり得るよ……そして、それを許しちゃったお母さんも危ないんじゃない?」

 父の思い通りに男らしく成長しないボクについて、母親の教育が悪いと責めているのを何度も見たことがある。

「どうしよう……一週間も誤魔化せるかな」

「いっそ、ウチに隠れててもいいんじゃない?友達と旅行に行ってるってことにしてさ」

 それはボクも考えてはいたけど、どう考えたって怪しい。ボクに一緒に旅行に行くような親しい友達がいないことなんて知ってるはずだ。何かの合宿に参加したことにするのも考えたけど、ボクの消極的で引きこもりがちな性格を知っているから素直に信じてくれるとは思えない。

「ボクがそんな性格じゃないのくらい知ってるし。怪しさ全開だよね」

「そっか……結構疑り深そうなタイプだしなぁ」

 そうだ。父は慎重というか、あらゆる物事を疑ってかかる癖がある。だから、昔から嘘がほとんど通用しなかった。

「絶対バレちゃうよ。父さんに嘘は通用しない」

「だったら男の子の服を着て誤魔化す?」

「全部捨てちゃったんだけど」

「まぁ、もういらないものだし……それにもう服なんかじゃ誤魔化せないよねえ。髪型だってセットだけじゃ誤魔化せないよ。ぱっつん前髪しなきゃよかったね」

「気に入ってるんだけどね。かわいいじゃん」

「かわいくなりすぎちゃったのがそもそもの問題なんだよ」

 そんな場合じゃないんだけど、かわいくなりすぎちゃったという言葉にちょっとテンションが上がってしまう。もう、バレたっていいじゃないかなんて開き直った気分になった。女の子になってから、ボクは楽天的ですぐ開き直る性格になりつつある。

「もう、カミングアウトしちゃおうかな」

「それはダメだよ。今はやめといた方がいいと思う。準備があまりにも足りないよ」

 いつも強引に話を進めるユミ姉ちゃんが珍しく慎重だ。それもそうだろう。全部が明らかになったら、ボクを匿ってるユミ姉ちゃんだって危ない。すべての経緯がバレてしまったら訴えるなんて言い出しかねない。実際、ボクの性転換は法的にかなりのグレーゾーンというより、真っ黒だ。最悪、ユミ姉ちゃんも母さんも逮捕されかねない状況であることはボクも知っていた。

 だから、絶対に父に知られるわけにはいかない。

「ひとまずママと話さなきゃいけないよね。でもいつ帰って来るかわからないし、どうしよう」

「一旦、私が凜ちゃんの家に行ってお母さんと話してくるよ。私だったら鉢合わせたって問題ないし。とりあえず、今日だけは凜ちゃん出かけてるってことにしよっか。1日くらいなら誤魔化せるでしょ」

「うん。わかった。帰国したばっかりで疲れてるのにごめんね」

「それは凜ちゃんも一緒でしょ。大丈夫!なんとかしよう」

 そのままユミ姉ちゃんはボクの家へと向かっていった。こうして冷静に話し合ってみると、事態はかなり深刻だって理解できた。


 すっかり慣れたユミ姉ちゃんの部屋だけど、一人でいるとちょっと不安になる。部屋の中を見渡していると、ユミ姉ちゃんの部屋に男の子の服をいくつか置いていたのを思い出した。確か、タンスの一番下の段だ。

 開けてみると、そこには去年までよく着ていたTシャツとジーンズ、そしてサラシタイプのナベシャツが出てきた。ワンピースを脱いで身につけてみる。Tシャツは大きめのシルエットなのでナベシャツを着ていたら胸はそんなに目立たない。でも、ジーンズはお尻のあたりがかなり窮屈だった。タイト目のシルエットのメンズだから仕方ない。それでも生地を引っ張ってなんとか履いてみる。

 着替え終えて姿見に全身を映してみた。そこにはボーイッシュな服装の少女がいた。ユミ姉ちゃんの言う通り、服なんかじゃ誤魔化しきれなくなっていた。髪型も顔も、お尻のラインも前とは違う。シャツを引っ張ってお尻周りを覆ってみた。するとシルエットはいくらかマシになった。次はユミ姉ちゃんのヘアスプレーを拝借して、前髪を上げてみる。左右の髪も後ろに流してオールバック風にしてみると誤魔化せるかもしれない。でも、顔が丸見えになってしまう。この1年で顔もかなり変わっていた。前は痩せていたので少し骨ばっていてた。でも今は適度な脂肪がついて、女の子らしい顔になっている。でも、このくらいなら多分誤魔化せる。


 そうこうしてると、ユミ姉ちゃんが戻ってきた。

「何やってんのよ。そんなんじゃ全然誤魔化せてないよ。女の子の男装コスプレみたいで逆に変だよ」

 ボクなりにまぁまぁうまくいったと思ってたのでちょっとショックだった。

「でも、なんとか誤魔化さないと」

「とりあえず、今日はうちに泊まって行きなよ。学校の合宿に行ってるって説明するらしい。その後のことは、明日のお昼に三人で話し合うことになったから」

 ひとまず今日は大丈夫。ボクは安心した。

「うん。わかった」

「よし、ひとまずその変な格好はやめよう。髪も凄いことになってるし、シャワー浴びようか。私も汗かいちゃったし。一緒にお風呂行こう」

「二人で?」

「何今さら恥ずかしがってんのよ」

 何度も裸で抱き合っているのに。

「ちゃんと女の子になってからははじめてだから……」

 ユミ姉ちゃんははっとした顔をして、すぐに微笑んだ。

「そうだった!今日は女の子の良さを教えてあげなくちゃね」

「何言ってんの」

 二人で笑い合いながらボクたちはシャワールームに向かった。危機的な状況だけど、どこか暢気で、ボクはやっぱり浮かれていた。

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