第13話「シナリオ通りに」

 予想外のことがあったけど、女の子のまま外に出るというハードルを越えてしまうと、見える景色が変わった。後ろめたさがなくなって、家でももっと大胆に女をむき出しにするようになってきたのだ。そして、母もそんなボクをあっさり受け入れてる。部屋着もレディースものを着るようになったし、身体のラインを隠すどころか、強調するようにタイトなものを好んで選ぶようになった。そして、鏡に映った自分を見て確認する。ちゃんと女の子だ。以前は逆だった。ちゃんと男の子に見えるかどうかを確認し、少しでも女の部分を隠そうとしていたのに。

 きっかけがあれば人は大きく変わってしまう。いや、元々ボクにそんな素質があったのかもしれない。ユミ姉ちゃんが言うように、もともとボクは女の子で、間違って男の子として生まれてしまったから本当の姿に戻ろうとしているのかもしれない。


 自分では気付いていなかったけど、これは危険な状態だった。自分を肯定することで、気持ちよくなっていた。もともと、ボクの中にあった自分への肯定感の低さと変身願望を女性化願望にすり替えてしまったいたんだと思う。でも、根本的に違うものをすり替えたって、絶対にズレが生じる。時間が経てばそのズレは大きくなってボク自身を切り裂くことになるんだ。


 切り裂かれても、ボクはずっと女の子として生きていくことになる。女子中学生になって、そのまま女子高生に成長する。少女から大人の女になっていく。


 初めて出かけた翌日、続けて学校を休んだ。ユミ姉ちゃんに連れられて病院に行く日だったのだ。今考えてみれば、あの外出は女の子のまま病院に行くための練習だったのかもしれない。どこまでも用意周到だ。でも、ボクはそんな彼女に感謝していた。

 ユミ姉ちゃんが見つけてきた病院は、ちょっと不思議な場所だった。一般的な病院のように看板なんかは出ていないし、一見するとただの民家のような建物。でも、中に入るとさまざまな医療器具があった。意外とまともでちょっと安心した。彼女に付き添われて、ボクは当たり前に女の子の姿ではじめての診察を受ける。手術を受けてもホルモン治療は続けることになる。これからここに通うことになるんだ。


「凜ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。ユミ姉ちゃんのシナリオ通りに」


 診察室にいた先生は女性で思っていたより若い。30~40代くらいでちょっときつめの顔つきだ。でも、凄く優しかった。そこではいろんなことを聞かれる。要するにカウンセリングだ。ボクはユミ姉ちゃんと一緒に作ったシナリオに合わせて答えていく。

「物心ついた頃から男の子であることに違和感がありました」

「男の子の服を着るのがいやでした。かわいいスカートが履きたかったんです」

「髪を短く切られてしまって一晩中泣いてしまいました」

「七五三で袴を着せられるのが嫌でした。きれいな着物が着たかったんです」

「ロボットやミニカーよりもお人形が欲しかったけど言い出せませんでした」

「中学生になるのを目前にして、女の子の制服じゃなくて学ランを着ることになるのがどうしても嫌でした」

「クラスメイトが声変わりして、男っぽくなっていくのを見て怖くなり、絶望しました。それだけはどうしても耐えられない。だから必死に調べて女性ホルモンを使うようになりました」

「女性ホルモンをはじめてから身体が女の子に近づいて行くと、絶望が和らいで、心が落ち着くようになりました」

「それでも、自分の身体の男の部分が嫌で、カッターで切ろうとしました。でも痛くて、怖くなってやめました。このままなら死にたいと思いました。実際に死に場所を探す毎日でした。どこから飛び降りよう、どこで首を吊ろうか、って考えていました」


 準備を完璧にしなければ未成年者が治療を受けることはできない。違法な治療をしていると言っても闇雲にホルモン投与なんてしていたらトラブルが起こるのは目に見えている。だから、徹底的に準備をした。ボクの話は十分な説得力があった。ボクのアソコには誤って傷つけてしまった傷があった。まるでカッターで切ろうとしたような傷だ。もう治っているけど、それだけ悩んでいたという証拠になる。


 先生は少しも疑うことなく、私の話を聞いてくれた。そして採血など、いくつかの検査をして、注射を打たれた。案外簡単だ。


 私が海外で手術を受けることに関しては何も触れなかった。違法な治療をしている以上、これ以上クビを突っ込みたくないというのが本音なんだろう。


 あとは手術だ。日本にも違法な治療をしている病院があるくらいだから、海外なら尚更多い。でも、リスクはある。その中からセレブ向けの最新治療が受けられる病院を使うことになった。費用はとんでもない額で驚いてしまったが、母はあっさり払ってくれた。渡航費用を合わせると1000万円近い。

「娘のためならお金なんて惜しくないわよ。私も、お父さんももっと稼げばいいだけよ」

 母はそう言いながら微笑んでくれた。もう、この時は騙しているといった罪悪感は存在しなかった。ボク自身が女の子になりたいと心から思っていたから、ただただ母に感謝して、涙を浮かべてしまったくらいだ。病院で先生に話したシナリオが、そのまま真実であるかのように思えた。ボクはずっと苦しんできた。女の子になりたくて苦しんできたんだ。その苦しみの中からユミ姉ちゃんが救ってくれたんだ。


 ここまで来た。準備が完全に整ってしまった。とっくに引き返せないところに来ているんだけど、外科手術までするとボクの男としての唯一の特徴を喪うことになる。でも、もう怖くはなかった。むしろ、待ち遠しいくらいだった。

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