第5話「女の子の匂いになったね」
さすがにボクはあまりにも何も知らないままで女の子になろうとしていた。完全にユミ姉ちゃんにされるがままだった。ずっとそれでいいと思っていたんだけど、ヒナと出会って少しだけ自分の意思で考えるようにようになった。
自分はこのまま女の子になっていいのか。
「凜ちゃん、女の子の匂いになったね」
ユミ姉ちゃんが私の胸元に顔を押し付けながら言った。
「やめてよ恥ずかしいよ」
咄嗟に身体を引いて腕で胸を覆った。
「仕草まで女の子だよ。可愛いなぁ」
彼女は無理矢理、私の身体を抱き寄せる。匂いには自分でも気付いていた。ユミ姉ちゃんやヒナのような女の匂いを自分が発している。仕草はユミ姉ちゃんの教育だ。それに、胸を庇うのは身体の変化によるものだし、スカートを履いていると大股開きで座るわけにはいかない。
「このままお出かけしても大丈夫だね。どこからどう見ても普通の、いや、可愛い女の子だよ」
「無理だよ!恥ずかしいし、人に見られたら……」
外に出るなんてとんでもない。でも、自信はあった。ボクはもう女の子に見える。でも、まだスカートを履いて外に出るなんて考えられない。
「無理強いはしないけどさ。でも凜ちゃんとデートしたいな」
「男の子の服だったら大丈夫だよ」
「だめだよ。凜ちゃんはもう女の子なんだから。戻れないって言ったよね?」
戻れない、もう、戻れない。男の子には戻れない。ユミ姉ちゃんは何度もボクにそう言った。まるで言い聞かせるみたいに。そのたびにボクは自分を納得させていた。
女性化に関する知識はほとんどユミ姉ちゃんから教えられたものだった。女性ホルモンを投与することで、僕の年齢の場合、男の子としての第二次成長がストップする。そして女の子としての第二次性徴がはじまる。つまり、筋肉の増加が止まって、代わりに脂肪が増えて身体が柔らかくなり、胸などが膨らみ、女性らしい体つきになって行く。今のボクの身体の状態からみても、これは間違いない。
そして、男性機能を喪う。これは目に見えないけれど、大きな問題だ。ホルモン投与をはじめて半年くらいでちゃんと機能しなくなった。これはユミ姉ちゃんの言っていた「男の子ではなくなる」ということ。もっとも、ボクの場合は射精の経験もなかったんだけど。
これらの変化は基本的に止めることはできない。女性ホルモンの投与の期間が長ければ、男性機能が戻ることはないし、男性ホルモンも正常に分泌されなくなるので、自然に男らしい体つきに戻るわけではない。
ボクはここに疑問を抱いた。胸が膨らんで体型が明らかに変化した時点で、もう男の子には戻れないんだと決め付けていた。でも、自分でいろいろと調べてみるとホルモン投与をはじめて1年未満であれば、男の子に戻れる可能性があることを知った。つまり、まだ間に合うかもしれないのだ。ちょっと怪しいブログなんかでは実際にホルモン投与によって一時的に男性として機能しなくなったものの、投与を中止することで男性機能を取り戻し、正常な男性として暮らせているというケースも見つけた。
まだ間に合うにしても、リミットは近い。その時点で6月だった。初めて女性ホルモンの投与したのは8月。もし、ボクが男の子に戻ると言ったらユミ姉ちゃんは何て言うだろう。本当にもう会えなくなってしまうのだろうか。それは嫌だ。
でも、女の子になる道を選ぶのであれば、隠し通すのはそろそろ限界だ。本格的な夏が来れば嫌でも薄着になる。胸は目立つし、ブラだって透けてしまうかもしれない。それに、ここ最近、胸が張ったような感覚があって、成長しているのを感じていた。少しタイトなTシャツとジーンズを着て鏡の前に立ってみた。男の子の服なのに、そこには大人へと成長しつつある少女の姿があった。前よりも、もっと女になっている。こんな身体でヒナの隣にいていいわけがない。キスなんてもってのほかだ。
あと2ヶ月もない。女の子になるか、男の子に戻るかを決めるまでのリミット。でも、完全に戻れないわけじゃないことが希望に感じられた。
でも、すぐにそんな希望は打ち砕かれることになる。
その日はタイトなノースリーブのワンピースを着せられていた。身体のラインがしっかりと出るデザイン。
「こういう服も似合うようになったんだね。本当、可愛い」
胸もくびれもおしりも、すべてが女性のそれだった。ユミ姉ちゃんほどじゃないけど、ちゃんと女の身体だった。
「まだ1年も経ってないのにこんなに変わっちゃうんだ……」
素直な感想だった。ボクはまだ間に合うと思っていたけど、手遅れなのかもしれない。まぁ、事実、手遅れだったんだけど。
「本当はね、もっと前から準備してたんだよ」
不穏な空気が流れた。
「何のこと?」
「凜ちゃんには完璧な女の子になって欲しかったから」
彼女は幸せそうな笑顔のまま話を続ける。
「2年前から男性ホルモンを抑える薬と、弱めの女性ホルモンを飲んでもらってたんだよ」
ボクはどんな顔をしていただろう。2年も。おかしいとは思っていた。ネットで調べた情報と比べると明らかにボクの変化のスピードは早かった。
「騙しちゃっててごめんね。でも、凜ちゃんも女の子になるって決めてくれたんだからいいよね」
最初からボクは男の子じゃなかった。射精できなかったのもきっとそれが原因だ。ボクは少し乱暴にユミ姉ちゃんを抱きしめて、ベッドに押し倒した。無理矢理にキスをする。精一杯、乱暴な男を演じる。もう、去年の夏みたいに元気じゃないし、全体のサイズも小さくなってしまったけど。
「凜ちゃんどうしたの?」
「ヤリたい」
そういうと、無理に彼女と交わろうとした。まったく抵抗はされなかったし、そっと指で触れてみると、受け入れる準備もできてるみたいだ。勢いでそのまま彼女の中に入れようとした。
でも、無理だった。もう、ボクには男性としての能力を喪っていたんだ。できるわけがない。とっくに、手遅れだった。今だって、ボクは男を演じているだけで、自分が限りなく女の子寄りになってることには気付いていたんだ。
「凜ちゃん、もう無理だってわかってるでしょ?」
ボクは彼女の胸に顔を埋めて、声を出さずに泣いた。
「大丈夫だよ。私に全部委ねてくれたらいいから。凜ちゃんは安心して」
彼女は肩くらいまで伸びたボクの髪を撫でながら言った。
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