第17話 ミランダの独壇場②
討議室は、異様な熱気に包まれる。
その時、中立派の筆頭ジョージ・ヨアヒム侯爵が挙手をした。
「各派に配慮した大変面白い案でしたが、こちらは殿下がお考えに?」
グランガルドに限らず、女性の地位はまだ低い。
特に貞淑さを求められる貴族社会において、政治に女が口を出すなど以ての外、という風潮が根強く残っている。
「インヴェルノ帝国の皇太子妃選定式を模し、貴国の
慎重を期したミランダの答えに、ヨアヒム侯爵は微かに笑った。
「そんなご謙遜を。いえ、実を申し上げますと、当家が懇意にしている商人がファゴル大公国を訪れた際、面白い話を耳にしたと伺いまして」
まぁ、あくまで
「ファゴル大公国がここ数年、政治的文化的に隆盛を誇っているのは、大変優秀なブレーンから助言を得ているからだと……ですが、そのような者を雇い入れた気配もなく、かといって大公国内で大きな配置変換があったとの情報も入っていない」
ミランダの反応を窺うように、言葉を続ける。
「変わった事といえば、姉君に代わり継承権第一位となった第二大公女殿下が、大公閣下の執務室に入り浸るようになった事くらいだとか」
国内の地方監察官を束ねるヨアヒム侯爵は、国内外から様々な情報を見聞きできる立場にあり、その中には、各地に散らばった諜報員からの情報も含んでいる。
場合によっては諜報員が、他国の中枢に絡む職務を担っていることもあり、その信憑性は極めて高い。
「随分と我が国の内情にお詳しい。それはそれは、不思議な事もあるものですね」
「殿下もご存知ないとは、謎は深まるばかりですな。……そうだ、折角の機会です。ジャゴニ首長国への処分について、恥ずかしながら議論が紛糾し、とても困っているのですが、仮に
このような場で、高貴な女性のご意見を伺える機会など、滅多に無いものですからと
これだけ意見が分かれている状況で迂闊な事をいえば、先程の論説が無駄になり、更なる悪感情を呼び起こしかねない。ましてやグランガルドにおいて信頼も実績もない状況で、政治的な意見を述べるのは絶対に避けたいところだった。
肝心な部分は有耶無耶にして、自分に直接関係することのみに、留めるつもりだったのに!
ここでの回答次第で、ミランダのこの場での立ち位置が決まると言ってよい。下手をすれば、悪感情どころか、先程せっかく同意を得た水晶宮の件までひっくり返される恐れもあるのだ。
どこまで情報を握っているかは知らないが、怜悧狡猾なこの男は、今この状況でミランダが逃げられないことを知っている。
「そうですね……何もわからぬ若輩者の
いいでしょう。
その喧嘩、受けて立ちましょう。
「仮にジャゴニ首長国が大枚をはたき傭兵を雇い入れたとしても、国力の差は圧倒的。本来であれば革新派のおっしゃるとおり、侵攻一択……ですが」
ミランダは微笑みながら、中央テーブルに大きく広げられた、自身の身長程もある大陸地図に歩み寄った。
ジャゴニ首長国を属国化した際に提出されたものだろうか、地図といっても、大きな街や山林、周辺の小国について大雑把に描かれた程度のものだが、概要を把握するには充分である。
「ジャゴニ首長国に隣接するグランガルドの属国は、二つ。北にカナン、南にアサドラ。今回、勅令に従った二国です」
ミランダはテーブル横に積まれた駒を手に取り、地図上にポンポンと置いていく。
「さらにアサドラを挟み、南側に四大国の一つである、砂の大国ガルージャの属国が三つ控えています。小国ですが地の利も鑑み、束になると相当なものです」
よろしいですか? とミランダは続ける。
「戦争が長期化し、これら周辺国に手を組まれると被害は甚大……短期決着は必要不可欠です」
お気に入りの玩具を見つけたような目で、自分に視線を送るヨアヒム侯爵を一瞬ギリリと睨むと、今度は地図に描かれたジャゴニ首長国内に、三つ駒を置いた。
「それには、各領主からの協力が必要不可欠。ですが正直に申し上げて、昨年の天候不良により国内の余力はそれ程なく、徴兵数が総定数に至らない可能性もあるのでは?」
痛いところを突かれたように革新派が顔を見合わせ、我が意を得たりと保守派が見遣る。
「それでは、殿下はどうすればよいとお考えですか?」
保守派筆頭のヴァレンス公爵がすかさず言を発する。
この流れを利用し、保守派優位に流れを引き寄せる意図だろう。
「元々は三つの小国だったジャゴニ首長国は、現首長であるアズアル・ジャゴニが若かりし頃、侵略し、統一したにすぎません。このため、国民は自国への帰属意識に乏しい」
ミランダは先程三つ置いた駒の周りに、更に二つ、駒を追加した。
「さらに、近年の天候不良による食料難と重税により、支配層に対する不満がピークに達し、各地で武装蜂起が起こっています。最も大きいものが、この二つ」
その通りだと頷くヴァレンス公爵に一度視線を向け、今度は地図上の駒をジャゴニ首長国の穀物地帯に集めた。
「正面衝突により、いたずらに戦いを長引かせ、グランガルドの国力を大きく消耗して、勝利を勝ち取る必要は無いのです」
諸侯の注目を一身に浴びながら、ミランダは大きく息を吸う。
「グランガルドの兵士を放逐し、傭兵としてジャゴニ首長国に潜伏させた上で穀物地帯を焼き払い、武装蜂起を扇動させましょう」
最小限の資源で、最大の効果を。
足りないのなら、
「支配階層を根絶やしにし、グランガルドに忠実な新たな支配者を擁立し、新国家として絶対的な支配下に置けばよいのです」
クラウスの王位継承に異を唱えた保守派が、最後まで擁立しようと抗った第五王子も、王族公爵としてこの場に参加している。
ミランダが視線を送ると、保守派から小さくどよめきが起こった。
強硬な革新派の弱点を補いつつ、新国家の王に保守派の擁立する者を立て、完全に支配下に置いた上で、宗主国としての権益を拡大する。
つい数十分前まで、悪意のうちに嘲り、下卑た笑いで侮った年若い大公女。
並み居る諸侯を前に、怯まず意見を述べるどころか、この若さでこれだけの見識を持ち合わせているとは。
誰も言葉を発せず、静まりかえり、物音ひとつしない。
「革新派と保守派、双方が納得する落としどころ。……殿下、お見事です」
唯一人、ヨアヒム侯爵が言を発した。
先程とは打って変わって、優しい目でミランダを見つめる。
彼が何をどこまで知っていたのかは分からない。
だが、グランガルド内でのミランダの地位を固め、この場を借りて諸侯に認めさせるため、背中を押してくれたように見えた。
ミランダは微笑みを浮かべ、ヨアヒム侯爵に向かって頷くと、諸侯達に目を向け、カーテシーを披露する。
そして今度はクラウスのほうへと向き直り、もう一度美しいカーテシーを披露すると、そのまま何も語らず、身を翻して扉へと向かう。
しんと静まり返った場に、拍手がひとつ、反響した。
ぱらぱらと手を打つ音が続き、次第に大きな波となって拡がっていく。
収まることのない熱気に包まれ、場内は興奮の坩堝と化した。
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