第3話「君は素敵な男の子だよ」

 ボクがもう普通の男の子に戻れないことをある程度理解したのは6年生の春のこと。ボクは小学生で、ユミ姉ちゃんは高校生だから生活のリズムはまるで違う。両親の仕事の帰りが遅いこともあって、相変わらず彼女の家で過ごす毎日だったけど、生活の中心はあくまで学校。つまり、男の子として過ごす時間が圧倒的に長いのだ。

 気候が暖かくなりはじめ、薄着になると大きな悩みが生まれた。薄着になるにつれて、ボクの身体はどんどん女の子になっていく。そして、当然体型の変化が目立つようになる。隠しきれない。


 去年の夏に着ていたTシャツと短パンを着て鏡の前に立ってみた。明らかに去年のボクとは違った。成長期に備えて大きめのサイズを買っていたし、ブラも小さめのもので押さえていたのでそれほど目立たない。でも、全体的に脂肪が増えて女性的な印象になった気がした。とはいえ、まだまだ男の子で通る。でも、確実に身体のラインは女性として成長し続けていた。この夏、隠し通せるかというと不安になった。もう、戻れないのは明らかだった。だから、覚悟した。とは言っても、この先どんな風に生きて行けばいいのかわからなかった。この時点で、女の子になることを現実として受け入れていたけど、不安だらけだったのだ。


 さらに、周囲も二次成長期に入る。同じクラスには声変わりが始まった子もいたし、男の子から大人の男性へと変化していく。その中で、明らかにボクは浮いていた。きっと、中学生になればそれはもっと顕著になることは明らかで、憂鬱になった。多分、ボクは学ランよりセーラー服の方が似合う身体に成長してるはずだ。

 

 周囲は受け入れてくれるだろうか。多分無理だ。ユミ姉ちゃんと離れている時間、ずっとボクはそんな不安に押しつぶされそうになっていた。


 学校だけじゃない。家も同じだった。帰りが遅いとは言っても両親とは毎日顔を合わせる。すると、誰よりもボクの変化に気づきやすい存在だ。だから、家ではできるだけ部屋で過ごすようになった。でも、あまりにも避けすぎると逆に怪しまれることになる。部屋を出て両親のいるリビングに行く前、鏡を見てちゃんと男の子に見えるかチェックするのが習慣になった。男の子として育てた息子が胸を膨らませてブラまでつけていたらどう思うだろうか。怒るのか悲しむのか、想像したくもなかった。変に認められて優しくされるのも困る。それに、きっと理由を探られるのは目に見えていた。まだ、子供のボクは一人で秘密を抱えきれない。するときっとユミ姉ちゃんを困らせることになるだろう。この時点で、彼女がやっていることは法的にも道徳的にもいけないことだと理解していた。だから、絶対に今は知られてはいけない。


 学校でも家でも、ボクは少しも心が安まらなかった。心から落ち着けるのはユミ姉ちゃんと二人でいるときだけ。ボクはもっと彼女にのめり込んでいった。会えない日は部屋で一人泣くこともあった。

 恋人に会えなくて泣く……完全に女の子だ。誰かの歌の歌詞にあるような10代の女の子になっている自分に気付いた。


 心まで女の子になっちゃった。


 多分、これは錯覚だ。ボクは男の子なんだけど、女の子として成長することになった。心と体が割かれて、苦しくて好きな人に依存しただけ。でも、その時のボクにはそんなこと理解できるわけもなくて、いつか完全に女の子になったら解決すると思ってた。今は中途半端だから苦しいだけ。周囲がボクを男の子だと思ってるから苦しいんだ。事実、彼女と一緒にいる時は自然に女の子でいられたし、心も安らいでいた。


 そんな生活にちょっとした変化があったのは6年生の5月のこと。同じクラスの女の子、ヒナと仲良くなったことがきっかけだった。彼女とはずっと同じ学校だったけど、同じクラスになったのははじめてだった。第一印象は「凄くキレイな子」。月並みな表現だけど、白く透き通るような肌に大きな瞳。濃い栗色のロングヘアもとてもキレイだった。身長は低かったけど、均整が取れた身体でスタイルも抜群だった。


「君、最近雰囲気変わったよね」


 新学期になって隣の席になった彼女から最初にかけられたのはそんな言葉だった。同じ学校だけど面識はないはずなので、正直驚いたけど「変わった」という言葉に狼狽えた。でも、冷静を装った。秘密を守るためにいつの間にかすぐに冷静を装うクセがついていたんだ。

「何のこと?話したことあったっけ?」

 少し失礼だったかもしれない。でも、ボクは確かに彼女と関わったことはないはずだ。こんなキレイな子なんだから印象に残ってないはずがない。

「話すのははじめてだね。でもさ、君ずっと気になってた。不思議な子だし」

「不思議って何?」

「わかんないけど、最近は普通の男の子とは違うな、って感じてた」

 ドキッとした。

「普通の男だけど?」

 わざと不機嫌な声を出した。声変わりはしていないけど、少し低い声を意識する。

「違うよ。君は素敵な男の子だよ」

 拍子抜けして、思わず笑ってしまった。そして、ちゃんと男の子と呼ばれたことに安堵すると同時に、一気に彼女に気を許しちゃったんだ。それがボクと彼女が仲良くなったきっかけ。

 でも、仲良くなっちゃいけなかったんだ。

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