第2話「戻れないってわかってる?」
ボクが女の子になると約束してから、僕らの関係は少しずつ変化した。あの日、お尻に注射をされた。多分、あれが最初の女性ホルモン注射だったんだろう。それから、毎月注射をされた。痛みはないけど、お尻を見せるのは少し恥ずかしかった。
こうして女の子としての第一歩を踏み出したんだけど、すぐに大きく身体が変化したわけじゃない。
「もう、引き返せないからね。男の子にさようならしちゃったから」
女性ホルモン投与による女性化は事実、不可逆だ。でも、当たり前ながら小学校5年生のボクがそんなことを知るわけがない。文字通り、ボクはこの瞬間、男への成長をキャンセルしてしまったのだ。
これは完全に後戻りできなくなってしまってから知ったことだけど、女性ホルモンは案外簡単に手に入ってしまう。ネットの個人輸入などを利用すれば医師の診断も処方箋もいらない。高校生のユミ姉ちゃんにだって簡単に手に入る。
彼女と二人きりになる時には自然に女装するようにもなった。最初は彼女のおさがりの服を身につけていたけれど、新しい服もどんどん買ってくれた。最初は恥ずかしくて落ち着かなかったし、人に見られたらどうしようという気持ちでヒヤヒヤしたものだ。でも、夏休みの間、毎日女の子の服を着ているとそれが当たり前になってくる。スカートやワンピースを自然と身につけるようになっていた。
「凜ちゃんかわいいね。私、嬉しい」
彼女が本当に嬉しそうな顔をするので、ボクも幸せな気持ちになった。それに、女の子の服を着たボクの姿は本当の女の子にしか見えなかった。
でも、家に帰る時には男の子の服に着替える。すると、今度は普通の男の子だから不思議だ。第二次成長期に入る前なんだから当たり前と言えば当たり前だ。ボクの身体には男としての特徴も女としても特徴もない。だから、服装だけでどちらにでも見えてしまう。でも、当時のボクは性別なんて曖昧なもので、どちらでもいい、そんな気持ちになっていた。
さっき、すぐに大きく変化したわけじゃないと言ったけど、半年もすると明らかにボクの身体は変わった。あの日から夏休みの間はほぼ毎日のように彼女と交わった。もちろん、男としてだ。彼女はボクを女の子にしたがるのに、男としてのボクを受け入れた。相変わらず、最後には至らなかったけど、しっかりと男女の交わりの形にはなっていた。でも、年が明けた頃になると、男として機能しなくなったのだ。まだ男性として完成していない身体に投与された女性ホルモンは見えないところで強烈に作用していた。結局、ボクは射精を経験しないまま男ではなくなった。
「もうすっかり女の子だね」
その日、いつも以上に彼女はうれしそうだった。
「胸も少し膨らんで来たんじゃない?」
言われてみれば、胸のあたりがムズムズするような感覚があった。先端がシャツで擦れて痛いこともあった。でも、ユミ姉ちゃんみたいな胸じゃない。
「そんなことないと思うけど……」
ボクは正直不安だった。この時点のボクは「女の子になる」ことの意味をよく理解していなかった。
「ずっと一緒だからね」
ボクの不安を察したように彼女は優しくキスをしてくれた。不思議とそれだけで気持ちが落ち着く。これでよかったんだと思える。そして自然と涙が溢れた。そう言えば、この時期あたりから妙に涙もろくなった気がする。
「凜ちゃん、女の子になったお祝い。まだちょっと大きいかもしれないけど」
涙を浮かべたボクに彼女が手渡したのはブラジャーだった。彼女が普段身につけているものとは違って、シンプルないわゆるスポーツブラだ。
「ボク、まだいらないよ」
当たり前のように女の子の服を着るようになっていたものの、下着には抵抗があった。胸が大きくなったという身体的な変化を認めるのが怖かったのかもしれない。
「ダメだよ。ちゃんとつけないと痛いでしょ?それに胸の形も変になっちゃう」
意識した途端、自分のぺったんこだった胸が膨らみ始めていることに気付いた。急に恥ずかしくなってブラウスの上から胸を押さえる。
「本当はもっと可愛いの買ってあげたかったんだけど、目立っちゃうと家や学校でバレちゃうでしょ?だからこれで我慢してね」
家や学校という言葉に驚いてまた絶句してしまった。ボクが女の子の格好をするのは彼女と一緒の時だけだ。ボクは外では男の子だ。
「着替えもちゃんと買ってるから、毎日つけるのよ!忘れないでね」
彼女は何も言えないボクのブラウスを慣れた手つきで脱がせて、ブラを付けられてしまう。少し、締め付けられるような感覚なのにそこには確実にきれいな形の乳房ができていた。
「毎日つけなきゃだめ?バレたらどうしよう……」
女の子になることの意味、難しさをボクはまだ知らなかった。身体は確実に変化していくのに外では男の子であり続けなければならない。ブラをつけた男なんておかしいに決まってる。胸がある男なんて、笑われるに決まってる。
「バレたら、女の子になったんだよ、って言っちゃう?」
「そんなの言えるわけないじゃん」
「じゃ、ずっと男装して過ごすの?」
「男装って……ボク、男だよ」
「え?もう女の子じゃん」
そうだ。もう胸だって大きくなり始めた。
「前も言ったけど、戻れないってわかってる?」
そうだ。戻れないの意味を正しく理解していなかった。彼女をボクのものにしたい、征服したい、交わりたい、そんな男性的な欲求を持ってボクは女の子になることにした。矛盾している。戻れないのにボクは悩まずに決めた。
「ボク、どうしたらいいんだろう」
わからないことだらけだ。
「大丈夫、私がずっとついてるから」
ボクは下着のまま彼女に抱きしめられて、また涙を流してしまった。
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