第4話「君の学ラン姿が見たかった」
はじめて話しかけられた日からすぐにボクとヒナは仲良くなった。ボクはもともと友達が多い方ではなかった上、秘密がバレるのが怖くてさらに人を遠ざけるようになっていた。でも、本当は寂しかったんだ。一人で秘密を抱えて、相談どころか雑談をする相手さえいない。その状況に、思った以上に追い詰められていたのかもしれない。ヒナはそんなボクを救ってくれた。
ヒナもなぜか人を遠ざけるようなタイプであまり親しい友達なんかはいないようだった。
「私、あんまり人と話すの好きじゃないんだよね」
彼女のことをほとんど知らなかったけど、確かにボク以外と話しているのをほとんど見たことがない。
「ボクもあまり話しかけない方がいい?」
一瞬、余計なことを言ってしまったかもと不安になったけど、ヒナはあっさり答えてくれた。
「君は別。もっと君と話したいの。ダメ?」
ヒナの言葉はいつも真っ直ぐだ。少しも嘘がなくて、堂々と自分の気持ちを伝えてくる。それが周囲を遠ざけてしまったのかもしれない。
「ボクもヒナともっと話したい」
「相思相愛だね」
少しドキっとした。ボクの抱えている性別の問題がなければ、思春期にさしかかった男の子と女の子だ。お互いを意識したっておかしくない。彼女の言う相思相愛にどんな意図があったのかはわからない。でも、彼女はボクにある程度の好意を持っていることはわかった。そして、ボクも正直に言うと好ましく思っていた。でも、ユミ姉ちゃんに抱いている気持ちと近いような、違うような不思議な感情だ。
ヒナは距離感が近い。特に二人きりになるともっと近くなる。放課後、二人きりで教室に残っていろんな話をするのが日課になっていた。
彼女はストレートな言葉でどんどん踏み込んでくる。そして物理的にもだ。ボディタッチも多いし、話すときに顔を近づけてくるクセがあるみたいだ。でも、女の子にベタベタされるのはユミ姉ちゃんで慣れていることもあって、それほど戸惑うことはなかったし、悪い気もしない。
「君って凄く女の子に慣れてる気がする。それとも私を女だと思ってない?」
そんなことを言われてしまうくらいだ。
「ヒナはすごく可愛い女の子だって思ってるよ」
彼女につられてボクも真っ直ぐな言葉を投げかけるようになった。ボクは人に影響されやすいのかもしれない。
「そういうところだよ。いろんな女の子に言ってそうだし」
放課後、教室には二人だけ。こんな会話をしていると、完全にカップルに見えるだろう。でも、ボクにはユミ姉ちゃんがいるし、そんな関係にはなれない。そう思っていたんだ。
「ボクが誰かにそんなこと言ってるの見たことある?学校じゃヒナ以外の女の子と話すことすらないよ」
少し後ろめたくて、ムキになった。
「学校じゃ?他の所だと女の子とたくさん話してるってこと?」
ユミ姉ちゃんの顔が思い浮かぶ。
「そんなことないってば」
嘘をついた。もし、本当のことを言ったらこの関係が壊れてしまうかもしれない。そして、またボクは一人になる。いや、それ以上の感情をヒナに抱いていたのだろう。
「だったらキスしてよ」
突然の彼女の言葉。突然だけど、本当は予感していた。そして、ボクはあっさりと彼女の唇にキスをしたんだ。ユミ姉ちゃんとは違うちょっと甘酸っぱい女の子の匂いがした。すごくドキドキしていた。
「キスも慣れてるな」
唇を離すと、彼女は少し早口でそんな事を言ったけど、顔は真っ赤だった。
「はじめてなんだけど」
ボクはまた嘘をついた。
「私も、好きな人とするのははじめて」
意味深な言葉だけど、今はその意味を考えてもきっとわからない。
いけないと思いながらも、ボクは彼女との関係を前に進めてしまったんだ。
いろんなことを後悔した。もし、去年の夏休みの前にヒナと出会っていたら、普通のカップルになれたかもしれない。これからも男の子として当たり前の日々を送ることになっただろう。
学校からの帰り道、途中までヒナと一緒に帰る。さすがに手は繋がないけど。前を歩く中学生のカップルがしっかり手を繋いでいた。
「来年から中学校の制服、ブレザーになるらしいよ。残念だな。君の学ラン姿も見たかった」
中学になると、男女の違いが明確になる。制服がその代表だ。
「ボクもヒナのセーラー服姿見たかったかも」
ボクはセーラー服を着たことがある。ユミ姉ちゃんのお下がりだけど。自分で言うのも変だけど、似合ってたと思う。それから、中学生になった自分をイメージする時はセーラー服姿だった。当たり前に女の子になることを受け入れていた。でも、ヒナと一緒に男の子として生きる未来があったのかもしれない。
もちろん、ユミ姉ちゃんのことが大好きだ。でも、そのためにあまりにも多くの犠牲を払うことになるのは明らかだ。真剣に考えると、今からいきなり女の子として生活するのは大変だ。周りの理解も得られるかわからない。戸籍上の性別変更ができるようになったというニュースは聞いたことはあるし、自分でも調べたけど、簡単なことじゃない。ちゃんと女の子になるには手術だって必要だ。だったら、ヒナと一緒に男の子として……そんな気持ちが生まれていた。
「胸、また大きくなったんじゃない?」
その日の夜、ユミ姉ちゃんの部屋でまた女の子になっていた。ますます身体は女の子へと成長していく。でも心はまだ男の子の部分が残っていた。ヒナのことを考えながら、女の子の身体でユミ姉ちゃんに抱かれた。
「凜ちゃん、ずっと一緒だからね」
ボクはどうするべきなのかわからないまま、流されていた。
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