第11話「もっとかわいくなりたい」
メイクをするのははじめてだった。ユミ姉ちゃんが取り出す道具はどれも未知のもので少しワクワクする。自分がどんな風に変わって行くのかを想像する。
ボクは幼い頃から変身した自分の姿を想像するのが好きだった。アニメの主人公だったり、怪獣だったり、動物だったりいろんな変身の想像をした。ボクはボクなのに他の存在になる。うまく説明できないけど、ボクは変身することにドキドキした。
今、ボクは想像ではなくて現実の世界で変身しようとしていることに気づいた。やっぱりドキドキしている。
「ちょっと大人っぽい感じにしてみよっか」
大人になった自分。きれいな女性をイメージする。この一年でボクの未来は大きく変わってしまった。
「セクシーな感じ?」
明らかにボクは浮かれていた。開き直ってしまったからなのか、受け入れてしまったからなのか。男と女の間で揺れていた気持ちを振り切ってしまったからだ。女側に。
「生意気だなぁ。まだアレついてるくせに」
「やめてよ」
急に男性の部分に違和感、いや、拒否感を覚えた。手術することが決まったからだろうか。それとも女の子の自分を受け入れたからだろうか。これは喪った今でもわからない。
「ごめんね」
ボクの心を読み取ったように、彼女は真面目な顔をして謝った。
「何謝ってんの?早くメイクやってよ」
ボクはちょっと甘えた声を出した。意識しなくても自然に少年ではなく、少女の声になる。
「結局楽しみなんじゃん。いいけどさ」
そう言いながら彼女は慣れた手つきでボクの顔にメイクをはじめる。少しくすぐったい。そして真面目な顔の彼女の顔が近くて変な気持ちだ。
「凛ちゃん肌綺麗だし、目はパッチリして黒目も大きいし、本当はメイクなんていらないんだけどね。」
褒められると嬉しいんだけど、答えに困る
「中学生になったら絶対モテちゃうよ。困るなあ。私の凛ちゃんなのに」
モテると言うことは男の子に想いを寄せられることだ。多分、ユミ姉ちゃんみたいに女の子が女の子を好きになるのは特殊なケースだと思う。
「ユミ姉ちゃんはモテないの?」
はっきり言ってユミ姉ちゃんはかわいい。子供の頃からずっとかわいいな、キレイだなって思ってた。幼馴染補正なんかじゃない。そんな彼女がモテないわけがない。
「そりゃモテモテよ。悪い気はしないけど迷惑だよ」
真顔でそんなこと言い出すから思わず笑ってしまった。
「何がおかしいのよ。それに顔動かさないで」
「ごめん。真顔でそんなこと言うからさ」
また顔を少し強ばらせながらの変な会話を続ける。
「男の子のアプローチのかわし方も教えてあげとかないとね。しつこい奴もいるからさ」
「ボク、そんなにモテるわけないから大丈夫だよ」
正直、今のボクにはどうでもよかった。モテたいなんて思わないし、その必要もない。女の子になったからと言って男の子を好きになることなんてきっとない。
本当にないのかな?
少し怖くなった。自分がどんどん変わっていくのがわかる。少し前までメイクをして女の子の姿でお出かけなんて考えたこともなかった。でも、今は少しだけ楽しみだ。身体だけじゃなくて、頭の中まで女の子のボクに浸食されていくみたいだ。
今はあり得ないと思っていても、この夏が終わったら、この制服を着て中学校に通うようになったら……。否定はできない。ボクが男の子と一緒に並んで歩いてるのを想像してみた。全然違和感がない。ボクは女の子なんだから当たり前だ。じゃ、抱かれるのは?想像すると胸が切なくなった。
性転換手術を受けるのは、女子中学生になるため。それと同時に、男を受け入れることができる身体になることを意味する。すると、ボクはもっと変わってしまうのかもしれない。
「はい。凜ちゃんもっとかわいくなっちゃったよ」
ユミ姉ちゃんの言葉で我に返った。そして渡された手鏡を見て驚いた。間違いなくボクの顔なんだけど、ちょっと違う。正直、少しだけ見とれてしまった。
「凜ちゃん、なんかぼぉっとして凄く色っぽい顔してたけど何考えてたの?」
「なんでもないよ。動けないから退屈だっただけ」
鏡の中のボクの顔は別に色っぽくはなかった。でも、ドキドキした。男の子のボクはなんか冴えない感じだったけど、女の子のボクはかわいい。
「で、初めてのメイクはどう?気に入った?」
「うん!ありがとう!すごくかわいい」
「お?ようやく自分のかわいさを自覚したか」
「ずっと自覚してたけどね」
「どんどん生意気になって行くなぁ。でも、かわいいから許す!」
かわいい。女の子になることで、ボクの自己肯定感は間違いなく高まった。女の子でいる時は自分の容姿に自信を持つことができた。
「ボク、もっとかわいくなりたい」
思わずそんな言葉が飛び出した。その時、ボクは女の子になることをとてもポジティブに考えていた。これから、ボクの人生はもっと楽しくてすてきなものになるって思えた。
でも、そんな簡単なことじゃない。ボクの心はもうとっくに壊れていたんだ。それにすら気付くことができないまま、なんだか嬉しくて、幸せだった。
「じゃ、前髪作ってみるのもありだな~。眉毛の上でパッツンとか似合いそう」
そう言いながらユミ姉ちゃんは前髪をまっすぐに切りそろえたモデルの画像を映したスマホを渡してくれた。
髪は伸ばしていてもう肩につく位だけど、前髪を作ったことなんてなかった。
「ま、今日はこれ無理だから、今度一緒に美容室行こうよ」
ボクは頷いた。でも、こんな髪型にしちゃったら学校に行けなくなっちゃう。ヒナにも会えなくなっちゃう。
「今度ね」
いっそ、今日からずっと女の子でもいいかも、なんて考えながら、姿見に全身をうつしてお出かけ前のチェックをした。
「じゃ、いこっか」
「うん」
踏み出した。その一歩はとても大きなものなのに、足取りは軽い。ボクは振り切れたまま前に進むことしかできなかった。
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