第12話「怖かったけど、楽しかったよ」
緊張はしていたけど、それ以上に昂ぶっていた。何かから開放されたような気分だった。多分、開放されたのは事実だ。ユミ姉ちゃんの部屋と僕の家だけでしか開放できなかった女の子のボク。その姿ではじめて外に出た。変な自信があった。絶対に誰もボクのことを男の子だなんて思わない。時間は15時を少し過ぎたころで、中高生の下校時間としては少し早いくらい。
「緊張してる?」
逆にユミ姉ちゃんの方が少し不安そうだった。家の近所だからそれもある程度は緊張感を持つべきだったのかもしれない。でも、この住宅街の大人は比較的帰りが遅い人ばかり。学生はまだ帰って来ない時間。だから、閑散としていて、知り合いに会ってしまう心配はあまりない。ボクは浮かれてて、そして楽天的で冷静だった。
ボクの考えの通り、あっさり住宅街を抜けて駅前に出た。ここまで来ればボクも彼女もそれほど目立たない。夕方近い駅前に制服姿の女の子がいても少しもおかしくない。ボクは女の子として景色の一部になっていた。ちょっと物足りないくらいだ。
「案外、普通なんだね」
「そりゃ、そうだよ。じゃないとお出かけなんてできないよね」
ユミ姉ちゃんも少しホッとした表情だ。自分から誘ってきたのに、彼女なりに不安はあったんだ。でも、ボクのために連れ出してくれた。そう考えると、彼女がもっと愛おしくなった。
「ねぇ、どこに行くの?」
よく考えたらボクらはどこに行くか決めてなかった。なんとなく買い物に行きたかったけど、制服姿で外を歩いているだけでちょっと満足してしまった部分もあった。
「凜ちゃんはどこがいい?」
「どこでもいいよ。なんか歩いてるだけでも楽しい」
本音だった。あんなに女の子で外を歩くのが怖かったのに、今は楽しくてたまらない。開放感がそのまま快感になっていた。迷いを断ち切ったら、こんなに世界は広くて自由だ。そんな大げさな言葉が口から出てきてしまいそうだ。
「じゃ、やっぱり買い物に行こっか!凜ちゃんキャリーバッグとか持ってないでしょ?海外に行くんだから絶対必要だよね」
海外に何をしにいくのかを改めて考えるまでもない。むしろ、その時のボクはそれが楽しみなくらいだった。これが終われば、本当に開放される。その準備は大切だ。
「女の子は荷物多いもんね」
「そうだよ!いっぱい荷物入るやつ買おう!お揃いがいいよね!」
「うん!それがいい!」
ボクは女の子の生活がどんなものなのか知らない。今までの生活が単なるごっこ遊びだ。でも、知らなかった。ボクは何も知らなくて、はしゃいでいた。未来は全部明るいって思っていた。
でも、その時はそれでよかったんだ。少しでも幸せを感じていた。ここで、どんな選択をしていてもボクの未来はそれほど大きく変わらなかったと思う。それに……。
電車に乗った。もちろん、女の子としてはじめてのことだ。少しも目立ってないけど、少しだけ視線を感じた。それは男の子からのものだ。電車の中には学校帰りの中高生がたくさんいた。自意識過剰なのかもしれない。でも、確かに視線を感じていた。それは、ボクが女の子だからだ。不思議と怖くなかった。少し前のボクだったら、男が女子中学生の制服を着ているって思われているのでは?っていう不安に駆られたと思う。でも、ボクは自信を身につけていた。根拠のない自信だけど。実際、その視線には性的なものを感じた。ボクに女を感じる男の子を感じたんだ。
「あそこの男の子、凜ちゃん見てるよ」
相変わらず、ユミ姉ちゃんはボクの心を読んでいるように耳元でささやいてきた。ボクはとっくに気付いてた。
「知ってる」
「凜ちゃんって意外と視線に敏感?」
「そうかも」
二人で小声でささやきながら笑い合った。
目的の駅まではほんの3駅。10分も乗っていないのに、電車の中では自分が女であることを強く自覚することになった。そして、電車降りてすぐに……。
「それ、ライラシア学院の中等部の制服だよね?」
さっき、ボクを見ていた男の子から声をかけられた。よく考えたら、ボクが学校の名前をよく聞いていなかったので戸惑っているとユミ姉ちゃんが代わりに答えた。
「そうだけどなにか?」
毅然とした態度で、少し冷たさすら感じた。
「いや、俺も同じで……」
「だから何?」
ユミ姉ちゃんの声は威圧的だ。
「えっと……LINE教えて貰えないですか?」
彼は急に敬語になる。明らかにユミ姉ちゃんに気圧されている。なんか、情けない男だな、って思ってしまった。なので、ボクも少し調子に乗ってしまった。
「なんで?」
「仲良く……なりたいかな……って」
弱々しい声だ。
「それでナンパのつもり?」
ユミ姉ちゃんはあくまで威圧的だけど、少し哀れむような声になっていた。なんだか、少し彼のことがかわいそうになってしまった。
「私、ナンパは嫌いだからやめてください。私、来年入学予定なんです。だから、学校のどこかであったらまた声をかけてもらえたらお話はします」
自分でもびっくりするくらいにスムーズに言葉が出てきた。
「マジかよ。じゃ、まだガキじゃん。お嬢様学校の子なら簡単にヤれると思ったのにさ。珍しい上玉だし。ガキは家で寝てろよ。一丁前に制服なんか着てんじゃねえ」
男は態度を豹変させると、走り去った。ボクは固まってしまった。男の視線に得意になっていた自分がいかに無防備だったかを思い知った。ボクは簡単にヤれる女の子にしか見えなかった。
「凜ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
自分でもはっきりわかるくらいに声が震えていた。気が遠くなるような感覚。膝が震えていた。
「今日は、帰ろうか」
ボクは完全に浮かれていた。でも、自分が女なんだと強烈に感じることになった。怖かったけど、それも含めて女として強くならなきゃいけない。
「ユミ姉ちゃん、ありがとう」
彼女は黙ってボクの手を強く握ってくれた。
「怖かったけど、楽しかったよ」
ユミ姉ちゃんは答える代わりに、ボクを帰りの電車へと導いてくれた。ボクは彼女の敷いたレールの上にいれば大丈夫。だから、怖くなかった。
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