第16話 ミランダの独壇場①
西の空に残る夕焼けの名残と、藍色の空が交じり合う。
保守派と革新派の議論は並行線を辿り、一向に収束する気配がなかった。
「いつまで続くのかしらねぇ……」
「左様でございますね。先程、宰相閣下より差し入れがございましたので、召し上がりますか?」
もう陽も暮れるというのに、朝から代わり映えのない議論を繰り返す男達に飽きてきたミランダは、ザハドが差し入れてくれたクッキーを口に入れる。
「保守派が少し優勢、といったところかしら? 革新派が強硬しようにも、短期決戦には保守派の協力が必要不可欠。かといって、保守派の案で通そうにも、一時的な抑止力になるだけで、結局は同じ事の繰り返し――」
難儀な事ね、と他人事のように呟き、侍女のシャロンにもクッキーを勧める。
「このままだと、いつまで経っても私の出番が来ないじゃないの」
午後の部の終了予定時刻はとうに過ぎている。
その時、進まない議論にしびれを切らしたのか、クラウスの不機嫌な声が響いた。
「……話にならんな」
その声を合図に、罵りあっていた諸侯達が口をつぐむ。
先程までの喧騒が嘘のように、討議室は静寂に包まれた。
「それでは陛下、気分転換も兼ねて、この辺りで別の話題を差し込むのはいかがでしょうか」
ミランダが隠れている休憩所の方向にちらりと目を遣り、革新派のワーグマン公爵が合いの手を入れる。
「なんでも先日側妃をお召しになったとか」
本日二番目の関心事は、間違いなくこの話題。
小さなざわめきが拡がり、諸侯達の目が一斉にクラウスへと向けられる。
「是非、詳しく伺いたいものですな。……よりによって、あの悪名高い大公女とは」
保守派の筆頭であるアルデオ・ヴァレンス公爵が声を上げ、成り行きを見守っていた諸侯達が頷く。
入宮を希望する赤い表紙のリストに、確かヴァレンス公爵の娘の名前があったと記憶している。
そろそろ出番かしらと、ミランダは期待に目を輝かせた。
「必要なら直接聞け」
「直接聞け、とは?」
「……ミランダをここへ」
クラウスの合図とともに、ミランダが呼ばれる。
血染めのドレスで拝謁した姿は記憶に新しい。
廊下に控えていた王宮騎士が、ミランダの到着を告げると、皆一様に扉へと目を向けた。
淡い藤色の簡素なドレスに身を包み、非の打ち所がないカーテシーで、クラウスに向かい一礼する。
「これからの質疑応答に、俺は参加しない。また、今後の禍根を残さぬよう、この場での発言は不問にすると約束しよう」
異存はないな? とクラウスが問うと、ミランダは小さく頷く。
その発言を待っていたかのように、ヴァレンス公爵が立ち上がった。
「それではミランダ殿下に伺います。此度側妃として召し上げられたと聞き及んでおりますが、ご自分がその座に相応しいとお考えか?」
ヴァレンス公爵が率いる保守派の人間だろうか、悪意にまみれ嘲り笑う声が聞こえると、ワーグマン公爵がミランダへ、心配そうに目を向けた。
「……相応しいとは、どのような意味でしょう? お歴々の皆様は、私の座する地位に、それ程の価値があるとでもお思いですか?」
この程度の地位を得たからと言って、公爵閣下ともあろうお方が目くじらを立てるとは!
嘲笑など意にも介さず、といった様子でミランダは諸侯達を見回す。
「側妃とはいえ、あくまで人質の延長線。陛下がお持ちになる駒のひとつにすぎません。矮小な我が身に出来ることなど、何一つとしてないのです」
「……矮小な我が身とやらで、その地位を得たということですかな?」
老獪な手口で財務長官に登り詰め、王国の財政を一手に担う、革新派のホレス・ヘイリー侯爵。
彼が問うと、同じ派閥だろうか、周囲一帯から、下卑た笑いと野次が飛んだ。
「まぁ、冗談がお上手ですこと。それでは私がまるで、手練手管に長けた娼婦のようだわ……ねぇ?」
頬に手を当て、ヘイリー侯爵に流し目を送ると、その壮絶な色気に
「……それでは皆様の期待にお応えして、陛下との関係を赤裸々にお伝えしましょうか?」
よろしいでしょう? とクラウスに問えば、口を出さないと約束した手前堪えているのか、鬼のような形相で頷いた。
なんと恥知らずな! と、今度は保守派から野次が飛ぶ。
「それでは……水晶宮にてお渡りがあった夜から、お話をすればよいかしら? あの夜、陛下は毒の混じった自白剤をなみなみと
……毒の混じった自白剤?
討議室は途端にしんと静まり返り、クラウスへと一斉に目を向けた。
「そして一夜かけ、その悪評がすべて事実と異なると証を立てた翌日、食事も与えられぬまま、登城を命ぜられたのです」
……食事すら与えずに?
向けられる視線に、非難の色が混じり出したことに気付き、クラウスは頬杖をついたまま、ピクリと眉間に皺を寄せる。
「入宮を望む方々の一覧を投げ渡し、これがお前の命を狙う者達だ、自分の身は自分で守れ、と」
この程度で死ぬようであれば、どの道この先は生き残れまい。
だが祖国に逃げ帰ることは許さん、と。
護衛もおらず、身一つで宗主国に来た大公女に、そんな酷い事を!?
革新派の人間が、目を見開く。
「確かに、これまで私は大公女という身分に胡坐をかき、何も為さないまま、明日をもって十八歳をむかえます」
ふっ、と悲し気に微笑み、ミランダが視線を落とすと、保守派の年配層から労わるような眼差しが向けられる。
「様々な噂が飛び交ってはおりますが、誓ってそのような事はなく、清い身でございます。私は、このことを皆さまにお伝えしたく、貴国へ害為す場合は斬り捨てられることを陛下に約束の上、今この場に立ちました」
……そこまでの覚悟を!?
いくらなんでも酷すぎるのではないか?
今度は中立派から、同情の声があがる。
場の空気が三割方、好意的なものに変わりつつあることを確認し、ミランダはここぞとばかりに声を張り上げた。
「……貴国で何の後ろ盾もない私が側妃になど、分に過ぎた扱い。大国の妃に相応しい方は他にいらっしゃいます!」
例えば閣下の御息女とかね!
ヴァレンス公爵に視線を送ると、「詭弁だな」と小さく呟き、渋い顔で目を逸らす。
「陛下は仰いました! 水晶宮については私に一任してくださると!」
今度はクラウスに目を遣り、微笑みを送る。
「
ついに正妃を!?
おおおおと沸き立ち、ミランダは満足げに宣った。
「万が一、私を側妃の座に留め置かれる場合は、公平を期すため、すべての妃が揃うまでお渡りは中止とさせていただくことを、ここに宣言します!」
……なにぃッ!?
思わずクラウスが立ち上がる。
どさくさに紛れて、自分の要求をすべてぶちこみやがったあぁぁぁあ!!
ザハドが泡を食って、書記官の手を止めた。
我が事成れり!!
ミランダが微笑み、ワーグマン公爵が腹を抱えて笑う。
だがしかし。
ミランダの独擅場は、これだけでは終わらなかった。
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