第10話「制服デートに決まってるじゃん」

 ユミ姉ちゃんに急かされながら私は真新しい制服を身につけた。女の子の服を着るのはもう慣れていたけど制服になるとやっぱり気分が違う。増して、自分が通うことになる中学校の制服、ボク自身の制服だと思うとちょっと嬉しくなった。デザインは最近のブレザータイプのごく普通のもの。色は上下共にグレーでスカートには細かいチェックが入っている。

「凜ちゃん似合ってる!セーラー服もいいけど、こっちの方がいいね」

 鏡に映った姿を改めて見ると、確かに似合ってる。ボクはこの姿で中学校に通うことになる。女の子としてなら、友達もできるかもしれない。


「ちゃんと通えるかな」

 でも、ボクはまだ女の子の姿で外に出たこともない。

「大丈夫。これから本当の女の子になるんだから」

「どういうこと?」

 ユミ姉ちゃんは私を抱きしめながら耳元で言った。

「この夏休み、性転換手術を受けるのよ」

 一瞬、彼女が言っていることの意味がわからなくて混乱した。できるわけない。

「手術って18歳にならないとできないんでしょ?」

 いずれは受けることになるのは分かっていた。でも、ずっと先の話だと思っていた。遠い未来の話で現実感はなかったのだ。それまで、時間をかけてゆっくりと女の子になっていくはずだった。

「日本ではね。海外では特例があったり、親の同意があればもっと低い年齢で手術が受けられる国もあるんだよ。徹底的に調べて、見つけたの。凜ちゃんの条件で手術が受けられる病院」

 相変わらずの行動力に少し呆れてしまった。

「それにしても急すぎるよ。夏休みって、すぐじゃん……」

「手術を受けることが、女の子として中学校に通うための条件なの」

「条件?」

「いくら女の子にしか見えないって言ってもオチンチンのある子を女子生徒として受け入れられると思う?」

 それはそうだと思う。だからボクは18歳になるまで隠し続けるつもりだった。その生活の窮屈さ、苦しさは簡単に想像できた。だから、女の子として中学校に通えると聞いて、安心していた。嬉しかったと言ってもいい。

「だからって……日本では違法なんだし手術強制ってめちゃくちゃな学校だね」

 未成年に性転換手術を強制する学校なんてあってはならない。

「それはね……もう手術は受けてあるって前提で入学を認めてもらうって形なんだよね。私立の中学だし」

「え?そこまで話を進めてるの?」

「この学校、私の叔父が理事長だからちょっと裏からいろいろとね」

 ユミ姉ちゃんの家は親戚に偉い人がたくさんいるという話は聞いたことがある。そのコネがこのめちゃくちゃな話を実現してしまったらしい。

「せめて私に相談してよ……」

 彼女は何でも勝手に決めてしまう。

「お母さんとは相談済みよ。女の子として学校に通えるって聞いて喜んでたわ」

「手術の件は?」

「それも相談済み。最初は心配してたけど、将来のことを考えたら早い段階から女の子として生活した方がいいんじゃないかってことになったの」

 母は何も言ってなかったのに、また勝手に話が進んでいた。ここ最近、母は当たり前に私を女の子として受け入れていて、新しい下着を買ってきてくれたりするくらいだ。ユミ姉ちゃんみたいにノリノリというわけではないけど、思ったよりボクが娘になることに肯定的なようだ。

「そこまで進められてたら、私にはもう拒否権ないじゃん」

「そういうことだね。全部任せてって言ったでしょ。凜ちゃん自身じゃここまでできないでしょ?おっぱいのある男子中学生になって周りから変な目で見られる生活なんて無理でしょ」

「それは、そうだけど」

 ユミ姉ちゃんはもう一度私を強く抱きしめてくれた。

「大丈夫。私がついてるから。本当の女の子になったら一杯デートもしよう。オシャレもメイクも教えてあげる。女の子の気持ちよくなり方もね」

「気が早いよ」

「そんなことないよ。本当にもうすぐだから」

 そうだ。もう7月だ。目の前に夏休みが迫っていた。自分に迫った大きな変化に想いながら、心にひとつひっかかるものがあった。それはヒナのことだ。夏休みは毎日会うって約束してしまった。その約束は守れそうにない。夏休みがはじまって、次にヒナに会う時、ボクは完全に女の子になっている。いっそ、女の子の姿で会いに行ってみようか。そしたら、お互いに気持ちを振り切ることができる。

 そんな勇気があるのなら、こんなにこじれてしまうことはなかったんだけど。


「じゃ、さっそく出かけよっか!」

 今日のユミ姉ちゃんはいつも以上に言動が唐突だ。

「出かけるってどういうこと?」

「制服デートに決まってるじゃん!」

 とんでもないことを言い出す。

「できるわけないじゃん!」

 まだ女の子の格好で、制服で外に出るなんて無理に決まってる。それに、ボクはまだ中学生じゃない。

「できるよ!来月には女の子なんだしさ、もっと買い物もしたいでしょ?」

「女の子の服で行く必要ないじゃん」

「じゃ、男の子の格好でスカートやワンピの試着するの?その方が変だよ」

「それはそうだけど……」

 買い物と言われて、正直少しときめいてしまった。最近、ファッションにも興味があった。でも女の子の服を自分で買いに行くことはできないからユミ姉ちゃんに頼りっぱなしだった。どれもオシャレで悪くなかったんだけど、自分で選びたい。

「いずれは女の子として外に出るんだよ?来年はその制服で学校に通うんだし。その前に夏休みには女の子として海外旅行だよ……まぁ、手術するし観光とかできないかもだけど」

「でも、こんな時間に制服で出歩いてたら、警察とか大丈夫?」

「う~ん。だったら午後からにしよっか!学校帰りっぽい感じにしてたら大丈夫でしょ」

 それなら大丈夫かも……と思ってしまうボク。でも大切なことに気付いた。

「やっぱダメだよ!知り合いに見られたらどうするの?バレちゃうよ。小学校までは男の子として卒業するんだから」

「メイクして髪型セットしちゃえばわからないよ」

「そんなことないでしょ」

「それがあるのよ。女は化けるんだから」

 このまま押し切られてしまう。結局、ボクはこの日、女の子としてはじめての外出を経験することになる。そこからタガが外れたように女の子になっていくことになる。

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